6.折れる人
リューケンの街の宿でアリッサは目覚める。
昨日の買い物では途中から誰かが伺うような視線を感じていた。途中で手を出してきた奴を一人吹き飛ばしては見たものの、その後も視線は剥がれなかった。手を出してきたのはただのチンピラに見えたが、それが視線と無関係なのか、それとも偵察のために適当な奴をぶつけてきたのか。それすらもはっきりしない。
(一人吹っ飛ばした所で諦めてくれれば楽だったんだがな)
特別に金になるような物は持っていない。持ち歩いているのはこの惑星でも一般的な探索者が持っているものばかりだ。そして昨日吹っ飛ばしたチンピラは、アメリアの懐ではなく、アメリア自身に手を伸ばした。
ならば狙いは、人。
この惑星でも少なからず人自体の売り買いはある。
凶作で一家が冬を越すために子供を売ることもあれば、貧しい家の娘が結納金と交換に嫁に行くような、見た目こそ取り繕ってあっても、事実上は人の売買ということもある。その多くは歴史が示す通りであり、現在の中央星系でさえ、無理に借金を背負わせて仕事に縛り付けることまで含めれば、奴隷が居なくなった時代など今に至るまで存在しない。
(夜も襲って来なかったしな)
監視だけを続ける理由などそう多くはない。夜に襲ってくるつもりかと警戒していたが、なにも起こらずに朝になった、そのせいでアリッサは寝不足だ。
アリッサにくっついたまま寝ているアメリアを起こす。
視線の意味はわからないが、今日は予定通りに街を出る。まずは屋台通りに行って朝食を取って、その後は昼食に持っていける食べ物を見繕って。ああ、今日泊まる村への手土産も何かあったほうがいいか、食事はお金を払えば売ってくれるが心証は大事だ。流通の未発達なこの世界では、その土地に住んでいるというのは大きな意味を持つ。今は村で金銭を得たいという気持ちと、探索者を筆頭に村を通り過ぎる人の食事を買いたいという要望が噛み合っているからいいが、なにかの、例えば凶作で一切食料は売れない、となったら協力関係は簡単に壊れかねない。そこまで行かなくても嫌われたら普段の麦や野菜の入手にも手間取りかねない。巡回商人も、両者が喧嘩していたらやり難いだろう。
田舎の生活は大体そうだ。他の選択肢がないから人と人が監視しあいながら生きている。都会は逆に人がどんどん入れ替わるから騙して嫌われようとその場さえ過ごせれば良い、他にも人は沢山いるのだという奴らが現れる。
ままならないものだ。
アリッサは置き忘れの荷物がないか確認したあとで、アメリアの手を引いて宿を出た。
(まだいるな)
門で外に出る手続きを受ける間も視線は変わらずにあった。手続きと言っても、付近の村に住むものは焼き印が入った札を見せるだけで、荷車を引いた商人のように税が取られるわけでもない。
チラリと後ろを伺うと、普通に汚い服をだらしなく身に着けている男が一人。服が汚いのはしょうがない、ほとんどの平民にとって服とは作業着である。アリッサの服だとて魔物を狩りに行くときにも同じ服を身に着けている。洗濯はこまめにやっているつもりでも、返り血が染みになって残っている部分もある。アメリアの服だってそうだ。裾にフリルをあしらったアリッサ入魂の服だが、魔物狩りにも連れて行っている以上、汚れが皆無とはいかない。
だが着こなしがだらしないのは別だ。服装は文化でありコミュニティだ。仕事についている者であれば、自然と仕事に相応しい服装を身に着ける。職人であれば安全に作業するための着こなし、商人であれば相手に不快感を与えない着こなしが必要で、それは見習いに入った時、すぐに親方から叩き込まれることの一つだ。
つまり、後ろでこちらを伺っている奴は、チンピラだ。
職人でも、商人でもない。
昨日は隠れて伺っていたのが、今日は門の前に姿を現した。それはつまり、門の外にもついてくるということ。
「喧嘩はお外でやりましょう、ってか」
よくそう言ってクロエが食堂から探索者を叩き出していることを思い出しながらつぶやく。後ろから一人だけだと、残りは待ち伏せかな、とも。
門を出て街道へ。すぐに脇道に逸れる。
街道は街と街をつなぐ道だ。街を移動する旅人や、街の間を結ぶ交易商人なら街道を延々と移動するが、アリッサ達は違う。街道から脇道とギリギリ呼べるくらいの狭い道に入る。狭いが獣道と呼ばれるほどには狭くない。この狭い道は何本もあり、それぞれが街道に繋がっていて、それぞれが別の農村に続いている。道幅は辛うじて荷車が通れる程度。街道のように馬車がすれ違えるような幅はないため、間違えることはないはずだが、年に数回は道を間違った旅人が農村に紛れ込んでくる不思議な道だ。
アリッサ達は村へ帰るのだから、街を繋ぐ街道には用はない。
村への狭い道は村と畑を結ぶ農民たちの道だ。農具を運んだり、収穫した作物を運んだりするために荷車が通れる幅はあるが、それがギリギリ。交易商人が乗るような馬車が通れる幅はない。それは農道として使われているということだ。道も一本道で農村まで繋がっているわけではなく、途中で別れ、合流し、それぞれの畑へと続いていく、その中に農村への道も紛れ込んでいると言って良い。街中で言う路地裏のようなものだ。幸いにも一番多く植えられている小麦は大人の胸程の高さまでしか伸びないが、作物の種類によっては頭まで完全に隠れる路地裏が出来上がる。
そんな道を数回曲がり、分かれ道を選び、村への経路を辿る。
そのうちに後ろが騒がしくなり、数人の男達の姿が見えだす。一人はずっと後ろ、荷車を引いていて、前を走る男達には追い付けない。
アリッサはそれを確認すると、道の脇にある空き地に踏み込む。
そこは本来であれば、農民が農作業の合間に休憩したり、荷馬車を置いておいたりするスペースだが、幸いなことに今は誰も居ない。アメリアの空き地の隅に置いて道のほうを向く。
実際の所、そう何度も曲がらなくても、まっすぐに宿泊する村まで行ける道はあった。騎士や兵士達と共に街へ移動した時に使ったのはその道だ。ただ今回は誰かに監視されていることからわざと面倒な道を選んだのだ。敵の数は知らないが、アリッサ一人で戦うなら狭いほうが有利で、ついでにどこかで待ち伏せている奴らの思惑を外すことで挟み撃ちになる危険も減らせる。
息を切らせてアリッサの逃げ道を塞ぐように農道を占拠しだしたのは四人。荷車を引いた一人はまだひいひい言いながら走っている。あまり急ぎすぎて荷車を壊さないか他人事でありながら心配になる。サスペンションもゴムタイヤもない荷車は案外振動に弱い。車軸が折れたりする。
「何急いでいるのか知らんが、荷車、壊れるんじゃねーの?」
だから男達に囲まれて掛けた第一声はそれだった。
「うるせえ! 手間かけさせやがって!」
こん棒を振り上げて近づいてくる男のひざに蹴りを叩き込む。
「があ!?」
足を押さえて転がる男をしり目に、ナイフの構えてにじり寄ってくる男に踏み込んでひざを蹴る。
「ぐあ!?」
両方とも、正面から膝小僧目掛けての蹴りだ、アリッサの力であれば関節を砕くのは容易い。
「な、なんだこいつは!? グズ、荷車はいい、お前も来い、一斉にやるぞ」
視線を荷車に向けて何か叫ぶ男。視線が切れた瞬間に飛び込んでひざを蹴る。
「ぎゃあ!」
呆然としている男のひざを蹴る。
「ぎいいい」
荷車を置いて、やっとたどり着いた最後の男は息を切らせたまま周りを見渡し、アリッサの後ろを見てはイヤイヤと首を振る。その目には涙が浮かんでいるのは急ぎ過ぎて気分でも悪くなったのだろうか。
ごりっ。
後ろから音がしてそちらを見ると、アメリアが男の一人のクビを捻り終わったところだった。
「あ、やべっ」
魔物を動けなくしたら首をひねって止めを刺す。それはアリッサの教えである。
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