2章1





 ガグルガスの死体は光の粒になって消滅した。

 だから墓を作ろうか迷った意思もすぐに霧散した。


 敵とはいえ、人であったなら墓の下に入る権利ぐらいはあると思った。

 例え親友を殺した許せない相手であったとしても。


 景色が瓦礫だらけの灰色の街から、奇跡の創り出している在りし日の街に変わる。

 異能力を解除、刀を消して、一息吐く。


「たろー、生きてるよね」

「ああ」

「勝ったんだよね」

「ああ」


「生きててくれて、ありがとう」


 奇跡は、白髪を揺らして、心底安堵した様に笑った。


「……ああ」 

 奇跡は俺に抱き付いてきた。そのまま背中や腕、腹、足を触ってくる。

「うん。ちゃんと生きてる。生きてるね。いいよ」


 心配性だ。

 胸を貫かれ傷だらけの体な俺と密着して血塗れになっても、俺の生存を確かめている。


 少し、眠くなってきた。

 意識が落ち、束の間の眠りに俺は就いた。



 目が覚めると、自室だった。

 傷は例の如く完治している。異能力者はやはり異常な存在だ。


「たろー、おはよう」

 すぐ傍に奇跡が座っていた。今は桜色の髪に緑の瞳だ。

「おはよう」

「ご飯食べよー。今日はわたしが作るね」

「……作れるのか?」

「練習する時間は幾らでもあったからね」


 それもそうか。

 千年もあったのだ。


 

 ダイニングに二人で移動した。


 料理をキッチンで作り始める奇跡を、テーブルに着いて後ろから眺める。

 身長推定百四十センチ以下の幼女が白いワンピースの上に黄色のエプロンを着けてさまになっている。


 冷蔵庫から食材を取り出したり、フライパンを取って火にかけたり、そうやって横に移動する度に奇跡の髪色が変化する。

 横に揺れるだけでも僅かに変わっていく。

 

 俺は頬杖を突いて移り行く髪色を楽しむ。

 万華鏡を眺めているかのよう。七色を越えた髪色だ。


 白色。オレンジ色。紫色。水色。黄色。緑色。赤色。桜色。金色。銀色。黒色。etc……。


「~~♪」


 鼻歌を歌いながら卵を焼く奇跡。その声は幼く可愛い歌姫だ。

 甘い声音と匂いが広がっていく。

 

 昨日死闘を経たばかりなのに、心穏やかになれた。



「かんせいっ」


 奇跡の作った料理がダイニングのテーブルに並ぶ。

 フレンチトーストと甘い卵焼きだ。

 

 奇跡も正面の椅子に着いた。

「いただきますっ」

「いただきます」


 卵焼きを齧り、フレンチトーストも食べる。

 甘い。甘々な朝食。

 だが美味い。甘くて美味くて甘いのにしつこくない。


「いい奥さんになれるよ」

「なりたいな。たろーがお父さんになってよ」

「奇跡の父親に?」

「違うよ。人間の男の子はもうたろーしかいないんだから、わたしがお嫁さんになるなら相手はたろーしかいないんだよ」

「そうか」

「なんか適当」

「奇跡が望むんなら、いつかそうなってもいい」

「ならなって」

「まあ、その内な」

「やっぱり適当」


 

