3.護衛で解雇
ガタゴトと荷馬車が走る。
いや、走るというほどの速度はない。
精々が、荷馬車が歩くという程度のは速さ。もっとも、周囲を護衛が歩いているわけだから、走るような速さで移動されては付いていけないだろう。自慢じゃないが、アーロンは速く動くのは苦手だ。
護衛は皆、革の鎧を着ている。寒い時期にはその上からマントを羽織るが、今の時期にマントまで着てしまえば暑くて歩くのに難儀する。武器はそれぞれが得意な得物を持っている。アーロンの場合は鋼鉄のモールだ。荷物を入れた背負い袋の隣、肩からぶら下げて歩いている。
アーロンは通い慣れた、と言ってもいいほど何度も通った道を歩く。
アリッサ達が拠点にしている村から、最寄りの街である『リューケン』へ続く道だ。いつも通りに朝に村を出発して、既に隣の農村の近くまで来ている。道の左右には畑が広がっているから、農村の生活圏ではあるのだろう。遠くに農作業をしている人の姿も見える。
道は街道というほど立派なものではなく、畑のあぜ道より多少広いくらいだ。道と畑の間には雑草が生えているだけの空間があるから、踏み固めれば道が広くはなるのだろうが、いかんせん通る人がいない。護衛も草むらの中を歩くなんて無駄に疲れることはしないので、荷馬車の前後に分かれて歩いている。
今は作物の背が低いから遠くの農民も目に入るが、時期によっては視線の高さまで作物が伸びてきて、例え魔物が居ても道の直前まで目に入らない。それは護衛には大変な季節だ。
「……そういうわけで街行ったら魔道具の調査をやってくれな」
そうアリッサに言われたのは、昨日のことだ。
隣にアメリアをくっつけたまま、布を切りながら、思いっきり端折った指示をされた。事前にエリックから話を聞いていなければ何のことだか分らなかっただろう。アメリアの前で詳しい説明をするわけにはいかない、というのも分かるが、せめて布を切る手は止めてから話して欲しい。そういうことを言ったら「可愛いほうが優先にきまってんだろ」と返された。うちの隊長は少し変だ。
「最近は、魔物が少なくなリましたかね?」
物思いを断ち切って、周囲への警戒を再開すると、商人が声を掛けてきた。
少なくなっただろうか。いつも十日も掛からずに街に戻るルートだが、毎回、数回の戦闘がある。魔物は相手の数も大きさも気にもかけずに、人間を見ると襲い掛かってくるのだ。これがただの動物なら、隠れてやり過ごすような場面であっても。こんな生態でよく絶滅しないと感心するほどに好戦的だ。
「そうですかね。昨日も戦いになりましたが」
元々は、この商人は本人と護衛二人の三人で村を回っていた。保護官の拠点として宇宙船を隠蔽してダンジョンを作ってから、ダンジョン近くの村を回るならと、護衛を四人に増やしている。
それはダンジョンが発見された直後に噂された謎の咆哮も関係あるのかもしれない。ダンジョンから何か魔物が出て来て、そいつが穴を開けたことでダンジョンが発見された、とかいう話だ。実際には、地面を掘って宇宙船を埋め、その上をダンジョンっぽく整えただけなので魔物が出たわけではないのだか。強いて言えば笑いながら岩盤を砕いていたアリッサの声だろうか。
「アオヘビが出ただけだろ。戦いってほどでもねえよ」
護衛の一人が返す。
確かにアオヘビが一匹出ただけで、一人が押さえつけている間にもう一人が剣を刺して終わった。四人の護衛のうち、戦ったのは二人だけだ。それに護衛達の力量なら、別に一人でだって倒せる。
この付近の村では農民がアオヘビに襲われることもあり、怪我をしたという話は聞くが死んだという話は聞かない。これはその程度の魔物だ。
「探索者がダンジョンで魔物を狩ってるでしょう。それで減ってるのではないですかね」
少しだけ考えて商人には「そうかもしれませんね」と返す。
ダンジョンの魔物は培養ポッドで増やしたものだ、周囲の生態系とは関係ない。安全になったから護衛を減らしたい、そういうことだろうか。護衛が増えた分の費用は、魔物素材の取引が増えた分で賄えていると思っていたが、護衛を減らせれば利益が増えるのも事実だ。
