第10話 ミーシャとの結婚

 秋晴れのケイロンで、ミーシャとショウは結婚式を挙げた。エスメラルダとの結婚式も東南諸島風ではなかった。だが、小さな村をあげてのアットホームなものだったので、宗教の違いなど気にならなかった。




「ショウ様? 緊張されているのですか?」




 帝国風の結婚式では、花婿が教会で花嫁の登場を待つのだが、ショウは少し居心地が悪そうに身じろぎした。




「いや、緊張はしていないけど……」




 目の前にいる司祭に遠慮して、声を掛けてくれた付添人のピップスに小声で応える。シーガルとワンダー艦長は、何人もの妻を娶ったショウ王太子が緊張などしないだろうと、ピップスの心配に肩を竦める。




……緊張はしていないと思うけど、あの司祭が私を見る目は厳しいな……




 一夫一妻制のローラン王国の司祭には、一夫多妻制は淫らに感じるのだろうと溜め息を押し殺す。ここまできて、ミーシャを娶る意味が、ショウには重くのし掛かっていた。




……逃げ出したら、戦争かな? いや、そんなことはミーシャを裏切ることになるからできない!……




 ほんの一瞬、全てを放り出して逃げ出そうか? と馬鹿な思いが浮かんだが、ローラン王国との関係悪化も問題だが、ひたむきな愛情を注いでくれているミーシャを思い出して、踏みとどまる。ミーシャに、誕生石のガーネットを贈った時の目の輝きを裏切ることは出来ない。ガーネットの秘められた魔力のままに、自分にひたむきな信頼と愛を向けてくれている。




「ショウ王太子?」




 シーガルとワンダー艦長も、一瞬の不穏当な考えに気づいて、声をかける。席について、ショウとミーシャの結婚式を見守っていた第一夫人のリリィも、いつもと違うと首をかしげる。




「いや、少し緊張しているみたいだ……あっ、そろそろ花嫁が登場するな」




 庶子のミーシャ姫の結婚式なので、国内の貴族とかはあまり招待していないが、ローラン王国の王族や親交のある人々は着席している。花婿側は、東南諸島の大使館の人々だけでなく、各国の大使などが祝福に駆けつけた。イルバニア王国のマウリッツ大使も、他の国の大使と談笑している。




 荘厳なウェディングマーチが流れる中、日陰の身にしてしまった償いを籠めて、ルドルフ国王が父親としてウェディングドレスに身を包んだミーシャを花婿が待つ祭壇までエスコートする。




「ミーシャ、綺麗だよ」




 レースのベール越しの緊張して青ざめた顔をしたミーシャが、ショウの言葉でポッと頬を染めるのに安堵しながら、ルドルフは何もできなかった父親として最後の勤めを果す。




「ショウ王太子、娘を宜しくお願い致します」




 ミーシャの手を渡された時から、ショウは逃げ出そうと考えたことなど忘れてしまった。ミーシャの細く白い指を軽く握り締めて、ルドルフ国王に頷く。長々しい司祭の結婚の為の訓辞などは、見つめあう二人の耳には入らない。




「父上、ミーシャはショウ王太子に夢中みたいですね」




 アレクセイ皇太子が長い司祭の話にうんざりしたニコライ王子を宥めているアリエナ妃から受け取りながら、隣のルドルフ国王に囁く。これで、東南諸島連合王国とのより良い関係が望めると機嫌が良い。




「レイテで幸せに暮らせると良いのだが……」




 心配症の父上に、ラブラブですよと、やっと結婚の誓いを済ませて、キスをしている二人を見てみなさいと笑う。




「そうだなぁ! ミーシャ! 結婚おめでとう!」




 二大大国の王家の結婚式にしては小規模だが、参列してくれた人々に囲まれて、祝福を受けたショウとミーシャは、簡単な披露宴を兼ねた昼食会を終えると、東南諸島連合王国の大使館へと向かった。










「ミーシャ、後宮での生活が辛くなったら、レイテのローラン王国の大使館で暮らしても良いんだよ」




 二人っきりになったショウは、ミーシャがあの妻達と暮らしていけるのか? 不安になる。何故なら、とてもお淑やかで、肉食系の王家の女とばかり初夜を過ごしていたので、手を出して良いものか躊躇うほどだからだ。




「いいえ、私は一生ショウ様のお側を離れたりはしません」




 熱く燃える灰青色の瞳に見いられて、ショウは抱き締めた。厳しいローラン王国の冬を生きてきたミーシャは、常春の東南諸島の人々とはまた違う力を秘めている。




 それをショウが実感するのはもっと先になるが、結婚当初の心配をはね除けて、ミーシャはレイテの後宮にしっかりと根づいた。








「ミーシャ、泳ぐのが上手くなったね」




 レイテの王宮の裏には綺麗な海岸があり、嫁いできたミーシャは、初めは小さなアイーシャやレイラの手を引いて散歩をするぐらいだったが、ショウに教えて貰って泳げるようになった。




「本当に常春なのですね。暮らしてみて、過ごしやすさに驚きましたわ」




 更紗を上手く巻き付けて、海からあがってきたミーシャは、小麦色に日に焼けているが、後宮に仕える女官や侍女達がケアをしているから、ソバカスはできていない。それに、ケイロンにいる時より活動的になった。何故なら、母親が妊娠中のアイーシャとレイラの世話をしながら、海水浴をしたり、子竜と遊んだりしているからだ。




「ねぇ、ねぇ、ミーシャ様? 空から水が凍った雪が降ってくるのって本当?」




 ショウと日除けの下で寛いでいたミーシャは、目をキラキラさせて質問するアイーシャを膝に抱き上げて、ローラン王国の冬を話して聞かせる。




「ええ、雪が毎日降って、庭も家も真っ白になるのよ」




 サンズの子竜フルールと遊んでいたレイラも、雪の街の話を聞きたいと、日除けの下に走り込んでくる。ショウは、レイラを抱っこしてやる。




「ねぇ、河が凍ったら、その上でスケートをするのでしょ?」




 ミーシャは、昔気質の祖父に厳しく育てられたので、スケートはしたことがなかった。




「ええ、皆はスケートを楽しんでいたわ。でも、私はしたことが無いのよ」




 後宮という籠の鳥になってからの方が自由に暮らしていると、ミーシャは可笑しくなる。




「父上はスケートをしたことがあるの?」




 ショウは、ロジーナとスケートをしたのを思い出して笑う。




「レイラもいつかはスケートに連れて行ってあげるよ」




 アイーシャが「私も!」と言うのに頷いて、サンズが一緒に泳ごう! と誘っているので、上着を脱いで海へ向かう。ミーシャは、何度見てもドキドキしてしまう。




「ミーシャ様? 父上が好きなのね」




 後宮育ちのアイーシャとレイラは、肉食系の王家の女なので、恋愛に敏感なおしゃまさんだ。おチビさん二人に、後宮でのテクニックを教えてもらいながら、ミーシャは幸せだと呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る