弟子曰く、師匠が働くのは当たり前らしい――②

 手紙の差出人が分かった俺の行動は一つ。

 面倒だし早く処分しよう。黒山羊さんは読まずに捨てるのだ。となれば即行動。


「よし、それを渡しなさい。さっさとゴミ箱に捨てやる」

「ええっ、なに言ってるんですか!? そんなことしたら駄目ですよっ!」


 慌ててサラが手紙を俺から守るように後ろへ隠してしまう。

 おい、それじゃ処分ができないだろ。ゴミはゴミ箱に捨てないと。師匠はそんな子に育てた覚えはありませんよ!

 なんて思ってると、サラが呆れ顔で言う。


「リオさん良いですか? 届いた手紙をすぐに捨てないでください。 ちゃんと読んでくださいな」

「ええ、読みたくないのだけど……」

「どうせ面倒だからでしょう? そんな理由なら読んでください」

「はぁ……分かったよ」

「分かってもらえて何よりです。それでは、こちらをどうぞ」


 サラが手紙を差し出す。

 ……フム。今なら簡単に処分できないか? 処分できるよな?


「リオさん? 今、変なことを考えてませんでしたか?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………ソンナコトカンガエテナイヨ?」

「なら、その間はなんですか? やっぱり考えてたましたよね? まったく、本当にリオさんは諦めの悪い人ですね……」


 くっ、勘がいいな!なら、いっそ開き直るか。


「フッ! それが俺の良いところだからな!」

「褒めてはいませんから」


 はい、ですよねー。知ってました!


「もう私が代わりに読みますよ。リオさんはすぐに捨てようとしますからね」

「え? いやー、それはちょっと困るというかー?」

「はい? どうしてですか?」

「あ、いや、それはねぇ?こう色々と、その個人的プライベートなアレかもだし…………そ、そう!俺が読まないといけない物だからさ!」

「さっき捨てようとしてましたが?」


 その通りデスネ。くっ、反論できない。


 だが、その手紙を読まれるのは非常に困る。阻止せねば、絶対に俺の平穏な生活が終わってしまう。

 そう!俺の平和な引きこもり生活がッ!!


 どうする、どうすればいい?

 力ずくで奪いに行くか? いや、それだとサラに怒られそうだ。それは、俺の心的ダメージが大きいから無理。

 そして説得は論外。というか、不可能。

 クソ、もう手段が途絶え……いや、まだ俺には魔法があるじゃないか!どうにかサラから手紙を回収できる魔法を思い出せ!


―――うん、ないね!


 ガクッと膝から崩れ落ちると同時に、すでに読み終えていたサラが微笑む。その表情はとてもいい笑顔。しかし、目が笑っていない。


 思わず無意識で逃走へ。だが、


「リオさ〜ん?」

「―――ッ!?」

「絶対、逃がしませんよ?」


 瞬間、俺の足元には精緻な魔法陣が展開。


 これは対竜種捕縛用の封印魔法っ!?

 な、なんてモノを師匠に放って! この魔法は対人使用禁止にされてるほど危険なんだぞ!俺を殺す気なのかっ!?


「大丈夫です! リオさんなら死にません!!」

「サラァ!?俺が人外みたいに言わないでくれるか!! あと、普通に人の心を読むなよっ!?」

「と言いながら、その魔法に魔力だけで抵抗してるのですが? 普通の人間なら、もう潰れてますよ。もう完全に人外の領域です。それと心が読めたのではなく、リオさんが分かりやすいだけです!!」

「ま、まだ人の域だからっ! てか、そんなに分かりやすいのかなあ!?」


 そう叫びながらも展開されていた封印魔法を全て解除して、さらに身の安全を確保のため後ろへ飛び下がる。だが、着地点へ左右から二つの火球が挟み込むように飛来。何もしなきゃ丸焼きになりそうだなぁ。


 ―――って、ここ家の中ァ! いくら広くても家が燃えてしまうよ!?

 は、早く燃え移る前に消火!消火を!!


 なんて慌てつつも冷静に魔法式へ介入して火球を二つとも消滅。ふぅ、あぶねぇぇ!!


「おい、サラ! ちょっと過激す……」

「隙あり、です!」

「う、うぉう!?」


 サラを注意しようとしたら、真上から三本の氷の槍が落下。とっさに、俺は地面を蹴って真横に回避。あっ!床に穴がっ!!


「不意打ちでも避けられるとは、流石ですね!」

「いや、サラちゃん? 今の避けなきゃ死んでたし、さっきのは家が燃えるところだったぞ?」

「でも燃えてませんし、避けれてました。結果的には、無傷なのですから問題なしです!」

「ははっ、そうだねっ!!」


 俺は思わず頭を抱える。

 どこで俺は育て方を間違えてたんだろうか……。あの時か? それとも……ああ、思い当たる節が多すぎるぞ!?昔の俺を殴りたいっ! 愛弟子を過激に育てすぎだっ!!


 いやいや、今はそのことは置いておこう。どうこの場をしのいで逃げるか、だ!このままだと色んな意味で危ないからな。


 思考を切り替えて、急ぎ逃走経路を探し始める。すると、唐突に動きを止めたサラがふところから写真を数枚取り出した。


 その写真からは何故か嫌な予感。

 おやー? 見間違えでなければ、俺がサラを襲っているように写ってますねー。 ワタクシ、キオクニゴザイマセンガ?

 尋常じゃない汗を流して固まる俺に、サラがとても優しい顔で言う。


「フフ、さてリオさん。こちらの写真が何か分かりますね?」


 おかしいな。 いつもなら天使なはずが、悪魔に見えるぞ。


「あの、サラさん?身に覚えがないのですが……」

「当たり前です。私が合成して作りましたからね。リオさんは絶対に私へ手を出しませんし」

「そりゃ、命より大事だ……って、それよりも! なら、その写真は何のためにあるのかなあ!?」

「ああ、その事ですか? いざという時にリオさんを脅迫するための道具ですよ♪」


 花の咲いたような笑顔で答えるサラ。あら、可愛い―――じゃなくてね?

 顔を引き攣らせつつ俺は何とか口を開く。


「きょ、脅迫ってまさか……」

「さあ、リオさん?大人しくしないと、この写真を街中にバラ撒きますよ」

「そんな事されたら殺されるぅ!もう逃げまないのでやめてくれ!?」


 この時の俺は、人生で最も綺麗な土下座をしたと思う。

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