第11話  フラナガン相談役の王宮散歩

東南諸島の王宮では、今日も側近のバルディシュが大臣や重臣達がショウ王太子と面会をスムーズにできるように頑張っている。側近になった当初は、大臣達を追い返すのに遠慮をしていたが、あまりの激務に驚き、心配したバルディシュは、段々と手強くなってきた。緊急度と重要性を見極めて、大臣や重臣達をショウ王太子の執務室に通すのだ。




「ちょっと、フラナガン相談役……困ります。大事な用があると、人払いされているのに……」




 大臣もバルディシュの采配に従っているが、例外がいる。フラナガン元宰相は、こんな若僧の指示に従う気などない。制止を無視し、ひらひらと手を振って執務室に入った。




「ピップス、父上が帰ってこられるまでレイテを留守にできないから、私の代わりにメッシーナ村に行ってくれないか?」




 もう一人の側近であるピップスに、ショウ王太子が手紙を渡しているのを見たフラナガン相談役は、やはり大した用事では無かったとほくそ笑む。




「ショウ王太子、エスメラルダ妃の出産ももうすぐですなぁ。今の後宮にはご懐妊中の妃ばかりで、お寂しいのではないでしょうか? レイテ大学で勉強中のファンナをお側に召されては如何かと」




 ショウは、バルディシュの制止を無視してやってきたのは、孫娘を早く娶れと催促するためなのかと溜め息をつく。




「ミーシャを娶ったばかりですし、ファンナにはゆっくりと学んでから後宮に入って貰いたいです」




 フラナガン相談役は、チッと舌打ちしたくなる。本当に、この件以外は最高の王太子なのにと内心で愚痴る。ピップスがエスメラルダへの手紙を持って、イズマル島へ向かうために出ていくと、フラナガン相談役はゆったりと椅子に座った。




「何事か起こったのですか?」




 ショウは、フラナガン相談役が未だに王宮に蜘蛛の巣を張り巡らしているのを知っている。何か問題が起こって大臣達が駆け付けて来るのを察知して、その前に一言孫娘を早く娶れとプッシュしに来たのだ。




「察しが良くなられましたなぁ。ジャリース公は、また息子を殺してしまいましたよ。それと、アジェンダはチビ鼠を止めるどころか、ヘルツ国王を見放したみたいですなぁ。この冬は無能な王様のせいで餓死者がでて、クーデターが勃発しそうです」




 マルタ公国のひょろりと背の高いダイナム大使と、サラム王国のチビ鼠のグローブ大使が裏で糸を引いているのは確実だと、ショウは厳しい顔をする。どうも、東南諸島連合王国の大使は有能すぎて、陰謀が三度の飯より好きな者ばかりだ。




「それと、真珠の養殖が軌道にのって、輸出品が増えたのは目出度いですなぁ。孫娘のファンナには、レイテ大学で真珠の養殖も学んで欲しいものです」




 レティシィアが中心になって始めた真珠の養殖は、少しづつファミニーナ島や他の島でも増えてきていた。外で働くのは下流階級だと見られがちな東南諸島の女性に、新しい働き場所ができたのは嬉しいとショウは微笑むが、バーンと扉が開けられた。




「失礼します! 緊急な事態です」




 バッカス外務大臣とドーソン軍務大臣と内務大臣が駆け込んで来た。フラナガン相談役は、若い王太子と三人の大臣達の激しい話し合いを見物しながら、そろそろ引退しても良さそうだと頷く。




……ショウ王太子も逞しくおなりになった。私が留守番をしなくても良さそうだ……




「それにしても、アスラン王はいつまでイズマル島にいらっしゃるのか? まさか、クーデターが起きたサラム王国にいらっしゃるのでは?」




 相談役を引退しようかと思った途端、治世を支えてきたアスラン王の心配をし始めたフラナガン相談役は、やれやれと腰を擦りながら、王太子の執務室を出た。いつまでも年寄りが口を出す必要は無いのだ。三人の大臣とショウ王太子にマルタ公国やサラム王国の件は任せておいて良いと判断する。