近いうちに護衛を減らすと言い出すかもな。
そう考えるが、この惑星で生活するための
チラリと、さっき発言した護衛に目をやる。
彼も後から増えた護衛だ。若くて戦いの時には率先して前に出るが、護衛という仕事をあまり理解出来ていないのか、前に出過ぎるきらいがある。荷馬車や商人と離れすぎるのだ。護衛を減らすなら、増えた自分と彼を切って、元々護衛をしていた二人が残ると思うが、彼は理解しているだろうか。
アーロンは軽く頭を振って、意識を周囲の警戒に戻した。
*
リューケンの街は外壁に囲まれた地方都市である。
面積と人口密度から推定される都市人口は約一万人。旅商人等を引いた住民の数は一万人弱と推定される。
周囲を農村に囲まれたこの街は農村の
周囲の農村に対してだけの中心都市として、この地方都市はささやかながらも君臨しているのだ。
アーロンの朝は早い。わけでもなく、この惑星の一般的な起床時間に起きる。中央での生活から考えれば、ありえない程に早い時間だが、その時間に起きないとここでは生活出来ない。商人の護衛として動くのもそうだが、この時間帯でなければ朝食を食べ損ねてしまうのだ。まだ薪が主力の
(思ったよりも早かったですね)
街へ戻る間の会話から、護衛を減らしたいのかと推測はしていたが、街に戻るなり解雇されたのは予想外だった。決断が速いのか、それとも前々から検討していたのか。以前から護衛に雇っていた二人が残って、アーロンともう一人同じ時期から雇われた若い男は解雇された。男は呆然としていたが、アーロンはさっさと目星をつけていた宿に泊まり、翌朝を迎えている。
丁度良いと言えなくもない。
街では魔道具が流れてきていないか調査が必要だが、護衛を続けていると、次に街から出発するまでの一日、二日という時間しか調査出来ないのだから。
朝食を終えてからアーロンが向かったのは、この街にある店の中でも高級品店にあたる店の一つだ。
扱っているのものは日用品が中心で、他の街から取り寄せた高級品を扱っている、ということになっている。アーロンを含め、保護官にとってはどれも高級には見えないが、全てが職人の手作業による一品だと思えば高いのもしょうがないか、程度には思える。工場の大量生産とは無縁の世界だ、作るのには非常に時間がかかる。見習いレベルの拙い品であっても、見習いにも日々の食費は必要で、最低価格はそれになる。一人前の職人ともなれば家族を養うのが普通であり、親方であればそれに加えて工房の維持管理にも費用が掛かる。手作りの一品は安くはなりえない。
「いらっしゃいませぇ」
幾分気の抜けた挨拶に迎えられて店内に入る。
狭い店内には商談用だろうテーブルと、棚には見本なのか、立て掛けられた品物がいくつか並んで居る。
高級感を出そうとしているのか、盗まれないように警戒しているのか。もし高級感を出そうとしているなら店員の気の抜けた挨拶で台無しである。とは言え、頭では理解していても、中央基準では高級感をまったく感じない店内である。アーロンもわざわざ店員の態度を気にするつもりもない。
「魔道具を探しているんですが」
そう言って、ランプと水生成の魔道具を見せてもらった所、ランプの魔道具の中に一つだけ問題のロゴマーク付きがあることが分かった。
「これのお値段は」
「金貨で12枚となっておりますぅ」
「は?」
高かった。
昨日泊まった宿代で言えば100日分。古典に記されている象徴的なセリフを引用するならば給料の三カ月分。高い。余りにも高すぎた。中央でならばホテル一泊分の料金よりも安いはずのランプが、である。
なんでも店員によると、以前に発掘されたランプの魔道具よりも格段に性能が良いもので、この店だからこそ入手出来た逸品だというのだ。
一応、値段交渉はしてみたものの、アーロンの手持ちでは買えるはずもなく、アーロンはすごすごと店を出るはめになった。
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