2.調書で調査

 宿屋の裏手、厨房に続く扉は開け放たれ、食料が運び込まれていた。

 荷物を運びこんでいるのはアーロンで、厨房の中では、エリックが置き場所の整理をしている。運んでいる食料のほとんどは近くの村から買い取った野菜類で、前の残りと合わせて、先に使ったほうが良いものを手前に整理する。保存が効く穀物は秋にまとめて購入し、奥の壁の前に積まれている。今の時期には新しい穀物を運び込むことはないから、奥の穀物の場所はそのままだ。

 アーロンを荷物運びに残して、商人と他の護衛はアリッサのいる雑貨屋のほうに向かった。今頃は、向こうでも荷物の運び込みが行われているだろう。そして、迷子ということになっているアメリアについて。商人は近くの村々を回っているから、そこで見た覚えがないか、近くの村で子供が行方不明になったという話はないか、そんなことを話しているはずだ。

 勇者のことや保護官としての活動をすべて隠すと、アメリアは子供の足で歩ける範囲のどこかから来たことになるのだから。


「……そんなわけで、アリッサは子守りで手一杯なわけだ」


 他の人が居ないのをいいことに、エリックからアーロンへここ数日の状況を知らせる。

 通信機の持ち出しが禁止されている以上、アーロンがここへ戻ってきた時にしか話が出来ないのだが、商人の護衛をしている中で、一人だけ別行動の時間はそれほど多くない。話せるときに話しておく必要があった。


「それは大変でしたね。でも、定時連絡はどうしてるんです?」

「今は私が担当してるよ。今はまだアリッサが離れると目を覚まして泣き出すらしいから」


 何も問題がないうちは代理の連絡でもそれほどの手間ではない。ただ、皆が夕食を食べている間に、翌朝の仕込みをして、その後で急いで自分の食事をし、ダンジョンを移動して通信、というのはいささか面倒なのも確かだ。


「先に移送した商人からは、少しずつ証言が取れ始めているらしいよ。こっちでの資金作りに大量の魔道具を持ち込んだようだ」

「勇者のほうはどうなんです?」

「弁護人の選定で止まってるって。勇者本人は元社長だった会社の弁護人をつけろって言ってるみたいなんだけど、会社の側からは『当社とは無関係』だそうだ」


 取引関係のあった商社の人間も一緒に捕まっているのだ、無関係だとは思えないが、無関係だということにしたいのだろう。

 勇者の方も素直に政府弁護人で納得してくれればいいんだが、弁護人の選定が済むまでは取り調べも開始出来ない。


「じゃあ次は魔道具の回収ですかね。担当は第二チームですか?」

「そうなる。ただ『大量に』らしいから応援要請があるかもしれない。そのあたりは取り調べがもっと進んで、回収対象のリストアップが出来てからだね」

「了解」



 取り調べ結果は供述調書にまとめられた上で、現地司令部に開示される。

 現地司令部ではその情報を元に裏付け調査を行い、調書が正しいかを測る。今回の場合は、勇者とサポートした商人の足取りを原住民の目撃情報を元にトレースし、調書と突き合わせることになる。

 また、現地惑星に大量の魔道具を持ち込んだとのことから、これも可能な限り回収することになる。原則としては、持ち込まれた全ての物品を回収となっているが、消耗品に関しては、使われたのか、残っているのか判定が困難な場合もあり、あくまで原則に留まる。現地の保護官からは「これ以上調べたって何も出て来やしない、無いものは無いんだ」という叫びが上がり、中央の管理官からは「原則は原則だ。無いなら無いで、こちらが納得出来るだけの証拠を揃えろ」という批判が書類の上でオブラートに包まれて氾濫する。拳が届くには距離がありすぎる、非常にセンシティブな問題である。


 現地司令部からは、任務に応じて各チームに行動を指示する。

 それぞれの保護官は、現地惑星で活動するためにカバーとなる別の職業があり、それぞれの職業で割り振られる任務にも違いが発生する。アリッサ達のように宿屋や雑貨屋という拠点を持っている場合には、拠点を中心とした活動となる。この場合は、拠点周辺の原住民から信用を得やすい反面、長期間の遠征が困難となる。

 勇者を名乗る不法入星の裏付け調査及び後始末は、勇者とそのサポートをしていた商人の足跡を辿り、販売された魔道具を回収するために多くの街を巡る必要がある。

 そのことから、この任務に適しているのは、旅商人としていくつもの街を巡っている第二チームとなる。第二チームは拠点を持たず、最小限の装備だけを携えて馬車で旅をしているのだ。

 旅商人としての第二チームは、立ち寄った街の特産品、交易品を中心に売買していくことが多い。それは手に入りやすい、安く買える所で買い、手に入り難い、高く売れる所で売るというやり方。その中で、どこに行っても手に入り難い魔道具を購入するのはそれほど不自然ではない。


 アーロンが再び街や村を周り、アメリアが夜に泣かなくなった頃、司令部からは回収する魔道具のリストが届いた。直ぐに第二チームは魔道具がどこに売られていったのか、調査を開始した。また勇者の取り調べはやっと弁護人が決まったものの、勇者が黙秘を続けており、遅々として進んでいないとのことだ。


「ランプの魔道具が180個に、水生成の魔道具が160個。大量だけど、安物ばっかりだな。こっちの数が少ないのは自分用か?」

「調書によるとそういうことらしい。資金集めに販売したのはランプと水生成の二種類だけで、残りは自分の生活用品として使っていたようだ。なんでも、高級品を売ると目立つから、安いキャンプ用品だけにしたんだとさ」

「ふーん、一応、考える頭は付いてたってことか? 中身は足りてなさそうだが」


 話をしながら情報端末の画面をスクロールしていく。


「最後に乗ってるマークはなんだ?」

「ロゴマークだ。販売用の二種類については型番が特定出来ている。そのロゴマークは製品に印字されたメーカーのロゴマークだな」


 魔道具の回収は第二チームが主体となって行動するが、数が数だけにどこまで転売されていくのか分からない。しばらくはロゴマークに注意してくれという指示があってその日の通信は終わった。


 魔道具のリストとロゴマークを紙に印刷して部屋に戻ると、アメリアはちゃんと眠っていた。少し通信の時間が長くなったから心配だったが、もう大丈夫だろうか。

 アメリアの隣に体を横たえながら思う。

 少女二人の体格なら二人で横になってもベッドの大きさは足りる。でも泣かなくなったなら、もう一つベッドを用意して別々に寝たほうがいいだろうか。それとも別々は嫌がるだろうか、と。

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