高進之5 大宋の光    

檀道済だんどうさいは、晚年には

誅滅されることを憂慮するようになった。


その様子を見て、妻のりゅう氏が

召使いを飛ばし、高進之こうしんしに相談した。


高進之は言う。


「道家は

 満ち足りてはならぬ、と申しました。

 さすれば災いが訪れるから、と。

 ことここに至れば、もはや禍は

 避け切れぬやもしれません。


 しかしながら、檀道済様の威名は

 既に天下を覆っております。


 これはむしろ死すべきところを得た、

 と申すべきでしょう。

 成り行きに、身を委ねるべきです」


お前さま! 高進之がつれないのです!

このことを劉氏、泣いて檀道済に言う。


この話を聞いても、結局檀道済は

なに一つ手立てを打つこともできぬまま、

収監された。


処刑の直前、檀道済は

らんらんと目を怒らせ、

帽子を地面に脱ぎ捨て、言う。


「これで貴様は萬浬の長城を

 打ち壊してしまったのだぞ!」


とはいえ、こうなってしまっては、

もはや何を試みたところで仕方がない。

檀道済のもう一人の腹心、薛彤せっとうは言う。


「この身を百戦、死に晒してきた。

 まぁ、こんなこともあるだろうさ」


高進之も、もみあげを弄び、

笑いながら言っている。


「おれの生まれは農夫。

 だのに父は友との義に殉じ、

 そして子は主への忠に殉じた。


 どうだ、我が親子の生きざまは!

 大宋をよくよく照らすことだろうよ!」


最後の最後ですさまじい皮肉。

高進之さん、おさすがである。


大地に座り、従容と刑を受け容れる。

その顔つきに揺らぎはない。



高進之は子を為さなかった。

しかも、かれの従僕である魯健ろけんも殉死。

高進之の遺体を引き取る者がいない。


一方の、薛彤。

かれの死体は息子が引き取り、

故郷である下沛かはいの地に葬られた。


薛彤の息子は父のともがらである

高進之も共に葬りたいと思い、

高進之の遺骨を求めたのだが、

得られなかった。


そこで高進之の帯を引き取り、

薛彤の棺にしまう事で替わりとした。




道済晚年懼禍,其伕人劉遣婢問進之,進之曰:「道傢戒盈満,禍或不免。然司空功名蓋世,如死得所,亦不相負。」伕人泣語道済,道済意狐疑,亡何,被收,道済目光如炬,脫幘投地曰:「壞汝萬浬長城!」薛彤曰:「身經百戰死,非意外事。」進之掀髯笑曰:「纍世農伕,父以義死友,子以忠死君,此大宋之光。」坐地就刑,神色不變。進之無眷屬,僕魯健從進之死,故無收其尸者。薛彤下沛人,死後,其子負骨歸葬,求進之骨,不得,以其帶同父棺葬焉。


道済は晚年には禍を懼れ、其の伕人の劉は婢を遣わせ進之に問わしまば、進之は曰く:「道傢は盈満を戒む。禍い、或いは免ぜず。然し司空の功名は世を蓋い,死にたる所を得たるが如し、亦た相い負かず」と。伕人は泣き道済に語らば、道済は狐疑を意え、亡何し、收を被らば、道済が目の光は炬が如く、幘を脫ぎ地に投じて曰く:「汝が萬浬の長城を壞ちたらんか!」と。薛彤は曰く:「身は百戰なる死を經たれば、意の外なる事に非ず」と。進之は髯を掀じ笑いて曰く:「農伕として世を纍ね、父は義を以て友に死し、子は忠を以て君に死す、此れ大宋の光なり」と。地に坐し刑に就き、神色は變ぜず。進之に眷屬無く、僕の魯健は進之に從いて死さば、故より其の尸を收む者無し。薛彤は下沛人にして、死の後、其の子は骨を負い歸りて葬ず。進之が骨を求めど得たらざれば、其の帶を以て父が棺に同じ葬したり。

(三十國-5_衰亡)




高進之のラストのセリフが最の高だった……基本家伝だろうけど、この辺の台詞はただただカッコイイ。また子をなさなかった、というのがいいですね。薛彤は張飛ちょうひ系だろうからあんまりそういうので反乱とか起こさなさそうだけど、高進之に子供がいたら反乱起しそうな気がしてしょうがない。まぁこの辺はイメージからくる妄想に過ぎない話ですけれど。


というわけで、檀道済および高進之が終了。次はいよいよ誅滅元勲のラスト、謝晦しゃかい。この人は一人で一巻を占めており、明らかに重要度がこれまでの三人とは違います。うーん、この人のとこにある詔勅及び上表には多くのヒントが隠れてるだろうから、さすがに踏ん張ってみるかあー。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る