 朝食後。


「そういえば最初に目覚めてから俺も奇跡もトイレに行っていないが、大丈夫なのか」

 今までまったく催さなかったので今気づいた。今も全く排泄できる気がしない。


「異能力者の体はおしっこもうんちも必要としないんだよ」

 異能力者とは、何ともまあ便利なものだ。


 異能力をまた練習する為に庭に出た。


「ガグルガスはそういうの使わないから言うの忘れてたけど、異能力者はみんなわたしみたいに好きな世界を創れるから、それも気をつけてね」

「ああ。という事は俺も使えるのか?」

「たぶん。千年前では使ってたし。でもあまり意味ないと思う」

「何故」

「異能力者の創り出す世界は、戦闘に関してはあくまで少し有利になるだけで、今すぐ覚えた方がいいことじゃないから」

「少しは有利になるんだろ?」

「そうだけど、相手も世界を張るから、覚えたての方は打ち消されちゃうことが多いんだよ」

「そうか」

「うん」

「だけどとりあえず試してみるよ」

「なら、とめないけど」

「参考に聞きたい、この世界は具体的にはどういうものだ?」

「う~ん。漫画とかでよく見た固有結界が一番近いと思う」


 固有結界。確か、自分に有利で都合のいい現象が起こる世界を他の者も巻き込んで創造する力、というイメージが大体合っているだろう。

 先に奇跡が話した事と大体一致している。

 漫画での印象ほど、強い能力ではないのだろうけれど。


「奇跡は食材を出す事も出来るよな」

「うん」

 朝食に使った食材も奇跡が生み出したものだ。


「なら、武器を生み出す事も出来るか?」

「たぶんできると思う、けど、普通に異能力で戦った方が強いと思う」

「どんな世界でも創り出せるのか?」

「本当に強く自分の中にある世界しか具現できないよ。わたしの場合、この日常の世界は日常を壊す異能力者という異物が許せなくて、あの人たちが来たら強制的に解除されちゃうほど弱いものだから」

「そうか」


 万能ではない。

 だが、それも使えるようになるべきだ。

 たとえ見える世界を変えるだけの力でも、全く使えない能力にはならないだろう。

 牽制にはなる。自分のフィールドで戦える心理的余裕も出来る。いきなり景色を変える事で不意も突けるかもしれない。

 打ち消されるのなら意味はないかもしれないが、それでも。


「使い方は異能力と同じようなものでいいのか」

「うん」


 ただ使いたいと意識すればいい。

 集中して練習した。

 しばらく試していると。


「たろー、そろそろ休もう」

 奇跡がそう言ってきた。


「そればかりだと疲れちゃうよ。元々異能力には練習とかそこまで必要じゃないから大丈夫だよ。異能力を使うには精神も重要だから。消耗するより心が落ち着いてる方が強かったりもするから」


 それもそうか。

 根を詰め過ぎても無理が来る。

 なら心を休めてその時まで英気を養うのが最善か。

 感覚的には心の底で分かってはいたが、何か出来る事をしていないと気が済まなかったのだ。


「なら、なにするか」

「とりあえずお昼ごはん食べよう」

 気づけば時刻は正午を指していた。



 ダイニングに移っての昼食、だが。


 何故か奇跡の前には缶ビールが置いてある。

 缶ビールだ。酒。酒にしか見えない。


「久しぶりに飲みたいなって」

 笑顔で言う。

「未成年飲酒は駄目だぞ」

「異能力者の体なら大丈夫。酔うも酔わないも自由に決められるから」

「そうなの、か?」

「わたし千年生きてるんだよ」


 奇跡は幼い少女である。

 けれど実際、千歳以上でもある。

 誰ともほとんど交流せずにいたから精神が老成している訳ではないのだろうが。

  

「お酒に逃げた時代があって、それ以来好きなんだ」


 途方もない年月も生きていれば、そういう事もあるだろう。

 むしろ危ない白い粉へ手を出さなかった分かなりの精神力だ。例え手を出してしまっていたとしても、異能力者の体ならそれすらも問題なかった筈だから。



 昼食を摂った後、奇跡は顔をアルコールで赤くしながら目をトロンとさせて言った。


「ゲームしよ」


 奇跡は酒をリビングに数本持ち込んでテレビの前に陣取り。コントローラーを握ってこちらを振り返る。

 俺も隣に座ってコントローラーを持った。


「じゃ、起動~」


 対戦ゲームを始めた。

 勝った。


「くああああ負けたあああもお~~~~~」


 ポカポカと叩いてくる酔いどれ幼女。 

「もう一回だよっ。次は負けないからっ」


 平和だ。

 楽しい楽しい日常だ。


 本当に? 楽しい日常って?

