1章5





 赤髪の男――ガグルガスと一面瓦礫の灰色の街で対峙している。


「早速、始めようぜ」


 ガグルガスは問答無用とばかりに異能力を行使した。

 奴の体が、人ではないモノへと変貌していく。

 二倍の体格へと膨張し、漆黒の腕から爪が生え、口腔こうこうから牙が生える。大尻尾が地を打ち、赤き眼が怪しく光滅した。


 奴から、動いた。

 一度の跳躍で迫り来る黒い化け物。


 銀色に煌めく刃をたずさえ迎え撃つ。


 常外の剣戟が始まる。

 金属音。金属音。金属音金属音金属音。音音音音音音。荒れ狂う死の閃き。

 先の戦いよりも動ける。速く、速く、もっと速く。


「はははははは」

 ガグルガスは狂笑していた。

 どこまでも楽しそうで、理解しがたいバトルジャンキーだ。


 刀の一閃、爪の斬撃、俺達は周囲を破壊しながら暴風の様に踊る。

 戦う、戦う、連撃をさばく。

 牙による咬み付きを、身体逸らし避ける。爪による一斬を、刃打ち合わせ跳ね返す。漆黒尾の振るいを、屈み避ける。


 幾多の攻撃の対処を為した。


 そして。


 爪の突きを逸らし、返す刀でガグルガスへ一刀を放つ。

 こうして、反撃する事も出来るようになった。


 衝突音を鳴らしてもう一方の爪に弾かれる。 

 そうして対処されるが、前回の様に防戦一方ではない。


「あいつとの戦いを思い出すぜえ! たぎる滾る滾る!」


 あいつとは誰だ。そんな思考も置き去りに刀を振るう。

 鋭き刀と爪が、ごうッ、と紡ぎ合い、命を切り落とそうと喰らい合う。

 お互いに一撃を攻防の隙間に放っていくが、決定打にはならない。

 互角に渡り合い、互いに少しずつ傷付いていく。 


「なら、これはどうだあッ」


 ガグルガスの黒い尻尾が、"八股に分かれた"。


 うねり、それぞれ独立して動き、威圧を保有する異常器官。

 その先端は暗黒色に鋭利な剣の様に光を反射し、尾の根元まで棘が隙間なく群生していた。


「なっ……」

 意識を警鐘ががなり立てる。


「さあ、死んでくれるなよ?」


 風切り音を無数に奏でさせ、死の乱舞を行使する剣の様な黒尾達。  


 異能の刀を振るい対処するが、防戦一方だ。

 八本の黒尾は、変幻自在に動き回る。

 その一本一本が、強大。


 一本に対処すれば、反撃する間もなく更なる一本が襲う。そして更に一本、更に一本、更に一本、更に一本、更に一本、更に一本。


 防御すら僅かに間に合わず、腕や足、肩を切り裂かれた。

 痛みと血が舞い散って、視界を赤に点滅させる。


「たろー……」

 奇跡が見ている。弱々しい心配の声が耳に届いた。


 負ける訳にはいかない。

 必死になって、生存を勝ち取ろうと刀を振るう。

 だが、そう簡単に戦況は覆せない。 

 当然だ。ただでさえ余裕などではなかったうえ、八体強力な敵が増えたようなものなのだから。

 痛みが、流血が、増えていくばかり。


 ――されど。 


 されど。


 このまま押し負ければ、死ぬだけだ。

 それは何としても回避しなければならない。


 決死の決断。

 防御を何割か無視する事にした。


 先までよりも肉を切り裂かれズタズタに傷つきながら、刀の動きを攻勢に回す。


 何とか、幾つもの斬撃を放つ、全ての尻尾を弾いた。

 奴へと攻撃を通す為の道が、作り出される。


「――――ッ」


 奴の心臓へ向けて、刀を、銀に煌めく突先とっさきを、突き出した。


 瞬刻しゅんこく。突然。


 ガグルガスの口から、尻尾が生えた。


 "口から尻尾が生えた"のだ。文字通り、そのまま。


 その様相は、酷く、酷くおぞましい。怖気の走る生物としての異常さを、理論でもなく本能で感じる。

 およそ人類の理解出来る構造ではない。ただただ奇々怪々だった。


 その口から生えた黒の尾が刹那の勢いで、攻撃を放つ動作中の俺に向けて射出されている。


 突先は俺の心臓を捉えていた。身を逸らす。

 ――避けられない。


 鈍い音。衝撃。鮮血舞う。


 胸を貫かれた。


 生命の活動を著しく阻害される。


 これ、は。

 

 死ぬ。


 その時、俺の中の力、異能力が反応を示した。



 ――――。


  

 唐突に景色が変わった。


 先までの灰色の街に、目の前のガグルガスも、近くにいた奇跡も、何もかもがない。


 代わりにあるのは、灰色ではない光景。以前通っていた学校の教室、クラスメイト達。そして喧噪けんそう


 何が、起こった……?

