第2話 プロへのオファー

「それで、私や立川にオファーを?」


 カキヨミ編集部の一角の応接ソファーに座ったプロ作家のミタカ・ユーキは出されたコーヒーをすすりながら言った。


 このミタカ・ユーキは現代ファンタジー『俺の彼女は世界を滅ぼしかけた魔法使いなんだが、何か質問ある?』を代表作とするカキヨミ母体の出版社KARURAの売れっ子作家である。


「先生、これも腕をあげるチャンスではないですか? 私は面白そうに感じます」


 茶菓子のマカロンを頬張りながら、ユーキの隣に座った立川は乗り気そうだ。


 この「立川千鶴」はユーキの押し掛け弟子のようなもので、デビューしたてではあるが、ショートショートや短編ならどんなジャンルも書きこなし、星新一の再来とも評価されている女流作家だ。


「はい、コンテストはもはや無法地帯です。一つの駄作が上位に上がったかと思えば、他の駄作に評価がついては下がるの繰り返しでめちゃくちゃなのです。ならば、正統派の良作をぶつけることによりランキングが正常化するのではないかと思いまして」


 下北沢が汗を吹きつつ、答える。


「ふーむ、しかし、タダという訳にはいかないよ? 作品にかける労力はタダじゃないのだから」


 ミタカが疑問を口にすると下北沢はより多量の汗をかきつつ、言いにくそうに弁明した。


「も、申し訳ありません。コンテストという体裁である以上は賞品や書籍化の確約は取れません。それこそ運営自らが不正をしたことになります」


「ならば、何が出せるの?」


「え、と、消耗品のカキヨミノートや付せん。それから私のポケットマネーで図書カード二千円分まで……でしょうか」


「話にならない、帰りましょう、千鶴さん」


「先生!」


 そう言ってミタカが立ち上がりかけたその時、一人の女性運営委員が泣き始めた。


「ううっ! このままでは、カキヨミの未来だけではなく、日本の文芸が衰退してしまいます」


「文芸の衰退?」


 ミタカが聞き返すと泣き崩れた女性の隣の編集部員が擁護するように答えた。


「作家さんよぉ、あんたたち大御所やフリーランスはいいさ、そうやってオファーを選り好みできる。対して、俺たち運営は一介のサラリーマン。安い給料でこき使われ、クソ通報や不正を潰しても残業代もろくに出ねえ。でもよぉ、それでもここにいて仕事をしているのは小説が好きだからだ。Web小説で文芸界に新しい風を起こしたいのさ、あんたがたにはわからんさね」


「お、おい! 先生達に失礼なことを言うな!」


 下北沢が嗜めるが、二人とも泣き出したのを見て、彼も泣き出してしまった。


「ううう、コンテストの本来の趣旨は新しい才能の発掘、読者評価が低くても光るものを持った作家を見つけてコツコツと育てること。なのに、Wild SAMURAI達のせいでコンテストが、コンテストがっ!」


 編集部兼運営の皆が嗚咽を上げているのを見て、ミタカは座り直し、差し出されたカキヨミノートを手に取った。


「わかった、この依頼を引き受けよう」


「先生!」


「おお、それでは!」


「ああ、このノート、取材の時に心して使わせてもらう」


 こうして、Wild SAMURAI対策としてプロ作家を迎え入れることが決まったのであった。

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