 奇跡がいれば楽しい日常だ。

 もう他の人間は存在しない。

 奇跡と二人で生きていく。


 奇跡と、楽しさと充実を生み出していかなければ人に未来はない。

 だからこういう時は全力で楽しんで笑うのがいいだろう。


「また負けたああああああああああああ」

「はははは」


 ポカポカと小さな手で叩いてくる。眼はトロトロに蕩けていて真っ赤な顔で完全に泥酔している。

 

「たろーも飲めーーー」

「遠慮しておく」

 俺も異能力者の体だから問題ないのだろうが、感覚的には高校生だ。抵抗がある。


「カマトトぶってんじゃないよーー」

 俺達は人間だ。



 翌日。暖かな日差し差す早朝。


「ごめんなさいたろー」

 奇跡が目の前で土下座している。

「何故謝る」

「殴ってごめんなさい」

 昨日酔ってポカポカしてきた事か。

 全く痛くなかったしただジャレてきているだけな感覚だったので謝られる方が困惑する。

「この度はわたしの愚かな判断で暴行をして危害を加えてしまったことを謝罪させていただきます」

「丁寧過ぎる」

 白髪しろかみ白ワンピースの幼い少女が床に額を擦り付けて土下座をしている。

「酔いがさめて冷静になったわたしは深く反省しています」

「わかったから敬語を止めてくれ」

「嫌いにならないで。わたしにはたろーしかいないの」

「そんなメンヘラみたいな」

「でも事実だよ」


 確かにそうだ。

 人類は俺達しかいない。


「あれぐらいで怒らない。顔を上げろ」

「うん」

 不安そうな顔で俺を見上げる。綺麗な翡翠色の瞳だ。

「そんな顔するな。友達ってのはあれぐらい気にしないもんだ。嫌いになんてなるはずがない」

「うん……」

「もっと気安くな」

「うん」


 まだ不安なんだろうな。

 千年の傷はそう簡単に癒えない。

 その心の内を解ってやる事は出来ないけど、俺は何度でもいつまでも奇跡を引っ張り上げるよ。 



「それにしても」


 様々なものを創造し、生命力が強く戦闘力が異次元の域な生命体。


「異能力者は、本当になんでもありだな」

 昨日今日と、ここ最近で再確認する。


「そうだね」


 奇跡は頷いて。真顔で口にした。 


「異能力者は神様みたいなもの、らしいよ」




「神である僕達を殺せるのは、やはり同じ異能力者だけですね」

 

 ガグルガスの死を知り、青髪の少年が銀縁眼鏡を中指で押し上げながら零した。

 渦城才賀うずしろさいがだ。


「これで現状は変化しました」

「あいつ死んだんだー。なっさけなーい」

 水色髪の幼い少女、碧花あおはなが熊のぬいぐるみをもてあそびながら嘲笑した。


「…………」

 異能力者達のリーダー、エディフォンは常時と変わらず黙し瞑目している。

「ギャグヘヘヘヘヘヘッッ」

 金髪の女、エレミオーラもいつも通りだ。

「ガグルガスが死んだだけだけどね」

 異能力者という存在という事以外普通の少女、黒髪ポニーテールの佐藤涼音すずねが言う。


「それでも変化ですよ」

 渦城は大仰に腕を広げて語る。

「この退屈で膨大な時間の中で、ようやく変化したんです。正直歓喜に震えています」


 誰一人ガグルガスの死を憂う者はいない。

 彼らの精神は異能力者であり、人と共感の出来ない怪物だからだ。


 彼らは自らを神と語る。


 それは傲慢であり、また確信でもある。


 神の因子を宿し変質した存在こそ、異能力者なのだから。





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