 何故、今こんな光景が見える。 

 人類は滅んだのではなかったのか。

 何もわからない。


「おっす、太郎」

「おう、シンか」

 俺の意思とは関係なく、俺の身体は振り返って喋った。目の前には茶髪の男が立っている。


 鈴樹森山すずきしんざん、俺の親友だ。


 俺と奇跡以外人類が死に絶えたというのなら、森山――シンも既にいないはず。それとも世界は滅んでいなかったのか。長い長い夢を見ていただけなのか。冷静に考えれば世界が滅んだなど信じられない。


 だが、奇跡の言葉は真実だと確信する感情も否定出来ない。


「昨日はありがとな」

「いいってことよ、おれ達の仲だろ」

「今日ゲーセン行くか」

「ああ、今日は勝ち越させてもらうからな」

「それはどうかな」


 また勝手に俺の口が動き出す。 

 どうやら俺の意思では動けないらしい。

 まるで夢でも見ているよう。

 放課後まで、以前の日常をなぞる様に進んだ。


 ゲーセンで一緒に遊び、楽しく過ごす。 

 そこまで見て、俺は気づく、これは以前体験した行動、会話だと。

 俺は何故か、過去を見ているのかもしれない。 


 そう、俺には親友がいた。

 気のいいやつだった。いいやつだったんだ。助けられた事もある。


 ここに来て、冷たい寂寥感せきりょうかんに襲われた。

 その親友は、もういないのかもしれないと、実感したから。



 世界が異能力者の脅威に脅かされ、大混乱に陥った場面へと視界は転換する。


 ――"おれ"は、人を探していた。  

 いつしか、俺の意識は、シンと溶け合っていた。


 世界がおかしくなってしまってから、おれは真っ先にある人を探す為に走った。

 家族でも親友でもない、ただの片思い中の初恋の人だ。

 いてもたってもいられなかった。無意識に探し求めていた。どうしても、他の誰よりも気になったんだ。


 そうしておれは、見つけ出す。


 学校の中庭で、彼女は泣いていた。

 ベンチに座ってうつむいて、静かな嗚咽おえつを漏らして。


日高ひだかさん……」

 肩口までの黒髪を揺らして、日高さんは力無く顔を上げた。

「鈴樹くん……」


 涙を垂らした黒瞳は、綺麗で儚くて弱々しくて、今にも消えてしまいそうで。

 おれはどこにも行ってほしくなくて、言葉を続けていた。


「おれ、守るからさ」

「……?」

「日高さんのこと、何があっても絶対護るから。こんな状況で安心してとはいえないけど、おれがいるから」


 何があったのかは聞かない。きっとろくでもないことで、今話したくなんてないだろうから。

 だからおれは、彼女に対してできることを告げる。


「……うん、ありがとう」

 日高さんは、泣き腫らした瞳を細めて少しだけ笑ってくれた。



 校舎の向こうから悲鳴が聞こえた。

 固い物が砕け崩れる音も聞こえてくる。

 近くにあったガラスがひび割れた。


 化け物が、もうこの辺りに来やがったみたいだ。

 

「逃げよう」

「うん」


 日高さんの手を取って走り出す。

 悲鳴が聞こえてくる正門とは反対側に、共に逃げる。


 裏門が見えてきた。裏門はもうすぐそこだ。


 ――目の前に、黒い化け物が降り立った。

 轟音を撒き散らされ、地面が陥没する。


 黒い尾、爪、牙を持った巨体の怪物だ。赤く灯る目がおれ達を見据えている。


 その体は血に塗れていた。本人のものではないだろう。

 近くにいるだけで、奴の強大さが犇々ひしひしと伝わってきた。この世の存在から外れた何かであると解ってしまう。

 

「歯ごたえのある奴がいねえなあ。もっとオレを楽しませろよ!」

 化け物が訳の分からないことを言ってやがる。


「お前は強いかあ!」

 黒い巨体は飛び迫ってきた。一瞬で目の前に爪があった。

 衝撃が襲い見える血飛沫。おれの血だ。

 

 吹っ飛んで転がる。

 痛い。いや、痛みさえ分からない。


「鈴樹くん!」

 日高さんが走り寄っておれを抱えた。


「死なないでよ……! 鈴樹くんまで死んじゃったら、私はもうっ……!」


 日高さんが泣いている。泣き腫らした瞳から、また涙を流して。

 絶望の顔でおれを見ていた。


 おれは――。

 おれは、そんな顔させたくない。

 

 まだ死ねない。

 日高さんが泣かないように、死にたくない。

 守りたい。


「弱えな。弱い。弱過ぎる。もっと強い奴と戦わせろよ!」


 化け物が爪を振り上げた。その振り下ろされようとしている先には、日高さんの頭がある。


 守りたい。

 だけど、今のおれでは何も守れない。


 だから、今のおれではない、何かに成ればいい。


 その方法は。


此処ここに……在る!!」


 無意識、本能、奥底の場所から顕現する超常。

 理屈はよくわからない。ただおれは、異能力に覚醒した。


 力が全身に漲り、両の拳が光り輝く。


 即座に立ち上がり、振り下ろされた黒い爪を拳で受け止めた。

 おれの白く光る拳には、傷も痛みも一つとしてありはしない。


「おお! お前、異能力に覚醒したのか」

 化け物は赤い目を光らせながら狂った歓喜の笑みを満面に浮かべる。

「なら、オレを楽しませろおお!!」


 拳を振り抜き、爪が阻む。爪が繰り出され、拳が防ぐ。 

 互角の拳爪乱舞けんそうらんぶが続いた。


 おれは戦える。戦えている。おれは今、山のようにデカく強い!


