2.牢があったら叩き込みたい

「どなどな、どーなー」


 力のない歌声が微かに聞こえる。それは今朝発った街に戻るという無駄足の悲哀。誰が伝えたのか、起源も定かではないこの歌は、望まない旅路を嘆く旅人の歌だと言われている。

 荷車を引くアリッサ、道ずれはアメリア一人。この辺りでは荷車に乗せた物は、それが人であっても「物」とみなされる。そして荷車の「荷物」は縛られた男が四個と、先刻までは生きていた男が一個。

 アリッサとアメリアを襲った男達は返り討ちに合い、足を折られ、縛られて荷車に乗せられていた。縛るための縄が荷車に乗せられていたことから、男達もうまくいった時には、少女二人を縛って荷車で運ぶつもりだったのだろう。


「売られて行~く~よ~」


 もちろん、男達は売り物ではない。行先はリューケンの街、そこの兵士に犯罪者として引き渡すのだ。



「おや、アリッサさん」


 荷車を引いて街道まで戻ったところで声が掛かる。

 振り返れば、いつも村にくる巡回の商人が居た。

 小型の馬に荷車を引かせ、その手綱を握って村々を回るこの商人は二人の護衛を連れている。一時期はアーロンも護衛に雇われており、一緒に村々を回っていた。その時は護衛は四人居たはずだが、今は二人。アーロン以外にもう一人が解雇されたと聞いている。


「よう」


 荷車を止めて挨拶を返す。

 荷車の上では、振動が折れた足に響くのか、男達の息が荒い。猿ぐつわを噛まされたまま、うーうーと唸っている。暖かな日差しは昼寝には丁度良いのに、彼らに安らぎが訪れる気配はない。


「彼らはなんです?」


 荷車の上で呻いている男達を見て商人が目を丸くする。商人の荷車には農作物を中心に、少しばかりの魔物素材が乗っているだけで、当然ながら、縛られた人なんて運んではいない。

 襲い掛かってきたから返り討ちにして街まで運んでいると説明すると、商人は難しい顔で男達を睨み付ける。


「アリッサさん、襲って来たというのはこれで全員ですか? 他に子供が捕まっていたりはしませんでしたか?」


 どういうことかと、アリッサと商人の間で会話が続く。

 アリッサが聞き出したところによると、今回、いつも通りに商人が村々を巡回したところで、何人かの子供が行方不明になった話を聞いたのだと言う。


 それは朝の水汲み、近所へのお使い、寝る前にトイレへと家を出た時、いずれも一人の時を狙われたらしい。中々戻らない子供を心配して近所を探しても見つからず、近くの村人に手伝ってもらっても見つからず、村中を探しても見つからない。

 魔物に襲われたのだとしても、近くで出没するのはホーンラビットやアオヘビばかりだ。万が一があったとしても遺体すら見つからないのはおかしい。村では打つ手が尽きて、近くの村にも話しをしに行ったとこと、そこでも子供が行方不明だと言われる。


 と、そんな話があって街の近辺にあるいくつかの村で子供が行方不明になっているとのことだった。村人の捜索は続いているものの、既に数日が経っていることもあり、街へ知らせるべきだと商人が役目を預かってきたのだという。元より村々を回っていて村人にも馴染みがある商人であることに加え、村人には街へ行ってもどこの誰に話をすればいいのか分からない。

 そうして商人がいつもの巡回を途中で切り上げて街に戻る途中、アリッサに出会った。


 最初、商人の頭にはオーガのことがチラついていたようだ。

 魔物であれば人間を襲うだろうし、大きな魔物であれば人を丸ごと持ち去ることも出来るのではないかと。しかし、アリッサに合って、襲ってきた男達の話しを聞くと別の考えが頭をよぎる。こいつらが村の子供を攫ったのではないかと。

