1章2




 奇跡について、今一度考えてみようと思う。

 彼女は今どのような状態なのか、順序立てて思考していく。


 まず、奇跡が何故俺の部屋に居たのか。

 

 俺の部屋に居る理由。奇跡とは友達だ。しかし自室に招いたことは一度もない。家族が招き入れたのだろうか。だがここには俺と奇跡しかいない。


 結論、これに関しては奇跡が話せるようになる事を待つしかない。


 次に、なぜ奇跡の姿、というより色が変化しているのか。


 分かる訳がない。人の目と髪色が角度によって変わるなどどういった理由でなるというんだ。少なくとも真っ当な理由ではないだろう。


 次に、なぜ誰も人が居ないのか。何らかの災害が発生してこの地域から人が軒並み避難した可能性。俺は寝ていて気付かなかった? いや、それなら俺の家族が電話する。いや、大きな災害なら電話回線がパンクした? それでも連絡がつかないなら俺を呼びに家へ来るはずだ。家に来れないほどの災害だった? それならなぜ俺は無事なんだ。


 分からない。


 次に、何故俺の記憶が曖昧なんだ。


 そんなの、思い出せないのだから分かる訳がない。誰かに訊こうにも誰も話せる人間がいない。


 現状では考えても意味がない。


 次に、何故奇跡は俺にここ周辺を離れてほしくないのか。ここに重要な何かがあるのか、離れると何か害のある事が起きるのか。


 結論、本人に訊かなければ分からない。


 次に――他に何かないか。今ある疑問は他にないか。粗方考え尽くしたか。

 思わず頭を抱える。

 何故、何故、何故、何故。

 分からないことだらけだ。分からない事しかない。

 順序立てて考察しても、未だに進展一切なし。答えが出ない。


 ――なら。

 分からない事は、分からないままでいい。

 現状においてどう動けばいいのか、それを考える。


 今は、奇跡の望み通りにするなら家周辺からは離れられない。だから人は探せない。ならばアクションが取れるのは奇跡に対してだけだ。

 本腰を入れて奇跡とコミュニケーションをとる必要がある。

 こういう状態の人間の心を解きほぐす方法は……。なんだ。考えろ。


 ……多分、とにかく触れ合い、遊び倒す。これしかない、はずだ。これしか思いつかなかった。


 今の奇跡の色は髪が白く瞳はヴァイオレットだ。

 ゲームを見せながらプレイしてみせるが反応がない。

 漫画を見せてみるが視線はページを捉えない。

 娯楽からのアプローチは効果がないか。


 手を握ってみた。

 暖かい。暖かいんだ。確かに暖かい。人の体温。柔らかい人の感触。だから奇跡は生きてここに居る。


 …………。


 俺は手を握ったまま、意味があると信じて話し続けた。



 しばらく話した後、太陽の陽射しぐらい浴びておいた方がいいのではないかと思う。

「奇跡、近所なら外に出てもいいよな?」

 反応はない。


 手を握って立たせる。すると奇跡は立ってくれた。

 肯定、という事でいいのか。

 抵抗しないから、そう受け取る事にした。

 奇跡の手を引いて適当な目的地に向かう。  


 俺達が、初めて会った場所だ。



 近所にある小さな公園に辿り着いた。

 砂の地面に、遊具がブランコに滑り台に鉄棒だけがある。ジャングルジムとかは危ないからといつだったか撤去されていた。


 俺は奇跡をベンチに座らせ、自分も隣に座る。 

 このまま日向ぼっこでもしていようか。



 ――――。



 突然。


 唐突。


 脈絡みゃくらくなく。


 視界に映る光景が、歪曲わいきょくした。


「……っ」


 驚愕も戸惑いも置き去りのままに、視界も状況も変わってしまった。


 なんなんだ。


 歪曲した視界が正常に戻ると、その場は公園ではなくなっていた。


 瓦礫。


 目に映る世界は瓦礫が散乱した崩壊しているとしか思えない町。


 一面の灰色。


 そんな中、俺達は先までよりもだいぶ風化してボロ板のようになったベンチに座っていた。


「……わけがわからない」

 奇跡を見るが、例の如く何も反応しない。

 疑問を放置してやれる事をしようとしたら、またわけの分からない事象が起きてしまった。


 俺は、どうすればいい。

 このふざけた事態を前にして、どう行動するべきだ。


 と。

「おい、こっちを見ろ、人間」

 男の声が聞こえる。


 振り向くと、積もった瓦礫の山の上、六人の男女が立っていた。

