1章3





 ガグルガス以外の五人は、いつの間にか居なくなっていた。

 奴は奇跡を無視している。


 つまり俺とガグルガスの、殺されるかどうかの関係だけが今ここにある。


 奴の右腕は異形と化していた。黒くごつごつとして、鋭い爪が生えた怪物の腕だ。


 俺は、瓦礫の破片が足や腕や腹に刺さり、血がしたたっている。

 痛い。痛い。

 もう既に、満身創痍だ。 

 たった一撃で、追い詰められている。


「どうした」

「……」

「早く異能力を発動しろ」

 ガグルガスが苛立ちながら言う。


 異能力ってなんだ。

 その化け物じみた力の事か。

 俺は、そんなの――


「興醒めさせないでくれよ。俺はまたたぎるバトルがしたいんだ」  

 ガグルガスから、殺意がより一層強く発せられた。


 消えた。跳んでくる。

 ガグルガスが真正面。

 目に映る赤色は死の色。


 意識の時間が走馬灯の様に引き伸ばされる。

 異形の右手が突き出される。黒く鋭い爪は容易く人体を貫くだろう。

 後一秒にも満たない時が過ぎれば、殺される。


 ――――――――――。


 殺される。

 実感が、あまり湧かなかった。

 瞬間。

 身体の内、その更に内から溢れる奇妙な感覚。


 爪に貫かれる。

 直前、光がほとばしった。


 ガグルガスが即座に腕を引き戻し、後ろに跳んで距離を取る。

「やっとか」

 奴は満足そうな笑みと共に呟く。 


 俺の身体が、光っていた。

 何か、超常の力が発生する感覚。感覚。感覚。



 不思議と戸惑いはない。

 これは必然。

 元より自分は、その為に舞い戻ったのだから。

 その為とは、何だろう。



 異能力が発動する。


 光が収まると、俺の手には一振りの刀が握られていた。


 ただの刀ではない。銀色にきらめくその刃は、常外じょうがいの存在。 

 

 内から力が溢れてくる。溢れ過ぎるほど、膨大に溢れてくる。 

 俺は今、人を逸脱した超常へと変質していた。

 刺さった瓦礫の破片が抜け落ち、傷が治癒していく。痛みが少なくなっていく。

 力も技術も、全てが超級へと昇華されている。


 奇跡が、目を見開いてこちらを見ていた。

 その瞳には、俺が目覚めてから初めて、生気が宿っていた。


「た……ろー……?」


 そして、俺の名前を呼んでくれた。


「ヒャハハハハハッ」

 ガグルガスは狂笑する。

「楽しませてくれよォ!」


 奴の身体が、右腕だけでなく全身が変質していく。

 これがガグルガスの異能力か。


「滾る。滾る滾る! 血で血を洗う殺し合いだァ!」


 体格が人の二倍ほどになり、全身漆黒の怪物と化す。

 黒き爪が四肢にて研ぎ澄まされ、牙が獲物を寄越せと伸び肥大ひだいたけり、長い尻尾がしなり地を打つ。

 赤く光る二つの眼がこちらを捉えて離さない。


 ガグルガスが先手を打って飛び掛かって来た。

 爪で袈裟掛けさがけに切り裂く、

 と見せかけて体を宙で縦に回し、尻尾が叩き付けられる。

 

 戦闘などしたことがないはずの俺は、そのフェイントを読めていた。


 刀を使い尻尾を逸らす。

 俺から狙いを外した尻尾によって地面が穿たれる。

 続けて回し蹴りが放たれた。

 跳び退って避ける。


 ここで、一つの間。最初の一連攻勢が刹那の間だけ止まった。


 今の攻撃はしのいだ。凌げはした。けれど、余裕ではない。

 初戦であることに変わりはない。

 緊張はある。

 冷や汗は垂れる。

 死への恐怖もないわけではない。

 対して、ガグルガスは余裕の笑みを浮かべている。殺し合いを心底楽しんでいる。 


 刀を握る手に自然と力が籠る。


 猛攻。

 猛攻が。

 迫る。


 黄泉の音を唸らせながら鋭き爪が閃いた。

 刀を死の線上に辿り、弾く。重い。腕が痺れる。だが刀は落とさない。

 間髪かんはつ入れず爪が首元を狙い走る。刃で横から斬り弾く。

 あらゆる動物を凌駕するであろう鋭き剛牙ごうがによるみつきが来る。

 寸前で、身体を右横に逸らす。首を擦れてガグルガスの顔が通り過ぎる。皮膚が僅かに剥がれ飛び血が舞い散った。

 続けて蹴り上げられた凶悪な爪の有る足を、刀を楯にし防ぐ。

 防いだ勢いを利用し、後ろに跳んで退避した。

 されど刀で弾かれた勢いをガグルガスも利用し、ムーンサルトに黒尾こくびが撓り迫る。

 刃を一文字に振るう、黒尾と衝突し、衝撃で更に後ろに跳ぶ。

 

「ハハハハハ、簡単に死なない奴は久しぶりだあ!」


 防戦一方。

 攻撃を差し挟む隙が見つけられない。

 獅子を越えた四肢による致死の一撃が、間断なく濁流の様に襲う。

 

「く……そ……」


 凌ぐ、だけで。

 せい、一杯だ……っ。


 金属音、衝突音、死の音ばかりがこの場には満ちていた。


 視界が目まぐるしく変動。連続で襲い来る凶器が認識され、意識に留まり、離れていく。

 爪。

 爪。

 牙。

 黒尾。

 爪。

 牙。

 牙。

 爪。

 爪。

 黒尾。


 攻勢の激化。先より、更に高みへ、速くなっていく。


 ――追いつけない。


 次第に、俺の動きは鈍くなってきた。

 

 袈裟掛けの断頭台。命を切り落とす狂爪が繰り出される。


 刀を移動させ対処――出来なかった。 

 致命的なミス。


 これが、経験の差。

 俺は初戦、ガグルガスは幾度も殺し合いを経てきたのだろう。

 ここまで戦えたのが、不思議なくらいだ。

 異能力というものは凄まじい。


 そんな考えが浮かんでは消え、状況は変わらず。


 袈裟掛けに切り裂かれた。


 血液が大量に噴き出し垂れ散る。


 吹き飛んだ。


 地に打ち付けられ、転がり、血の跡を灰色の地面に残して倒れ伏す。

 

「たろー……!」

 奇跡の呼ぶ声がする。


 痛覚が危険信号を絶え間なく激しく訴えてくる。

 痛い。痛い痛い痛い痛い。

 骨は折れているか。内臓はちゃんと腹に入っているか。

 分からない。痛い。

 意識は強く。強く持て。


「弱い」

 ガグルガスが静かに零した。


「これじゃ足りない。全然足りねえよ」

 奴は黒い化け物の姿から人の姿に戻る。

「退屈だ。興醒めだ。なってない」

 勝手に襲ったくせに、散々な言いようだ。 

「数日だけ時間をやる、もう少し力に慣れて強くなれ」

 ガグルガスは背を向けて去っていく。


 ……くそ。

 立てない。


 俺は……。


 意識が暗闇へと落ちていく。

 

「たろー……! たろー……!」


 奇跡の声が聞こえる。


 久しぶりに聞く、心地いい声だった。




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