 そして、それはアリッサが引いている荷車が男達の物だということ。荷車には人を縛るのに丁度良い紐が載せてあり、それを使って縛っているということを聞いて確信する。


「んじゃあ、一緒に兵士んとこ行くか」


 アリッサの提案は簡単だ。


「兵士に村のことを話すんだろ? こいつらを引き渡すときにその話をして、締め上げてもらえばいい」


 犯罪者の相手は兵士がするものだ。一刻も早くとここで締め上げて、犯人がこいつらだったとしても、今度はどこかにあるアジトにこのメンバーで突っ込むかという話になる。嘘をつかれて無関係のところに侵入でもしようものなら、今度はアリッサ達が犯罪者だ。中央であれば相手が犯罪者であっても、不法侵入のアリッサ達は犯罪者になる。本来、対応すべき兵士に引き渡し、そちらで締め上げるなり吐かせるなりしてもらったほうが良い。


 そうして人数の増えた一行はリューケンの街に入る。

 門に詰めている兵士に話をし、巡回でいつも村を回っている兵士の名前を出してまだ街に居るかを尋ねる。本来ならば商人に話が回るより前に兵士の巡回が来ていたはずだが、ちょうどタイミングが悪かった。アリッサの村に来た探索者を装った暴漢たちの引き渡しで街との間を往復したりと、本来の巡回に出れていなかったのだから。

 門から兵士の一人に先導されて詰め所に向かう。

 他の兵士に声を掛けて返り討ちにした男達を牢に放り込んだり、事情を聴くための部屋に案内されたりと、俄かに詰め所の中が慌ただしくなる。


「ん? また君か」


 少しの間、部屋で待った後、姿を見せたのは二日前にも会った騎士だった。村から同行し、アメリアの尋ね人の資料を作った騎士との再会である。


「文句なら襲ってくる奴らに言ってくれ」


 手をひらひらと振りながら気楽な調子で応じるアリッサは襲われたようには見えない。このくらいの年の少女が襲われたのならもっと、と思いかけて、村でも探索者擬きを叩きのめしたという話だったと思い直す。


「では詳しい状況を教えてくれ」


 記録係りの兵士と共に席について説明を促す。

 アリッサの説明は簡単だ。村へ帰ろうと歩いていたら男達が襲い掛かってきた、たったそれだけだ。念にためにと二日前にこの詰め所で別れてからの行動を聞いて見ても、買い物をして回ったというだけで不審な点も襲われる理由も出て来ない。

 一通り話を聞いても男達との接点は見つからず、騎士は商人に話を振る。


「そちらの商人殿は、別のお話があるとのことだが」


 そして話題は村の子供が行方不明になった事件へと移る。

 ここに居ない商人の護衛二人は荷車の見張りをしている。そちらには村を巡回している兵士を事情聴取に回しているが、これは少しばかり大きな事件のようだ。魔物に足を噛まれただの喧嘩で大怪我をしただの、物騒な話はいつでも起こるが、一人が、ではなく何人も行方不明だというのは珍しい。


「では商人殿は何者かに攫われたのだと?」

「分かりません。分かりませんが、アリッサさんを襲った者達は、空の荷車を引いて追いかけてきたとか、何か関係があるのか御調おしらべ頂きたいのです」


 ふむ。と呟いて、騎士は暫し黙考する。

 攫われたとしてこの数日でどこまで連れていけるか、犯人が同じなら、別々の無関係な事件なら。この街から隣にある同規模の街までは三日程の距離で、馬車が使えれば二日で行ける。攫った後で、この街に来るとは限らない。


「わかった。捕らえた男達の取り調べでは考慮しよう。隣町への通達も必要だな」


 他にも、近隣の村への警告。巡回兵で今街に戻っているのは何人だったか。取り調べの結果によっては明日朝から出てもらう必要があるだろう。

 そして。


「君たち二人は……」


 アリッサとアメリアに目をやる。


「聞いての通り、少々物騒だ。原因が分かるまで街に滞在するか、商人殿と一緒に移動するかにしてくれ」


 心配しているのであろう。言ってることに間違いはないが、アリッサは微妙な表情で答えた。

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