第8話 第一夫人とは……

 ショウは、リリィをエスコートして王宮の奥へと進む。ピップスは前に王宮へも訪れたことがあったが、ワンダー艦長とシーガルは初めてなので、長い回廊を珍しく思いながら歩く。




「前とは違い、廊下も暖かいですね」




 ピップスに言われて、そう言えば暖房が廊下にも施されていると、ショウは微笑んだ。シーガルとリリィは、それでも東南諸島より寒いと思ったが、ショウに前はアレクセイ皇太子が節約をしすぎて、廊下は外気と同じだったと説明されて驚く。




「まぁ、それは大変でしたね。ルドルフ国王陛下は体調を崩されているそうですから、部屋と廊下の温度差は良くないですわ」




 ショウも、だからアレクセイ皇太子は廊下に暖房を入れたのだろうと頷く。




「ルドルフ国王は心臓が悪いと聞いているから、長居はしないよ。挨拶したら、ミーシャとの時間を取るからね」




 リリィは、確かにミーシャに後宮での生活の説明をしたいと思ってローラン王国に来たのだが、ルドルフ国王やアレクセイ皇太子夫妻ともそつなく話を合わせる。ショウは、リリィなら何処へ連れて行っても外交に役立つと思ったが、これから子どもたちの養育も任せることになるので残念だと溜め息を押し殺す。






 ルドルフ国王は、細やかな気遣いをミーシャにもしてくれるリリィがついているなら、慣れない後宮での生活も乗り越えられるだろうと安堵する。




「ミーシャ姫、何か心配やご不自由なことがありましたら、気兼ねなく私に言って下さい」




 始めミーシャは、大人の女性のリリィに少し人見知りしていたが、落ち着いた柔らかな話し方に心を開いていった。




「東南連合王国の習慣など、何も知りません。宜しくお願いします」




 リリィは、お淑やかで、控え目なミーシャ姫が、ショウ様と目が合っただけで嬉しそうに頬を染めるのを見て、とても好感を持った。政略結婚としてでなく、個人的に好きになって見知らぬ国に嫁ぐ勇気も持っているのだと、灰青色の瞳の輝きを護る決意を固める。




「ミーシャ姫のお世話はお任せ下さい」と、心配そうに外国に嫁ぐ娘を見ているルドルフ国王を安心させる。




「リリィ夫人、宜しくお願いしておきます」




 大国の国王に頭を下げられて、リリィは戸惑いながらも、心からお世話をしますと答える。




「何となく、第一夫人というシステムが理解できた気がしますわ。それにしても、リリィ夫人は賢い御方ね。お友だちになりたいわ」




 ルドルフ国王とリリィのやり取りを見ていたアリエナ皇太子妃は、こっそりと夫に囁く。アレクセイ皇太子も、東南諸島の第一夫人とは、これほどしっかりした女性なのだと感銘を受けていたので、妻のアリエナが気に入るだろうと微笑む。




 イルバニア王国のユーリ王妃ほどではないが、妻もかなり進歩的な女性人権論者なので、第一夫人や後宮について無理解な態度をするのではと、心配していたのだ。しかし、実際にショウ王太子とその第一夫人のリリィに会って、素晴らしい女性だと妻と共に感心したのだ。




「そろそろ、お暇します。リリィはミーシャに東南諸島での生活について説明したいと申してますから、後で時間を頂戴します」




「いや、折角、遠い東南諸島から来られたのだ。一緒に昼食にしましょう。そちらの若い人達とアレクセイやナルシスも話したいだろう。それに、ミーシャはショウ様と一瞬でも長く居たいようだ」




 ショウ王太子から眼を離さなかったミーシャは、父上の言葉で真っ赤になってうつむく。アリエナは、一夫多妻制の東南諸島に嫁ぐのは心配だったが、これ程惚れてしまったのなら仕方ないと笑う。




「まぁ、ミーシャ! ショウ様は消えたりしませんわよ」




 遠距離恋愛で、滅多に会えなかったミーシャは、義理の姉上の言葉に真っ赤になりながらも、やはりショウ様を眺めてしまうのだ。




 具合が悪いと聞いてたショウは、突然の昼食会に戸惑うが、ミーシャを自分の娘として嫁に出そうとしているルドルフ国王の気持ちを受け入れる。




「父上のお加減も良さそうです。どうか、一緒に昼食にしましょう。それに、東南諸島の若き指導者達とも話したいですしね」




 アレクセイ皇太子は、挨拶だけのつもりで王宮に来たショウ王太子一行を臨時の昼食会でもてなす。ピップスは、ショウ王太子の側近として外国へ使者として行くことも多く、そつなく会話に加わる。ワンダー艦長は、あの寒村で見つけたピップスが、立派になったなぁと感慨に耽った。




「そちらのシーガル様は、フラナガン元宰相の孫なのですね」




 親の七光りならぬ、祖父の七光りと思われているのかなと、シーガルは苦笑したくなるが、ナルシス王子に素直に「はい」と答える。




「東南諸島連合王国には、ワンダー艦長のような海軍の強者や、ピップス様のような側近、そしてシーガル様みたいな若き文官が育っているのですね。それに、レイテ大学まで開校されたと聞いています。科学と魔術の研究を進めるとか、私も食物の研究をしているので興味があります」




 ナルシス王子は、寒冷地に強い農作物を研究しているのだが、なかなか上手くいかないと愚痴る。




「ナルシス様、レイテ大学に留学されますか?」




 ショウの言葉に憧れの色を目に浮かべたが、他国で育った兄上の孤独な戦いを手助けしなくてはいけないと首を横に振る。




「いえ、それにタチアナと春には結婚しますから。ショウ様も来て下さいね」




 ショウは、自分も気儘に大学で学んだり、友だちと馬鹿騒ぎができる立場ではなかったので、ナルシス王子が諦めた気持ちが理解できた。




「ええ、勿論、参列させて頂きます」




 異国に嫁いだミーシャを父王に会わす機会にもなると、ナルシス王子は微笑む。 




 ショウは、他国には理解しにくい第一夫人のリリィを紹介できて、良かったと心より思う。




「第一夫人というのは、本当にショウ様の人生のパートナーなのですね」




 会食の後、ミーシャはリリィと色々と話をして、素晴らしい女性だと尊敬の気持ちを抱いた。もうすぐ結婚する二人は、王宮の庭を散歩しながら、ロマンチックな時間を過ごす。

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