3.口裏を縫い合わせる

 アリッサ達が詰め所から出るのを見送った後、商人の護衛達から話を聞いていた巡回兵に、情報を得ながら牢屋へ向かう。行方不明になった子供たちの村と名前は聞いたが、騎士にはどの村のことなのかイマイチはっきりしない。巡回兵ならば土地勘もあるだろうという判断だ。騎士本人とて巡回兵を束ねる仕事についてはいるが、主に巡回兵では判断出来ない問題の対応だ。実際に行けば、ああここか、とは思うだろうが、村の名前を並べられてもイマイチはっきりしないのだ。

 巡回兵との話で分かったのは行方不明になった子供の村が、街の南西に固まっていること。

 アリッサの村は街から見て南の荒野に入る所にあるが、街からの移動経路としては街の西門から出て少し街道を進んだあとで、南の農村地帯に入る。つまりアリッサとアメリアが襲われた場所も、街の南西に位置するのだ。


 同じ場所で起こった事に騎士は厳しい取り調べを決意する。あの男達は行方不明の子供達のことを知っているに違いないと。

 ではアリッサを監視し、後ろをつけていた者はなんだったのか、遠回りになっても東門から街を出れば何事もなく村へ帰れたのか、そんな疑問は騎士には思いつかない。なぜなら監視していた視線も、つけてきた男のことも、アリッサは全く話をしていないからだ。


 カツン、カツンと足音が響く。

 地下に作られた牢屋は罪人を逃がさないように頑丈な作りになっている。そして逃がさないための施設だからこそ地下にある。周囲の壁を破ったところで見えるのは土だけだ、唯一の出入り口は詰め所の奥に繋がっており、詰め所には常に兵士達が出入りをしている。見張りの兵士をどうにかしたとしても、誰にも気づかれることなく詰め所を出ることは困難だろう。

 戦いを想定した支給品のブーツは固く、石畳の床では足音が良く響く。

 あまりに響くために先客に気づくのが遅れた。


「……私自ら取り調べをしようと言っているのだよ。君は何の権限があって拒否するのだ」


 困った顔をしているのは牢の見張りの兵士だ。こちらに背を向けて兵士を詰問しているのは……。


(管理官は何をやっているのだ)


 管理官の職務は予算の管理と運用の監視であり、騎士や兵士のように治安維持や犯罪者の処罰を担当しているわけではない。牢に来る用事などはない。そればかりか、今の会話では罪人の取り調べをしようとしている。それは明らかに越権行為であり、管理官の職務ではない。

 近くに来た騎士に、一足早く気付いた兵士が困った顔を向ける。それを軽く手を振って宥めると管理官の背後から声を掛けた。


「管理官殿にも取り調べをする権限はないかと存じますが?」


 話すのに夢中で気付いていなかったのか、驚いた様子で管理官が振り返る。


「取り調べは我々の職務です。手助けは無用に願います」


 尚も言い募る管理官をキッパリと断ると、管理官は舌打ちをして牢を後にした。その態度は酒場などで兵に面倒をかけるチンピラそっくりで、なぜ詰め所の中でまでこんな奴の相手をしなければならないのかと理不尽に項垂れてしまう。


「はあ。……よし、取り調べを始めるぞ」


 厳しく取り調べようとする決意に水が差されたような感じになってしまったが、仕事は仕事。行方不明の子供達が今どうなっているのかも分からない、気合を入れ直して騎士は取り調べを開始した。


         *


 詰め所を出たアリッサは商人達と別れて屋台通りへと向かっていた。

 村への帰り道を心配する商人には、今日は街に泊まること、状況次第だがあんまり長い間、店を閉めたままにはしたくないことを伝えた。商人は自分達が泊まる定宿の名前を告げて、何かあったら来てくれと言っていた。彼らも捜査の状況を見るため数日は街にいるそうだ。

 屋台通りに向かっている理由は簡単で昼食のためだ。時間は既に昼時を回ってしまっているので、屋台の火も落ちているだろうが、幸い手元には朝に買っておいた昼食がある。ただ、街を歩きながら食べるのも気が引けたので、屋台で飲み物の一つでも買ってからその場で食事をしようという魂胆だ。

 そして目的はもう一つある。


(視線は感じないな)


 朝に感じていた視線の主は、返り討ちにして今は牢の中だ。視線がないのが当然とも言える。

 ただ村人の件の含めて考えると、他にも人員が居て街に戻るなり監視されるという可能性もないではない。街に入る時は荷車を引いて返り討ちにした奴らを詰め所まで連れて行ったわけで、それなりに目立っていただろう。

 未だ行方が分からない子供達。返り討ちにした相手が人攫いの一味だと仮定するなら、他にも仲間がいる可能性は低くない。そして、相手が誰でもいいのなら、丸一日見張っていた理由が分からない。


 屋台通りは、この時間は人が少ない。食事の時間からズレているからだ。それでも、昼食分に仕込んだものの余りなのか、多少の食事は売っている。アリッサはざっと見渡して果汁のジュースを売っている店で二人分の飲み物を買った。そして通りの空きスペースに置いてある木箱にアメリアを座らせて食事を始める。

 買っておいた食事はパンに野菜が何種類か挟んであるだけのサンドイッチだ。パンが丸いからハンバーグを挟むのに丁度よさそうだが、ハンバーグは売ってない。

 エリックには作ってもらった時は挽肉は全部手作業で肉を細かく切って作った。専用の調理器具があるとエリックは言う。昨日の買い物では売ってなかったし、やはりこの星では作られていないのだろうか。


 食事を食べ終わっても監視されている気配がない。

 それは安心ではある。しかし、行方不明の村人を考えると、村を回って人を攫うやつらが街の中で監視をするのか、という疑問がある。まったくの別件なのか、それとも攫う相手に条件でもあるのか。アリッサにはまだ回答が見つからない。


(まあ、兵士のほうでなんか聞き出すんだろ)


 どうも頭の回転が鈍いと思いつつ、今日の宿を取りに移動を始める。アメリアが迷子にならないように手を繋いで歩きだしながら、欠伸を一つ。食事を取ったら眠くなってきた。


(そういや、昨日はほとんど寝てなかったか)


 警戒しながらウトウトしたくらいで、熟睡とはほど遠かった昨晩を思い出す。

 今朝出てきた宿屋はそう遠くない。


         *


 くそっ、どういうことだ、これだからチンピラは信用できん。

 小娘の四、五人程度どうとでもなる、などと言っておきながら。

 しかし、牢の中に奴は居なかった。逃げたか? 私の素性は奴しか知らないはずだが、捕まったチンピラ達にどこまで話いるのか。チッ。あの石頭め、大人しく取り調べを任せれば良いものを。街の外を歩くだけしか能のない分際で私の邪魔をするなどと。

 何か対策を。いや待て、捕まったチンピラが何も知らないなら、下手に動くのはマズいか。くそっ、どうすればいい。奴にどこまで話したか問いただすか。しかし奴は今どこにいる。

 伝手を辿ってやっと手に入れたチャンスを。

 くそっ、どいつもこいつも私の邪魔ばかりしおって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る