5.戦闘で素材
「人間を培養したの?」
クロエがなんとかという感じに口に出すが、アリッサは手をひらひらさせて「魔物だ、魔物」と取り合わない。
「この惑星のオーガのデータで培養したからな。ありゃ魔物だ。ホーンラビット培養すんのと変わらねえ」
本部では培養ポッドを使って食肉用の家畜を培養している。これは周囲との交流なしで生活するために行っていることだ。そしてここの拠点では魔物の培養をしている。この惑星のダンジョンに対する認識に合わせる形で、保護官の生活費を確保するためのものだ。つまり、魔物の培養は認められている。
人型は大丈夫なんだろうか。
そんな疑問も浮かぶが、この惑星ではオークもゴブリンも害虫のような扱いをされていることを考えれば間違っていないような気もしてくる。
アーロンがそんなことを考えている間にも、アリッサとクロエの会話が続いていたようだ。
「開拓民の子孫なのよ?」
「魔物だろ。千年以上も昔から魔物だ」
「でも遺伝子で確認されているんだから」
「人間の祖先はサルだが、サルに人権はねえよ。それにな……」
「それになんだってのよ」
「もう培養は終わって、外に出てる。誰かが怪我する前に仕留めたいんだが?」
「そういうことはもっと早く言いなさいよ!」
クロエが一言叫んで、手に持っていた布巾をテーブルに叩きつける。
「クロエは留守番だぞ」
キッ、と音なしそうな程に、クロエがアリッサを睨め付ける。
「ランプの代金にするからな、アーロンだけで倒せんだろ」
へっ? という顔でアーロンが瞬きをする。
一瞬、飛び火してきたかと思ったが、確かにランプの代金目的なら自分が倒すのがいいのだろう。複数で倒せば素材のお金も当然山分けという話しになるが、山分けでランプの代金に足りるのかは分からない。保護官という繋がりを隠せばアーロンが全額を預かる理由はないのだ。
アーロンはテーブルに立て掛けていた鋼鉄のモールを手にのっそりと立ち上がった。
「……あれですか?」
村より少し離れた場所。丘が邪魔になって村からも、ダンジョンの入口からも見えない位置にそれは居た。その場所はダンジョンの中ではない。昼間のダンジョンの中には、探索者が入って狩りをしているために、少しダンジョンからずれたこの場所に転送したのだ。
額には一本の角、口元からはわずかに覗く牙、その体躯は大きいというよりも、厚い。厚い胸板も、太い腕も、太い足も、筋肉の塊だと言わんばかりの威圧感を放っている。
アーロンは後ろを振り返り、アリッサを見て再び言葉を口にする。
「……あれですか?」
スッと逸らされた目。
「あー、培養ポッドから出したばっかだからなー」
オーガはその立派な体躯と裏腹に、四つん這いで這っていた。
まるで大きな赤子のように。
培養ポッドで肉体は作れても、知識は得られない。本当の赤子とは違って、十分な筋力はあるのだから、多少の試行錯誤で歩けるようにはなるだろうが「二本の脚で立つ」という発想がどの時点で出て来るのかは不明だ。四つん這いよりも立って歩いたほうが、移動速度は段違いに早い。だから、そのうちに歩くようになるのではないかという予想は立つが、それでも立って歩いている他人を見ることなく、立って歩くという発想に至れるのはいつなのか。少なくとも、培養ポッドから出て今に至るまでの短い時間では、その発想には至れなかったらしい。
「……さっさと倒そうぜ」
オーガのほうにスタスタと歩いていくアリッサに、はあ、と気のない返事を返して追いかける。振り返ろうとして転がったオーガに、鋼鉄のモールを振り下ろして戦いは終わった。
オーガの素材で売れるのは強靭な皮、あとは小さいために装飾品としての用途ではあるが、角や牙。皮は革鎧の材料となったり、革エプロンの材料となるそうだ。革エプロンは料理用のエプロンではなく、鍛冶職人が付ける火から身を守るためのエプロンとなる。
オーガの肉は臭くて固いと言われていて、食べるものと認識されていない。だからこのオーガも血抜きなんてせずに死体は村まで持って来てからの解体となった。皮を剥がれ無残な姿になったオーガは今は掘った穴の中に横たわっている。クロエに呼ばれてエリックが顔を出した時には、探索者達もオークの解体を見学していたようで、今日、村にいる全員が揃っているようだった。アメリアは相変わらずアリッサにくっついているが、いつも通り過ぎてオーガの死体を気にしていないようだ。
アリッサに言われるままに、エリックが火魔法でオーガを燃やし、その後は皆で土を掛けて埋めた。
その日の夕食は、オーガを一人で倒したのだからと、アーロンの武勇伝を聞こうと探索者達が大いに盛り上がっていたが、当人は苦笑いでモールで顔を殴っただけですと答えていた。
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