第2話 「接触」しよう

「ねぇ、タクミ」


「ん?どうしたの?」


しましまのエプロンがとても可愛らしいその子は聞いてきた。寒いさむい雪道を歩きながらの家までの道。早朝とはいえまだ少し暗く、街灯が道一辺に積もった雪と僅ながらに見える土を照らす。


「“友達”って、何?」


寒い中、ぎこちないながら不思議そうに聞いてきた。天候の変化があまり起きないジャパリパークだが、本土の強烈な寒波のせいか今日のキョウシュウチホーはとても寒い。てかキョウシュウって言ってるのに雪降るんだ…


「友達っていうのは…そうだな、とても仲の良い関係の人の事だよ」


「そうなんだ。」


友達…か、高校のときはあまりいなかった記憶が。まぁ元々男で動物が好きっていう気の合うやつも居なかったし当然っちゃ当然だけどね。


「ま、まぁとにかく友達っていうのは固い絆で結ばれた特別な存在の事だよ!それに、アニマルガールの君とヒトである俺だって「友達」になることが出来るんだよ。」

「うん…そうだね」


フクロオオカミちゃんは頬を赤くして頷きながら小さな声で言った。さっきの緊張と持病のアガリ症が落ち着いたのか、今思うと少し恥ずかしいような事も言えた。これからもこんな感じで話せるといいなと思いながら、俺と彼女は居住区にある家まで歩いていった。


「 …これからよろしくね、フクロオオカミちゃん」



ーーーーーーーーーーーー



「ふぃ~、ただいま~」


「お邪魔します」


長い帰路を歩いて、やっとついた我が家。外観はプレハブ小屋に近いが、中はしっかりとしていてパーク住まいのスタッフにはとても好評だ。

しかし、俺の住んでる部屋は一人暮らしとはいえ、白と黒のモノトーンカラーがほとんどでとても殺風景だ。強いて色があるとすると部屋の隅に置かれた机の上の動物のフィギュアや父が就職祝いに買ってくれた青い砂の砂時計、そして隣の本棚に入れられた動物に関する本ぐらいだ。


「寂しい部屋だけどゆっくりしててね。お茶を淹れてくるよ」


「…わかった」


そう言うと彼女は部屋の真ん中に置いてあるテーブルの近くに座った。

とりあえず着ていた上着を脱ぎハンガーにかけて、台所でお茶の準備をする。上の棚に入ったお茶の葉を取り出し、ポットに入れる。そしてお湯を沸かす。最近は研究施設の方で夜を明かした事が多かったせいか、動作が少しもたもたして時間が掛かってしまった。

しかし、俺がそんな素振りをしていたのに対し、彼女は全く動かなかった。後姿だけだが、どうやら正座をしながら、とにかく一直線に壁を見つめているようだった。強いて言うなら耳がペタッとなったりした所だけだ。

……なんか可愛い(かわいい)


「お茶が沸いたよ~」


そんな事も束の間、お茶の用意ができ、二人分のカップに均一にお茶を注いでテーブルまで持ってきた。お茶の入ったカップを置くと、自分も座った。


「…いただきます」


そう言うと彼女はカップを口にして一口飲んだ。飲んでる姿も凄い可愛い


「おいしい…!」


「そう!?良かったぁ~」


そう言ってくれて少しホッとした。今まで何を考えているか分からない子だなと思っていたが、「おいしい」という言葉を聞いて心配は要らないと確信し、俺もお茶を飲み始めた

(…久しぶりに淹れたとはいえ、なかなかいけるな)



ーーーーーーーーーーーー



「ふぅ~おいしかった~。なんか話…する?」


お茶も済んでいろいろと片付けをした後、再び話かけた。一応今は午前7時すぎ、出掛けようとするにも早すぎる。


(とにかくなんか喋らないと…)


