25. 救援
記憶がまた飛んでいる。
視界は真っ暗で、何も見えない。
「いいか!! とにかく身体を見るな!!」
……。その声には、聞き覚えがあるような、ないような……。
あれ、何があったんだっけ……。
***
「順を追って話そう」
「うん」
聞き覚えのあるような、無いような……よく分からない声が聞こえる。まだ何も見えない。
「まず、俺はカミーユさんからのメールに従い、ローザ・アンダーソンのオフィスに足を踏み入れた」
ローザ
声のうち一人は、さっきまで義姉さんのオフィスにいた人……ってことかな。
「……よく平常心で来れたね」
「……? 何のことだ」
「あれ、レヴィくん知らなかったっけ? じゃあ気にしないで」
「そ、そうか……」
レヴィ、という名前に覚えがある気がした。
「ともかく、話を続ける。玄関に行くと少女が立っていてな。呆然とした様子で、ふらふらと外に歩いていくのが見えた」
「あー……そこで泣いてる子?」
ぼんやりと光が見えてくる。
茫然自失といった状態で、静かに泣き続けている少女が見える。
「そうだ。車道にはちょうど自動車が走ってきており……どう考えても助けるのは間に合わないと直感した」
「その子、たぶん死者だよね」
「……と、なると……彼もか?」
「そうじゃない? 胴体取れてるのは前からだし」
「前からだったか……」
女の子は泣きながら、俺の方を見る。
目が合っ……助けて助けて助けて助けて怖い怖い怖い怖い怖い誰か誰か誰か誰か誰か誰か酷い酷い酷い酷い
「……イオリ……ちゃん、だったっけ。ちょっと落ち着いて……あっこれやばい。エグいくらい呪いを撒き散らしてる……心臓潰されそう……超気持ちいい……」
「恍惚としている場合か!?」
な、に、これ……呑まれ、切り刻まれ、かき混ぜられ、あたま、が、あ、が、ぐ……苦しい、苦しい、首が絞まる、痛い苦しいいきたくない
「おい、大丈夫か!? 目や口からも血が出ているが!?」
「……ローザさん呼んだ方がいい? これ」
「そうだ……な……。……おい、オフィスはどこに行った?」
「あれ? 消えちゃった」
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死なせてよ助けてよ誰か誰か誰かぁぁぁあ
……俺、は……死にたく、なかっ……ずるいなぁ、生きたいなんてお兄さんはずるいなぁ!! 羨ましいなぁ……!!
……あー、失敬? これは結構まずいね。
ボク? ボクは一介のしがない亡霊に過ぎないよ。なんていうのかな……君の自我にちょっとダメなタイプの子が入り込んじゃったから、
特に何も準備しているわけじゃないが、そうだね、状況の説明も兼ねてさっきボクとカミーユが喋ってた内容を語り聞かせようじゃないか。いいね? 返事もできないかい? じゃあいいってことにするよ!
それでは、えー、コホン……
さてさて、ここからは吾輩サワ・ハナノ渾身のモノローグだ。じっくりゆっくりのんびりしっかり聞いてくれたまえ!
***
「うーん……。どうしよっか、サワ」
ひび割れた画面を睨みながら、カミーユはぶつくさとぼやいた。
傍からは地べたに座り込んでいるように見えるが……おそらく実際はここに「地べた」など存在しないのだろう。まったく、妙な空間だ。
「文面についてなんだけどさ。『キースが失踪した。何か知らない?』……これで本当に良かったかな」
先程カミーユは、ノエル用に作ったメールアカウントの履歴を辿り、メル友であるロデリックのアドレスをコピー。自分用のアカウントに切り替え、さも「キースの友人である」かのように装ってメールを送信していた。
……ふむ。言ってしまえば、手紙を送るための住所をいくつも持てるようなものか。便利な時代になったものだ。
「……ねぇ、サワ。聞いてる?」
ん? 文面についてかい?
