魔物討伐隊
1.一匹の魔物
「ほんだばオーガは一匹だけだったちゅうことかいの」
「じゃねーかな、他にも居たとは聞いてねえな」
草が疎らに茂る荒地。ホーンラビットを解体しながら話をするのはアリッサと年若いイヌミミの男。耳の先端が垂れ下がっている訛りの強いその男は、リューケンの街に所属している兵士の一人で、この付近も含めた村々の巡回が仕事だ。最近は見かけなかったが、オーガが出たという話を聞いて足を伸ばして来たらしい。
二人一組で行動する兵士のもう一人は、周りの警戒に当たっている。
アリッサと会話している男は、二人でアリッサが狩ったホーンラビットを解体しながら、事情聴取の最中である。勿論、中央なら解体中の雑談を事情聴取とは呼ばない。しかし、話を聞かせてもらうからその間手伝うと、兵士の方から申し出て二人で獲物を解体しているのだ。
アリッサの後ろにはいつも通りアメリアが居る。知らない人がいるからか、その手はアリッサの服を掴んだままだ。
獲物は、村の近くにあるダンジョンで狩った魔物である。
入口近くで数匹を刈って、ダンジョンを出てから解体している。血抜きはともかく、革を剥いだり、内臓などの食用に向かない部分を取って捨てるにはダンジョンの外のほうがやりやすい。いくらアリッサが夜目が効くとは言え、暗い中では手元が見え難い。わざわざ内臓を傷つけて肉が台無しになるリスクを負う必要はない。
ちなみに、このダンジョンは入口付近と、奥で魔物の種類が変わることはない。それは培養ポッドで培養しているためで、奥に行くと多少、魔物の数が増えるくらいだ。ダンジョンの奥に培養ポッドの出口を配置してあるからで、培養していない種類の魔物が出る時は、外から入り込んだハグレしかいない。だが、それを知らない普通の探索者や、今話をしている兵士などは、奥に強い魔物が居る可能性を捨てきっていない。今回のオーガ騒ぎも遠くから来たオーガなのか、それともダンジョンの奥にいたオーガなのかというのは何度か会話に上っている。それが例え、一通りの探索が終わっている小さなダンジョンであっても、だ。
「ほらよかっただ。村の衆には心配いらねえって言っとくべさや」
村々の巡回では、付近の魔物を退治することもあり、兵士と言いながら解体には慣れている。短い会話の中でも的確に手は動き、肉と内臓をバラしていく。
最も、この兵士が解体のやり方を学んだのは兵士になってからではない。村の生まれであるこの兵士は、子供の頃から度々、解体の手伝いをしていたため、この付近にいる魔物の解体は一通りこなせるのだ。
村々の巡回に当たる兵士の生まれは似たようなもので、周囲の警戒に当たっているもう一人の兵士も近くの村の生まれだ。家に兄が居て、受け継ぐ畑がない男は大抵街に出る。そこで探索者になったり、新しい村の開拓に行ったりするのだが、この二人のように兵士になる者もいる。街で生まれて兵士になった者は、街の中の治安維持に。村で育って兵士になった者は、周囲の村の巡回にまわる。中央星系であれば、出身による差別だとか、公平な監査が出来なくなるとか言われるようなやり方だ。しかし、街と村では常識も生活習慣も違う。街で生まれ育ったものが、街の常識で村を巡回しても常識なしと呼ばれ、嫌われ者になるだけだ。街は街で、村は村で。そうやって兵士の仕事も分けられている。
「おう頼むわ。よーし解体おわりっ」
不要な内臓や頭を入れた穴に土を掛けてから、アリッサは立ち上がる。
「今日は泊まってくんだろ。解体も手伝ってもらったし、こいつで晩飯にしようぜ」
村へ帰りながら、ホーンラビットを掲げて見せると、二人の兵士は破顔した。
街中では肉なんてあまり食べれない安月給の兵士だ。巡回中のこういうちょっとした役得は大歓迎である。
ここは中央からは未開惑星と呼ばれる星。ここには賄賂禁止規定なんてものは、存在しない。
宿屋に一泊した兵士達は翌朝には巡回に戻って行った。
それと入れ替わるように、いつもの巡回商人がやって来た。オーガの噂を聞いたようで、宿に着くなりクロエにオーガが出たのはこの村の話かを訪ねたそうだ。
クロエからアーロンが倒した事、アリッサが解体したことを聞いて、雑貨屋に来るなりアリッサにもオーガのことを尋ねていたが、解体した素材はアーロンが街まで持って行ったと言われて複雑な表情をしていた。
ここらには本来居ないはずのオーガの素材。噂で聞く家の屋根に届くほど大きく、その強靭な肉体は、例え鎧を着ていようと鎧ごと吹き飛ばす。そしてその強靭さはオーガ自身の皮にも関係する。生半可な斬撃などオーガ自身の肉体で弾き返す。その強靭な皮は革鎧の材料となったり、革エプロンの材料となるそうだ。どちらに加工するにしても金貨数十枚で取引されるオーガの皮は高級品だ。
そしてこの付近では見られないことから、希少性がつく。特別感、そのプレミア感で値段はさらに一段上がり、倒した者だけでなく、売買に関わった商人も、加工した職人にもその特別感はついて回るだろう。
(数が出回ればまた別なんだろうが)
いつもの商売用の笑顔が引きつっている商人を前にして、元凶であるアリッサは適当に考える。機会を逃したとか考えてるんだろうな、と。
「まあ、倒した本人が街まで持って行くってのに、俺がどうこう言うのもなあ」
この雑貨屋で買い取った素材であれば、まとめて商人に引き取ってもらってはいるが、別に専属契約をしているわけでもない。そして、この付近で倒された魔物素材をどう扱うかは狩った本人の問題だ。
街まで二日の道のりを、魔物素材を担いで歩きたくなければ雑貨屋に売るし、多少の手間を掛けても街まで持って行って高く売ろうとすれば、自分で持って歩く。
実際、この付近で狩りをしている探索者達の大部分は、村に来て始め数日の獲物は雑貨屋に売るが、街に帰る直前に狩った分は、売らずに持って帰る。
だから、これから街へ行こうというアーロンが、この雑貨屋で売ろうとせずに自分で街まで持って行くのも特別なことではない。最も、買い取りを依頼されても雑貨屋にはそんな現金はないが。
買い取りが可能か不可能かは言わずに、本人の判断だと言うアリッサに、商人は引きつった笑みのまま頷いた。
それから数日。村には見知らぬ探索者がやってくるようになった。
オーガの噂が探索者達の間にも流れ始めたのか、新しくやってきた探索者達は、揃ってオーガの情報を聞きたがったが、居たのは一匹だけで、もうとっくに倒されたと言われては一様の残念がっていた。
(オーガの噂を聞いたんなら、倒されたことも一緒に聞いておけよ)
アリッサなんかはもう答えるのも面倒になってはいたが、一応は客商売の身として、討伐済みであることだけは答えていた。案外、いつもいる探索者達が、街の酒場で尾ひれつけて吹聴しているんじゃないか、とはエリックの推測である。
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