4.裁縫で進捗
「金が足りねえだぁ~?」
二日後。村まで移動したアーロンはアリッサに相談を持ち掛けていた。
アリッサの手元では布同士が縫い合わされていく。前に見た時はよく分からなかったが、今見ていても何を作っているのか分からない。相変わらず隣にアメリアをくっつけたままだから、相談内容は最小限だ。探していたランプを見つけたが高すぎて購入出来ない、と。
「分捕ってくる。……わけにもいかねえか」
「それは犯罪ですよ。向こうは出所はともかく、ちゃんと取引して手にいれたんでしょうし」
「だよなぁ」
会話の間も裁縫の手は止まらない。なんとなく目が手の動きを追いかけてしまう。
「本部にちょっと言ってみるわ」
「お願いします」
結局、裁縫の手は止まらないまま相談を終える。
*
「本部はなんて言ってました?」
「んー、本部にも現金はないってよ。ジョンソンに話してみるって」
確かに本部には、この惑星で流通している貨幣はないだろうなとアーロンは思う。本部は拠点の隠蔽のために、周囲との交流を一切しない隠れ里みたいな所だ。それでもジョンソン、第二チームのリーダーに連絡してくれるのであれば、それでいいだろう。旅商人として街から街を巡っている第二チームは、商売をするためにある程度の貨幣は持っているはずだ。
「アメリアー、手、ちょっと横に伸ばしてみ」
アリッサが手を伸ばしたアメリアに円筒になった布を当てて、長さを確認している。
それを見てアーロンは服を縫っていたのだと気づいたが、保護官の仕事より裁縫を優先するのは少し釈然としない。本部からの回答待ちで、動きようがないのも確かではあるが、せめて真剣に話を聞いて欲しいものだと思う。
「長さはこんなもんか。あとはレース……は布がないな、フリルにすっか」
引き取った子供のために、服を縫うアリッサ。それはある意味、とても平和で落ち着くはずの光景のはず。アーロンを軽く溜息をついて雑貨屋を後にした。
*
アーロンは連絡を待つまでの間を有効活用しようと、ダンジョンで魔物を狩り、宿代を稼いだ。と、見えるようにして、実際は宇宙船に戻って試験勉強をしていた。保護官の免許更新の時期は近い。アーロンも保護官として、一度ならずこの試験は受けている。一度覚えたはずの内容だが、試験の前に送られてくる教科書を見てもさっぱり覚えがない。昔、同僚に教科書の中身が全然違うのかと相談したこともある。その同僚は昔の教科書を出して見せてくれたところ、細部はともかく、大部分が同じだった。それでも見た覚えがないのに、多少の理不尽さを感じつつアーロンが勉強を続けた。
それでも数日経って、そろそろ連絡が来てはいないかと、アリッサの居る雑貨屋に足を向ける。
「進捗どうですか」
「進捗だめです」
相変わらずアリッサにくっついているアメリアの服は、やたらとフリルの多い服に変わっていた。恐らくはアリッサが縫っていた服だろうとは思う。だが、アリッサはまだ布を縫っている。
「クロエがよー、フリフリのお嬢様服はダメだってんだよー、もっと庶民っぽいシンプルなのじゃないとダメだってんだよー、可愛いのにー」
子供は服を汚すものだし、ほとんど人の居ない場所ではあっても、下手に良い服を着ていて誘拐の標的になっても困るわけで、シンプルな服というクロエの指摘は間違ってはいないだろう。ただし、アーロンが聞きたかったのは、服の進捗ではなく、第二チームからの回答である。
「ジョンソンさんからの連絡はどうですか?」
「そっちもダメだ。向こうも数が数だから金足りないってよ」
ランプだけでも180個が回収対象である。アーロンはそれを思い出すと、確かに足りなくなりそうだとは思った。そうすると、こちらの街にあるランプの回収はどうするんだろうか。
「金策は別にすることになったからちょっと待ってな」
「はあ」
手段があるなら待ちますが。そんなことを思いつつも目はなんとなくアリッサの裁縫を追ってしまう。ふと見ると、アメリアもじっとアリッサの裁縫する手を追っていた。
*
「おや? アーロンさんではないですか」
宿で夕食のシチューを食べていると、入口のほうから声がした。
「ああ、どうも」
数日前まで護衛をしていた商人だ。護衛の数は変わっても、いつも通りに村を巡ってきたのだろう。後ろには護衛二人の姿も見える。
「ここにいらっしゃると言うことは、探索者をされるのですかな?」
商人の言葉に曖昧に答える。今回は魔物素材が多かったのはアーロンが狩ったのか、この村を拠点にするのか等と続く質問にも適当に答えを返しながら夕食を終える。
食事が終わる頃には、商人よりも後から入ってきたはずのアリッサは既に食べ終わっており、お茶を飲みながらアメリアが食べる様子を見守っていた。
*
「アーロンいるかー、いくぞー」
昼食後、食堂で椅子に座ったまましばらく待っていると宿屋にアリッサが入ってくるなりアーロンを呼びつけた。
朝のうちに用事があるからと言われてはいたため、宿の食堂で待っていたのだ。
既に商人達は街に向かっており、探索者達はいつも通りダンジョンへ、村に残っているのは保護官の四人とアメリアだけだ。そしてアメリアはお昼寝中である。
「あら、二人でデート?」
「無茶言わないで下さいよ」
食堂のテーブルを拭いていたクロエの声に直ぐにアーロンが返す。
「おう、デートだデート。魔物狩りデートだな」
軽口を叩くアリッサによると、ランプの金策に魔物を狩るのだそうだ。
「魔物狩りって言っても、ダンジョンに出るのはホーンラビットとかアオヘビでしょう。日銭にはなってもランプを買う金額まで狩るのは無理ですよ」
「いや、狩るのはオーガだ」
「アリッサちゃん狩られちゃうの?」
「俺じゃねーよ」
この惑星にはオーガが存在している。それは開拓民が魔物となった、その子孫ということになる。そしてオーガの一体は保護官が捕獲し、生体情報から開拓民の子孫でほぼ間違いないということは確認されている。開拓時代のデータとは完全には一致しなかったが、これは長い年月の間に行われた自然進化によるものとされている。
だが、原住民にとってはオーガ誕生の経緯など知ったことではない。人よりも頭一つ大きく、異常な怪力を誇るオーガは肉食であることも相まって非常に恐れられている。個体数はそれほど多くなく、森や山など人里離れた所に多く生息しているため農村に暮らしているような人々が出会うことは滅多にない。しかし、森の中に作られた開拓村などがたまたまオーガの生活圏であった場合など、開拓村が半壊する被害被害を受けた例もある。
「でもこの辺りにはオーガは居ませんよ?」」
アーロンは商人の護衛として、近くの村を延々と回っていたのだ、居れば噂の一つや二つ聞こえてくるだろうし、むしろ護衛の途中で出会いそうなものだ。
「培養した」
「え?」
アリッサの一言で、一瞬、場が凍った。
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