「そうそう、ミヤ様とリリィ様にご機嫌伺いをしに行きましょう。ミヤ様ならアスラン王の居所をご存知かもしれないし、リリィ様にはファンナの後宮入りを早めて下さるように頼んでみよう。ファンナの産んだ曾孫を見てから、母なる女神の元へ行きたいですからなぁ」




 しかし、ミヤには「何処にいるのか? そんなの知りません!」と、この調子では2年後のエリカ王女の結婚式にも出席しないのでは? と逆に不安を打ち明けられ、一緒に説得して下さいと要求されて、這々の体で逃げ出した。




 リリィは、妊婦を何人も抱えているし、第一王子の母上であるロジーナ妃が他の王子が産まれる不安を抱えているので宥めたりと忙がしい。女官任せにはできないので、ローラン王国から嫁いできたミーシャ妃に、アイーシャ王女、レテラ王女の面倒を見て貰っているぐらいだ。にこやかな表情だが「レイテ大学でしっかり学んでから後宮に入って貰いたいです!」ときっぱりと断られた。




 フラナガン相談役は、気が立っている第一夫人に逆らうような愚か者では無い。当面は、シーガルの嫁が産んだ曾孫で満足することにして、近づかない方が良いと退散する。




「そうだ! ターシュの子鷹達に会って来よう」




 王宮へ来るのもそろそろお仕舞いにしようと考えているフラナガン相談役は、カザリア王国のエドアルド国王からターシュを早く帰して欲しいと何十通もの書簡がきたなぁと懐かしく感じながら、鷹舎へと足を運ぶ。竜は利便性にしか興味がないフラナガンだが、若い頃は鷹狩りをしていたので、良い鷹を見る目はある。




「おお、フラナガン相談役様、良いところにいらっしゃいました」




 あの傲慢なアスラン王にも無礼な口をきく鷹匠に、熱烈歓迎されて、フラナガンは嫌な予感がして回れ右して王宮へ引き返したくなる。しかし、鷹匠にがっしりと肩をつかまれてしまった。




「そろそろ引退しようと思っているので、ターシュの子鷹達にもお別れを言いに来たのですよ」




 老獪な狐であるフラナガンは、自分のペースを保って、目的をさっさと済まそうとする。




「えっ! 引退ですか? 貴方様は王宮の主だと思ってました」




 一瞬、鷹匠はしんみりしたが、今はそれより大切な話があるのだと、気をとりなおす。




「ねぇ、ショウ王太子を呼んで来て下さいよ」




 世界中に名が知られている名宰相のフラナガンを、使いっぱしりにしようなんて、この王宮にいる者の誰も考えないが、鷹匠は真剣だ。フラナガンは、よくあのアスラン王が首をはねないものだなぁと感心してしまった。




「今日は大臣達と大切な話し合いがあるから無理だな」




 きっぱりと断られたが、鷹匠は「では、明日なら?」と引き下がらない。




「何の用事なのだ? 当分、ショウ王太子は忙しいと思うぞ」




 マルタ公国でジャリース公が公子を殺したり、サラム王国ではクーデターが勃発しそうなのだ。鷹舎へ来る暇は無いだろうと、フラナガンは首を横に振る。




「ちょいと良い牝鷹を手に入れたので、真白の相手にどうかなぁ? と思いやしてね。ショウ王太子からも、別嬪さんだよと、プッシュして欲しいんですよ」




 何故、王太子が鷹のお見合いを応援しなくてはいけないのかと溜め息をつくが、鷹匠が小屋の中から連れてきた若い牝鷹に感嘆する。




「これは見事な牝鷹だなぁ!」




 当然です! と、フラナガン相談役の賛辞に頷く。




「この銀羽根を見てやって下さい。カグヤと名づけたのです。真白とつがいになれば、素晴らしい子鷹が産まれますよ」




 確かに素晴らしい牝鷹だと、フラナガンは暇になったら鷹舎へ行くようにショウ王太子へ伝言しておくと約束した。他の牝鷹は、卵を抱いているので会わせれないと断られるし、真白は後宮の海岸で王女達と遊んでいると会えなかった。




「この王宮で最強なのは、鷹匠なのでは?」




 ぶつぶつ一人言を呟いて、フラナガン相談役は屋敷に帰って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る