人攫い摘発隊

1.旅は道連れ世は繰り返し

 モッテの街は、東に森が、西に農村がある中規模都市だ。人口はリューケンの街と同規模の約一万人。周囲の農村の人口を都市の潜在人口として数えるのであれば、西側にしか農村がないモッテの街はリューケンの街よりも小規模になるのかもしれない。ただし、それは森から採取される果物や薬草を加えた経済規模という言う意味では逆転する。森での採取は、魔物との戦いも含めた活動になるため簡単なことではないが、その分、得られた果物も薬草も高値で取引される。


 ゴロゴロと荷車を引いて、アーロンは街に入る。

 予定ではもっと何日も前に到着するはずであったし、そして一人で来るはずだった街だ。

 荷車の後ろには少女が一人ついて歩いている。

 途中の街道でブロンズウルフに襲われていた男達は、その荷車に攫った少女達を乗せていた。男達はブロンズウルフに殺され、少女達のうち二人は近くにあった故郷の村に帰すことが出来たが、残り一人が問題だった。

 離れた村から攫われて来たという少女を放り出すわけにも行かず、さりとて何日も待たせているはずの第二チームを放っておくわけにも行かず。結局、合流予定のこの街まで同行することになった。


 街の門で通行税を払って門をくぐる。

 付近の村に住む者であれば通行税を払うことは少ないが、今回のように荷車を引いているような時は通行税を払う必要がある。ましてやアーロンは近くの村の住民ですらない。通行税の金額は街によって様々だ。荷物の一部という所もあれば、一律で銅貨数枚というところもある。通行税はその街の領主の裁量で決まるため、隣り合った街だからと言っても税は異なるし、領主の代替わりで税が変わることも少なくない。


 アーロンの引く荷車にはブロンズウルフの毛皮ばかり十数枚。通行税は毛皮二枚だった。村の住民であれば焼き印の入った札を見せることで毛皮一枚になったのかもしれない。リューケンの街であれば税が安くなるはずだが、この街ではどうなのだろうか。

 街では始めに皮と荷車を売り払う。門で兵士に聞き出した店だ。兵士の名前を出して紹介されたことを伝えるのは、買い叩かれないための対策ではあるが、兵士への利益供与にもなりかねない為、中央では嫌われる行為だ。だがここでは一般的な行為のため心配する必要もない。むしろ紹介してもらわなければ、街のどこに店があるのかすら分からない。情報サイトにアクセスすればいい世界ではないのだ。


 宿の扉を開けると正面のテーブルに見知った顔が見えた。

 昼間から暇そうな顔で酒を飲んでいる姿は腹立たしくも安心する。なにしろ遅れたのはアーロンのほうだ、数日遅れはこの世界ではしょうがないとは言え、気にはかかる。


「ぶわっはっはっは。おい、アーロン! お前来ないと思ったらナンパでもしてやがったか!」


 ジョンソンは髭面の口を大きく開けて笑い飛ばす。

 ボサボサの髪も、髭も、半分は白髪になっている年配の男が、年齢を感じさせない豪快な笑い声を上げた。そしてそのままの勢いで手元のジョッキを飲み干す。


「かーっ。マスターお代わり! こいつらの分もな!」


 体を捻って呼びかけ追加注文をした後で、アーロンと少女に座るように促す。

 第二チームのリーダーである彼、ジョンソンはトラ似の獣人だ。ボサボサの髪の中に少しだけ耳が見える。本人は自身の髭をトラの嗜みだと言って憚らないが、アーロンから見れば面倒で剃っていないだけに思える。適当で豪快な人物だ。


 待ち合わせの宿屋は、一階が食堂になっている構造のようだ。この時間は食事時ではないからだろう、食堂にいるのはジョンソン一人だけで、カウンターの奥に一人、食事の仕込みをしている宿の主人がいる。


「ほう、嬢ちゃんは攫われてきたのか。そいつは災難だったな」


 少女の事情を説明する間にもさかずきを重ねたジョンソン、ぱっと見には話も聞かずに酒を飲んでいたようにも見えるが、内容はきちんと理解していたようで、説明が終わるなり言葉を返した。続けて言う。


「じゃあアーロンは嬢ちゃんを送ってくってことだな。いいんじゃねーか。ランプだけならこっちでまとめて持っていくからよ」


 続けられた言葉にアーロンのほうがびっくりする。そんな話にいつなったのだろうかと。


「いや自分は向こうに用事がありますし、出来ればジョンソンさんにお願い出来ないかと」

「薄情だなーおめえはよ。いいじゃねーか、用事ってもあれだろ? 後回しにしとけよ」


 ジョンソンは、連絡一つ入れておけば多少の期限オーバーなんてどうってことないと笑い飛ばす。実際、試験の期日は決まっているものの、申請すれば延期は可能だ。徒歩か、せいぜい馬車くらいしか交通手段のない未開惑星である。中央に帰るために、現地司令部へ移動するにも時間がかかる。アーロンだって村を発ってから十日以上も時間を掛けて旅をしてきたのだ。


「それにあれだ。行先はリューケンの街だろ。アーロンのほうが詳しいだろうが」


 言われた言葉にアーロンがキョトンとした目で返す。

 今の話のどこにリューケンの街が出てきたのだろうかと。


「なんだよアーロン。お前気づいてなかったのか。嬢ちゃんの行先。南に荒野があってアオヘビだのホーンラビットが出るんだろ。リューケンの街しかねえじゃねーか」


 言い終わるとまたさかずきを干して、マスターにお代わりを頼む。まだ昼間なのに、ジョンソンは一体何杯飲む気なのか。


 魔物の生息域は、地形に大きく影響を受ける。

 平地、草地、荒野。見通しの良い場所では大型で足の遅い魔物は多くない。見通しの良い場所では敵からも獲物からも遠くにいるうちに見つかってしまうからだ。肉食主体の魔物ではすぐに飢える。逆に草木を食べる魔物であれば飢えはしないものの、敵に見つかっても逃げ切れる素早さか、背の低い草や岩の隙間に隠れられる小ささがないと生き残るのは難しい。


 このモッテの街周辺で言えば、東にある森の中にはブロンズウルフを始め何種類かの魔物が生息している。戦闘力の高い魔物が多い。だが、この魔物が森を遠く離れて活動することは少ない。モッテの街や、街から南北に走る街道を超えて西側に来る魔物は滅多におらず、せいぜい、森の端から街道を通る者を見定めて襲い掛かる程度だ。街道を通る旅人がたまに被害に合いはするものの、街の西に点在する農村まで森の魔物が押し寄せて来ることはない。

 だからアーロンの聞き出した少女の村の様子から、ジョンソンにはリューケンの街周辺の村のことだろうと分かったのだ。


 食事を仕込む手を止めて、マスターが代わりの杯を運ぶ。

 マスターがカウンターの内側に戻り、食事の仕込みを再開する。トントンと、材料を切り分ける音をBGMに新しい杯から一口。そして再びジョンソンは口を開く。


「アーロンの拠点だろ。それに嬢ちゃんも今日合ったばかりのおっさんより、アーロンに連れてってもらったほうが安心できんだろ」


 ジョンソンはそう言って、アーロンの行先を決めてしまった。

 リューケンの街から旅をして十日程。アーロンは目的地だったはずの現地司令部に辿りつくことなく、リューケンの街へ戻ることになった。

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