そう思っていると、フクロオオカミちゃんは俺の目を見ながら細い口で言った。


「タクミには、家族っている?」


「…家族…か」


俺は少し躊躇った。が、自分のことをちゃんと知ってもらうためにも話すことをきめた


「実は母さんがもういないんだ」


「…えっ」


そう言い放った途端、彼女は驚愕した。


「10年前、仕事先の海外行きの飛行機で墜落の事故に合ってね、そのまま家に帰ってくることは無かったんだ。」


いくら仕事が忙しくても、俺が熱を出したり、嫌な事があったときはずっと側に付いて「辛いことがあったら誰かと分け合う!」と言ってくれたとても優しい人だった。

元々共働きだったが、それでも優しかった母親を亡くしたことが当時子供だった俺には相当ショックだった。


「気を使って父さんが早く帰ってきてくれたけど、それでもあの頃の俺はただただ悲しくって、ずっと部屋に綴じ込もって泣いてばかりだったんだ。」


彼女はまだ暗い表情をしている。そこで、俺が何故ジャパリパークで働こうと決めたのか、その理由も教えた。


「でも、母さんが生きていたとき、休みの日は決まって動物園に連れて行ってくれた。たくさんの動物に囲まれながら園を回るあの瞬間、とても最高だった。だから、将来は動物関係の仕事をしたい!って思ってた矢先に、巨大総合動物園であるジャパリパークが出来ると聞いたときは凄く嬉しかった。だから必死に勉強して、高校を卒業してすぐに就職が決まって、母さんが大好きだった動物達がたくさんいるここで働くことができると聞いて、凄く感謝してるんだ !…まぁ、今の専門はアニマルガールなんだけどね。へへ」


「そうだったんだね…」


その話を聞いて、フクロオオカミちゃんは言った。口角は上がってないものの、とても清々しい表情をしている。


「ところでさ、何で家族について聞いたの?」


今度はこっちが聞いてみる。


「…私、家族のことが、よくわからなかったんだ。」


そう言われてゾクッとした。

フクロオオカミ、この動物は既に絶滅している。ヒトの身勝手なエゴのせいで…


「そっか…折角聞いてくれたのにこんな暗い話しちゃって、ごめんね…」


「ううん、大丈夫」


そうは言ってくれたけれど、元が元だ。少し気にしてしまう。すると彼女はこう言った。


「私が、タクミのお母さんの代わりになりたい…いい?」


「ふぇっ!?」


お母さんの代わりになる発言を聞いて、驚かない人間はいないであろうそうであろう。普通困惑するよね!?


「な、何でかな…?」


これは一種のプレイ的なやつなのか、そう思いながら恐る恐る聞いた。


「私、子供が欲しい。でも、皆がダメって、だから…」


そういうことか。確かにアニマルガールになった途端、ヒトと同じ身体構造にはなるが、生殖についてはまだ触れてはいない。

…それは、ヒトとアニマルガールが共存する事にとって"禁忌"だから。


「それに、タクミのお母さんはもう…だから、お願い。」


それを聞いてしまっては、もう何も言えない。この子に従おう。


「わかった、良いよ!…でも、お母さんの代わりをやるとはいえ、変な気遣いは一切なし!それこそ、"友達"ぐらいの感覚でも全然いいからね。」


そう言うと、彼女はとても嬉しそうだった。相変わらず笑ってはいないけれど。


「ありがとうタクミ…!じゃあ、さっそく…」

「疲れたでしょ、寝て、いいよ。」


俺の正面に近付き、自分の膝をポンと叩いて嬉々しく言った。


「え、良いの?」

そう言うと彼女はコクコクと頷いた。


「…じゃあ、遠慮なく。お邪魔しま~す。」


そして俺はフクロオオカミちゃんの膝に頭を乗せ、横になった。ヤバい、凄い恥ずかしい…


「なんか~ははは恥ずかしいなぁ~」


自然と言葉が溢れた。しかし、とても柔らかくて優しくって、温かかい…

まるで本当の母親のような…そんな感触に包まれた。


とても心地よくなっているときに、彼女は優しく言った。


「辛いことがあったら、フクロオオカミと、分け合おう。」


その言葉を聞いたとき、今まで出てこなかった感情が、一気に込み上げて来る。

そう、母さんの口癖も「辛いことがあったら誰かと分け合う」これであった。


「…ありがとう、そう言ってくれて凄く嬉しいよ」


母さんを思いだし、泣きそうな声で言った。

するとフクロオオカミちゃんは、俺の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。

…ダメだ、そう思いながらも耐え切れずに泣いてしまった。


「大丈夫、私が、付いてるから。だから、たまにはゆっくり、しよう。」


…これじゃあ、どっちがお世話してるんだか。そんな事を思いながらもその優しい手と温もりに包まれて、いつの間にか眠ってしまった。



目が覚めて気が付くと、フクロオオカミちゃんが膝枕を作った状態で目を閉じて寝ていた。俺は起き上がり、フクロオオカミちゃんをベッドの方に移動させた。とても安らかに眠っている。良い顔いただき!…なんてね

部屋にある大きなカーテンを開ける。すると、雪は積もっているものの辺りはすっかりと晴れて清々しい空が見えた。

そして、彼女のおかげで吹っ切れた俺は、ご飯の支度を始めるのであった。



つづく





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