「お前強いな。楽しいな。初めて楽しいぞ」

 化け物は何が嬉しいのかまだ笑っている。

 

 迫る爪、牙、尻尾を拳で凌ぐ。だけど掠る事もあり傷が増えていく。

 一撃を入れようと、荒れ狂う攻勢の隙間に拳を放っていく。化け物も傷が増えていく。


「これも防いで見せろォ!」

 

 黒い鋭き尾が、八股に分裂した。

 八股の黒尾。


 強者が八体増えたような苦境におれは立った。


 だが、まだ負けない。おれは長く生きた大樹のように根強く、倒れず、光る拳を揮い応戦していく。

 撓り来る凶器の尾を、二の尾を、三の尾を、続く尾を殴りつけ払う。

 何とか八本の尾を潜り抜け、決め手の一撃を入れようと前に踏み出す。


 右の拳にだけ超常の光を集中させる。


 莫大な破壊力を一点に集めた一撃を、化け物の心臓に向けて放つ。


 ――入った。


「ぐおあああ!?」


 化け物は叫び声をあげ、心臓の辺りが弾け飛び、おれの拳は貫通していた。


 あらゆる兵器を無傷で済ます異能力者の肉体は、同じ異能力者の異能力で殺す事が出来る。

 

 おれは今、異能力でこいつの心臓を貫いたんだ。


 勝った、と思った。


 刹那。


 化け物の口から尻尾が生え、おれの心臓を貫いていた。


「ハハハハ……オレは心臓を壊された程度じゃ死なねえんだよ」


 化け物が笑う。

 化け物は、真に化け物だった。


 おれは、負けるのか?


「鈴樹くん……! だめだよ。だめだよだめだよ! 死んじゃだめだよ……!!」


 日高さん、泣かないでくれ。

 負けられない。


 だけど、意識が。

 

 もう  落ちて    落ちていく


 護りたい。


 死ねない。


 なの に


 日高さん、どうか、生きて…………


 最後に日高さんの顔と、親友の顔が浮かんだ。


「太郎、お前は、勝てよ……」


 世界が変わってしまってからついぞ再会すること叶わなかった親友は、おれよりもうまくやれるだろうと思った。


 あいつなら、自分の大切な人を守り切れる。

 あいつは、そういうやつだ。


 意識が消える。



 ――――――――――。



 "俺"が。


 一剣太郎の意識が、帰ってくる。

 

 俺は、ようやく理解した。

 これは、俺の異能力が見せているビジョンだ。

 俺が、強くなる理由を提示し認識させる儀式だ。


 そんな、実際に在った過去だ。


 俺は一切の干渉が行えない、見ている事しか出来ない悲劇の記憶。


 そんなビジョンから、戻ってくる。


 シンは、よく物事を自然に例えて、切れ長の目がクールで、情に熱く、時にお調子者なやつだった。


 本当に、いいやつだったんだ。


 そんな親友は、もういない。



 意識が完全に、現在に同期した。


 目の前には黒い化け物、ガグルガス。


 俺はシンと似た様に、胸を鋭き尾によって貫かれている。


 シンは、負けてしまった。


 けれど今の俺なら。


 異能力により、勝てる力を増強した今ならば。


 敵をたおす為に、瀕死の体が動けるようになる。


 自然と、

 新たな異能力の使い方が分かった。


 ただただ自然に必然は舞い降りる。


 腰にはベルトと、純白の鞘が現出した。


 手に持つ刀を、

 刹那の間に鞘へと納める。


 納刀の音は、この場の全てに浸透し響いた。


「――」


 間髪入れずに鞘走らせ、居合貫きを放つ。

 

 その刀身は、シンの拳の如く光り輝いていた。


 大切な人を守りたかった、大切な人を守る光だ。


 俺の親友が残した、最強の光だ。


 俺を貫いた尾、そして他七本の尾を、八の斬撃により切り飛ばした。


「な」


 瞬ッ。


 眼を見開くガグルガスの首を斬り飛ばした。


 この場の流れは全てが速く、

 この場の勝利は全てが遅く、

 終結する。


 黒い化け物は、八本の尾を地面に散らし、胴体を倒れさせ、首が転がった。血が噴き出し赤い水溜まりが出来上がる。


 ガグルガスは

 もう動かない。


 心臓を破壊されても死なない奴は、首と尾を全て斬られれば死ぬようだ。


「…………」


 シン。


 仇は、取ったぞ。




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