 自分たち以外の人が居た――そう喜ぶ感情は一切湧いてこない。

 強大な存在、それも最上に危険な存在だと理解させられる威圧感が常時襲い来る。

 圧倒的な強者、人よりも上の力を持つと確信出来てしまう。

 あれらは、違う。俺達とは違う。絶対的に違う生物なんだ。

 手を出してはいけない異常、核兵器、またはそれ以上の力を保有する個。

 それが、六人。


 何故そんな事が理解出来るのかは自分でも分からない。けれど分かってしまう。感覚全てがそう訴えている。

 あいつらは、関わってはいけない災厄だ。


「じゃあ、まずは名乗らせてもらうぜ。こういうのは形式が大事なんだ。すぐに終わらせたらもったいねえ」

 赤髪の男が意味の分からない事をのたまう。


「オレはガグルガス=オートレールだ」


 赤髪の男は名乗る。ギラギラとした獲物を狙い済ます様な眼を俺に向けてくる。およそ人が人に向ける目ではない。


「僕は渦城才賀うずしろさいがです」


 眼鏡を掛けた青髪の少年が続く。冷めた、いや、それよりも酷く渇いた眼をしている。


「私は佐藤涼音すずね


 黒髪ポニーテールの少女が端的に自分の名前を言った。

 普通の少女にしか見えない。されど奇妙な強大さと狂気を感じ取れてしまう。


碧花あおはなだよ~♪」


 氷の如き冷たく閉ざす様な水色の髪を揺らす、奇跡と同い年ほどの少女が歌う様に名乗る。フルネームなのか名前だけなのか分かり難いが、イントネーション的にフルネームかもしれない。

 彼女が喋った時、奇跡がピクリと体を反応させた様に見えた。


「エレミオーラ=シェイク……グギャキャハハハハ」


 名だけは淡々と告げ、狂った笑いを唐突に発する金髪の女。

 深紅色の筈がどす黒い色に見える瞳を、焦点が合わずに空転させている。


「エディフォン=ヴォルグマン」


 静かに名乗るだけの、くすんだブロンド髪をした壮年のスーツ男。若くも見えるが、老成しているようにも見える。

 雰囲気から感じ取るに、恐らく奴がこの六人のリーダーだ。


 人のように話している奴ら。しかしいずれも、只人ただびとではない"圧"を持っている。


 恐怖は、確かに感じている。どうしようもないほど感じている。

 されど俺は、何故かそれを自然と無視出来た。

 気を強く持ち奴らを睨む。


「なかなかいい態度じゃねえか」

 ガグルガスと名乗った男は喜色ばんだ表情で俺を見てきた。


「お前らは手出すな、決まりはしっかり守れよ」

「わかってますよ、話し合った結果ですからね」

 渦城が眼鏡のブリッジを上げながら返す。

「そんじゃ、始めるぜ」


 ガグルガスは跳躍し、俺達の前方数メートル辺りに着地した。

 殺気が、膨れ上がり叩き付けられる。


「簡単に死んでくれるなよ?」

 ガグルガスが消えた、少なくとも俺にはそう見えた。


 耳をひんする破砕音。


 突然目の前の地面が砕け散ったと思った時には、衝撃がはしっていた。

 勢い良く跳び散った瓦礫が体に打ち付けられ、刺さり、吹き飛ばされる。

 転がって倒れ伏し、激しい痛みに襲われながらもなんとか顔を上げた。


 小さなクレーターの中心にガグルガスがその手を突き刺している。

 つまり、奴は一瞬にして俺の目の前の地面を右手一本で砕いたんだ。


 普通ではないことは分かっていたが、今行動から実感させられている。

 奴らは超常の化け物だ。


 ――死。その一文字が隙間なく意識を埋め尽くす。


 俺は殺されかかっている。

 全身の痛みがじくじくと精神をさいなむ。


 だのに。だけど。恐怖は思ったより少なかった。

 奇妙な感覚。俺はこの事態を想定外の非常事態だと思っていないかのようだ。

 異常に翻弄される一般の高校生である筈なのに。


「奇跡……」

 奇跡はどうしてる。俺の隣にいた。無事なのか。瓦礫は手榴弾のように飛び散った。隣にいたのなら無事な訳がない。


 されど視界に入るのは無傷な奇跡だった。先までと変わらず無表情に立っている。

 そしてガグルガスは奇跡を一切意に介していない。

 どういう事かは分からないが、とにかく奇跡は無事らしい。


 安堵する。だがすぐに痛みでそれが掻き消える。

 どうする。ここから、俺はどう行動すればいい。

 このままでいれば、殺される。





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