第9話 マウリッツ大使とピップスとシーガル

 ショウは、ミーシャとの結婚の為にケイロンを訪れているのだが、イルバニア王国のマウリッツ大使と会ったりと忙しい。側近のピップスや文官のシーガルを、遣り手の外交官に紹介する目的と、旧敵国のローラン王国との同盟締結の話し合いがどれ程進んでいるのか感触を確かめてこいと父王に命じられたからだ。




「ショウ王太子、この度はミーシャ姫とのご婚礼、おめでとうございます」




 イルバニア王国の大使館で出迎えてくれたフランツ大使は、竜騎士らしい若さを保っているが、熟練の外交官であり、あの有能なマウリッツ外務大臣の弟なのだ。しかし、ショウも外交の場には慣れている。三国同盟の偵察に来たとは感じさせない穏やかな態度で、付き添い達を紹介する。




「お久し振りです。今回は帝国風の結婚式なので、花婿の付添人を連れてケイロンに来ました。こちらのピップスは、時々、ユングフラウやケイロンに私の名代として派遣していますから、顔はご存じでしょう」




 フランツは、ミーシャとの結婚で訪れたケイロンで、三国同盟の可能性を探りに来たショウ王太子の目的は理解していたが、そこは熟練の外交官なので、そ知らぬ顔でピップスと挨拶を交わす。




「ユングフラウの王宮で、何度か顔をお見かけしました。ピップス卿、これからはケイロンでもよくお会いしそうですね」




 ピップスも、ゴルチェ大陸の寒村出身の純朴な少年ではなく、東南諸島の海軍の士官であり、シリンの絆の竜騎士であり、ショウ王太子の側近としての経験を積んでいる。




「マウリッツ大使、未熟者ですがご指導下さい」




 フランツは、ショウ王太子がゴルチェ大陸の隠れ里でピップスを見つけたと報告書で知っていた。ウォンビン島やイズマル島といい旧帝国に対立した子孫を次々と見つけ出しては、味方につけている強運に内心で舌打ちをしたくなる。




「こちらも、私の付き添い人をしてくれるシーガルです。パロマ大学に一緒に通った友人です」




 物静かなシーガルが、あのフラナガン元宰相の孫だとフランツは知っている。注意深く観察しなくてはいけない相手だとわかってはいたが、どうしても竜騎士であるピップスとの話が中心になってしまう。




「貴方の騎竜シリンは、最高年だとウィリアム王子から聞きました。子竜を得られたのは、良かったですね」




 シーガルは、フランツ大使とショウ王太子やピップス達の会話をにこやかに聞きながら、三国同盟の交渉がどの程度進んでいるのか、何か手がかりはないかと観察していた。勿論、熟練の外交官である大使が、おいそれと自国の情報を洩らしたりはしない。しかし、フランツ大使の余裕がある態度で、かなり友好的な話し合いが持たれているのではと感じた。






 あまり長時間の滞在は、不自然に感じさせるので、ケイロンを訪問した挨拶をしに来たとの体裁を繕って、ショウ達はすぐ近くの東南諸島の大使館へと帰った。




「如何でした? マウリッツ大使の反応は?」




 帰ってくるのを待ち構えていたリリック大使に、ショウは苦笑する。




「フランツ大使は、シリンが子竜を得られた事を喜んでくれたよ。彼もかなりの竜馬鹿だね」




 リリック大使は、竜には興味はない。そんな事ではなくてと口を開きかけたが、ショウ王太子が他の二人に人物を見定めさせたかったのだと察した。




「シーガルは、あまり話に加わらず、フランツ大使を観察していたけど、どう思った?」




 一歩退いた場所から観察していたのに、ショウ王太子が気づいていたのだと、シーガルは驚くと同時にお仕えしがいがあると満足する。




「マウリッツ大使は、私達が訪問した目的を察していましたね。それと、竜の話をしながらも、ちょくちょく私に視線を向けられたのは、きっと祖父から何か指示を受けているのではと考えたからでしょう」




 リリック大使は、偉大なアスラン王の治世を支えてきたフラナガン元宰相を尊敬していたので、その孫のシーガルが優れた観察眼を持っているのに満足そうに頷いた。




「ピップスは、何か感じる事は無かった?」




 竜の話ばかりだったが、ピップスも何か気がついたか? とショウは尋ねる。シーガルのように文官として仕えるわけではないが、竜騎士であるピップスには各国に自分の名代として訪問させる機会も多くなる。人物を見抜く目を鍛えたいと考えている。




「マウリッツ大使は、穏やかで優しいお方です。しかし、シリンの子竜の話を出されたのは、サンズが交尾相手なので自分の騎竜の子孫になるからだけではないでしょう。あの方は、旧帝国に抵抗した私の祖先や、ウォンビン島、イズマル島の住民達が東南諸島連合王国に組み入れられた件を気にされているのではないでしょうか?」




 ショウは、ピップスによく見抜いたな! と褒める。




「大使は、ユーリ王妃の従兄弟だから、旧帝国に抵抗した人達には特別な思いがあるのかもしれないな。身近にいて、ユーリ王妃の魔力を知っているからね」




 リリック大使は、何の話ですか? と、自分が理解できないのに焦る。




「ユーリ王妃は、旧帝国に反乱を起こしたフォン・フォレスト家出身なんだ。パロマ大学のアレックス教授は魔法王国シンの末裔ではないかと考えていたね」




 リリック大使は、遠い昔に習った旧帝国に滅ぼされた魔法王国シンを思い出した。




「では、このピップス君も魔法王国シンの末裔なのですか? 本当に存在していたか疑問だと習いましたが……そうかぁ、ユーリ王妃の魔力が強いのは、魔法王国シンの末裔だからなのですね」 




 アレックス教授の名前で、肩を竦めていたシーガルだが、ショウ王太子にズバッと三国同盟の交渉の進捗具合を聞かれて、真剣な顔になる。




「マウリッツ大使は、かなり三国同盟の交渉を進めておられますね。ナルシス王子の婚約者であるタチアナ嬢には、有能な兄弟や親戚が大勢ついています。その身内が友だちや知人に三国同盟の有利さを説いて回っているのではないでしょうか」




 マウリッツ大使から受けた印象だけでなく、ミーシャの結婚前の身内の晩餐会などで会ったタチアナ嬢の親族達をも含めて判断したシーガルに、リリック大使とショウ王太子は満足そうに頷いた。






 ピップスとシーガルが書斎から辞した後、ショウはリリック大使に四国同盟の可能性と有益性を尋ねた。




「三国同盟はいずれ締結されます。ゲオルク王の遺臣も老いてきていますし、アレクセイ皇太子もニコライ王子の学友の親達と親しく付き合っています。それと、ナルシス王子が親族の多いタチアナ嬢と婚約したことで、自国の貴族達との関係が友好的になりましたからね。四国同盟は、自由貿易を旗印にしている東南諸島連合王国としては、とても有益ですが……」




 上目遣いの目をショウは睨み返す。イルバニア王国とは、ウィリアム王子とエリカが婚約している。ローラン王国のミーシャ姫との結婚は間近だ。しかし、カザリア王国のシェリー姫を娶る気は無い! と口に出すのも拒否する。




 さっさと話を切り上げて出ていったショウ王太子の背中を眺めて、この件さえなければ、最高の王太子なのだがと、リリック大使は溜め息をついた。


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