いいんじゃないかな。「私の弟にしては変に優しい子だし、頼んだら断らないんじゃないかしら」ってローザから聞いたしね。
というかね、送る前ならまだしも、送ってしまったなら悩んでも仕方がないだろう。
「それもそっか。……上手く行けばいいんだけど」
「キース・サリンジャー」は、元々カミーユの弟、ブライアンがメールを通じて人と触れ合うために作られた……なんというべきだろうね。仮想人格? のようなものだ。
で、その設定を作るのに、友人であるレヴィも協力した。何でも、ドイツにいた頃、警官の知り合いから聞いた噂話を元にしたらしい。
ブライアンは人の感情に敏感で飲まれやすい。倫理的な境界線を教育するといった意味でも、うってつけの設定だった。
……ただ、今の状況はまた違う。
「キース・サリンジャー」を名乗る人格が
「……ぶっちゃけさ、まずいと思うんだよね」
まあ、そうだね。
レヴィはどうやら激しい怨念を制御しきれていないし、キースを名乗る何者かは明らかに暴走を始めている。……他にも、怪しい影がそこかしこに見えるときた。
ここはあれかな、もしかして、地獄みたいな空間なんじゃないだろうか。そう考えるとちょっとワクワクしてくるね。そういえば『我が友』はどこに行ったんだろう。早く見つけてこの状況を語らいたいよ。
「地獄か……確かに、そう言われるとゾクゾクしてくるかも……」
おっと、キミとボクの感覚はだいぶ違うと思うから、一緒にはしないで欲しいね!
「なんで!?」
そういえば、ローランドのことなんだけど……ローザの「呼んだだけで来る」……って証言について、どう思う?
「話題、露骨に変えたよね?」
確認してみた方がいいんじゃないのかい? 特定の人物が呼んだだけで来る、なんて便利な存在、うまく使わない手はないだろう。
「サワ、君さ……たまに酷いこと言うよね……」
とりあえずローザのオフィスを……あれ? どうやって行くんだったかな、あそこ。
「メール送ってみなさい。アポ取りしたらどうにかなるかもでしょ。……ノエル、あのさ……。……もういいや……」
自分の口で喋り出したノエルに頭を抱えつつ、カミーユは再びメールソフトを起動する。
蒼い眼がしばらく画面を見つめていたが……やがて、カミーユは別の手に端末を持ち替えた。
「ノエル、代わりに文面作って」
……まあ、そんなこんなでボクたちはローザのオフィスにお呼ばれすることができ、応接室のソファに座って駄べりながらキミを待つことにしたわけだ。
とはいえ、ボクの声はローザには聞こえないんだけどね!
***
本当はキミが来た時、ボクはこの目で見てやるつもりだったんだ。
何も無い空間から軍服の青年が突如現れる! それはなんとロマンとミステリーに溢れる話だろう……まあ、それは置いておいて。
結論からすると、ボク達は話し込んでいてキミが来た瞬間に気付かなかった。
どんな会話をしていたか気になるかい?
……別に気にならな……
ん? 何か聞こえた気がするけど、まあいいか。続けるよ!
……いや、聞けよ……?
今思うとローザはちゃんと教えてくれていたようだけど、その時のボク達は話に夢中になっていたらしい。
……だろうな……
***
「……呼んだわよ」
カミーユ、返事が来たらどうするつもりなんだい?
この空間に助けを呼ぼうと考えているんだろう?
「……そこなんだけど、さ……。僕らも頑張ったら干渉できそうな気がしない?」
と、言うと?
「憶測に過ぎないけど、この空間で力を持つのは意志とか執着とか……要するに何かしらの強い想念だと思うんだよね。……それが本当なら、僕ら『芸術家』にできることって案外多いのかも」
……ふむ。
そうだね。ボクたちは現在が過去になってしまう前に、未来に叫びを託してきた生命だ。良いアイデアかもしれない。
「僕達がすべきことは、救済に至る舞台を『
蒼い瞳に、確かな情熱が燃える。
……ああ、これだ。これこそが、ボク達をこの世に繋ぎとめる源泉。
あらゆる嘆きを、苦悩を、表現により伝えようとしてきた魂の光だ。
カミーユ、その賭けにボクも乗ろう。
とことん、出来るところまでやっていこうじゃないか。
「ちょっと、聞いているのかしらぁ?」
ここでローザに怒られて、ボクたちはキミが現れたことに気付いたんだ。
「あっ、呼んでくれたの? へぇ、ホントに呼んだら来るんだ……」
「……! ローランド、どこに行くの?」
この時、キミは既に様子がおかしくてね。
足取りも
「……あの子、死者だよね。変に外に出たら、胴体落ちやすくなるとかない?」
グリゴリーの医院もそうだけど、ここのオフィスも半分現実で半分「あっち」って感じなのかな。
だから少し心配になってね。回収しに行くべきかなって思った。
もちろんボクには肉体がないし、カミーユに頼んだよ。
「……レヴィくんまだかな? さっきメールで向かうって言ってたけど……」
カミーユはというと、弟分に任せる気満々だったかな。
「ん? なんか、変な音がしたような……」
……後は、そうだね。レヴィくんが説明した通りだ。
さて、そろそろ落ち着いたかな? だったらボクは帰るよ。またいつでも話を聞きに来るといい。
じゃあね!!
***
………………。何だ、今の……?
頭の中がすごく、うるさかった気がする……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます