第十五章 次代の王

第1話 平謝りのショウ

「あのヘッポコ! いったい何処を彷徨いているのだ!」




 孫竜のフルールの子守りをメリルがしているので、アスランはレイテを離れられない。その上、苦手なバッカス外務大臣はとっとと帰国している。




「まぁまぁ、ショウ王太子はメリッサ妃と新婚旅行でもされているのですよ。他の夫人は懐妊中ですし、お子様が増えるのはおめでたいではありませんか。私の孫娘のファンナも後宮でお仕えしたいと願っております」




 アスランは、ショウに未だ王子が産まれてないので、フラナガンの申し出を断りにくい。しかし、この件はショウの第一夫人であるリリィが取り仕切っているのだ。アスランは恐いもの無しだが、第一夫人を無視するほど愚かではない。東南諸島で第一夫人を敵にまわしたら、凄く住みにくくなるのだ。




「ショウの後宮のことはリリィと話すがよい! あのヘッポコ! 王子ぐらい作れないのか……」




 そう言う自分も王女が二人立て続けに産まれたと、アスランは口ごもる。




「リリィ様は、ショウ王太子が夫人を増やしたくないと突っぱねておられると仰るばかりで……王族や他国の姫君だけでは、家臣達も不満を抱くでしょう。万が一の夢が見られないですからねぇ」




 ちくちくフラナガンに嫌味を言われ、アスランの苛々が最高潮になった時、間が悪くブレイブス号はレイテに帰港した。




『サンズが帰ってきた!』




 メリルのホッとした声に、アスランは怒鳴り返す。




『あのヘッポコ! やっと帰ってきたのか!』




 やれやれ、これでまたアスラン王は何処かに行ってしまうと、フラナガンは肩を竦める。宰相を辞しているので、前ほどは腹をたてなくなっていた。それに、ショウ王太子を次代の王として、鍛えなくてはいけないのだ。










「きっと、父上は怒っておられるね」




 サンズからメリッサを抱き下ろしながら、ショウは溜め息をつく。どうせレイテに帰ったら、父上は留守にされるのに決まっていると、レキシントン港からの帰国の途中でメリッサと短い新婚旅行を決行したのだ。




「さほど日程は変わってないから、バレないのではないかしら?」




 そういうメリッサは、南国の小島での新婚旅行で小麦色に日焼けしている。もちろん、ショウも健康的に日焼けをし、決闘で死にかけただなんて見えない。




「まぁ、ブレイブス号にはメーリングとルキナス島で休暇を取らせただけだけど……これじゃあバレちゃうよ! でも、楽しかったし、リフレッシュできたから」




 遠距離結婚だった二人は、クスクスと笑ってキスをする。しかし、怒っているのはアスラン王だけではない。




「ショウ様! 心配しました!」




 リリィが後宮の竜舎に駆け寄る。しまった! いちゃいちゃしている場合ではないとショウは、メリッサの世話をリリィに任せて、父上に挨拶をしに王宮へ急ぐ。










「父上、この度はご心配をお掛けしました」




 黙っていても、怒りのオーラが感じられる。ショウは頭を下げて、何か言葉が掛からないかなぁと待っていたが、いつまで待っても無言だ。




「あれ? 父上?」




 放置されてしまった! ショウは自分の愚かな行動で見離されたのか? と不安になった。




「アスラン王~! どちらに行かれるのですか?」




 王宮の竜舎の辺りから、バッカス外務大臣の叫び声が聞こえる。




「酷い! 父上、私を放置して逃げ出したのですね!」




 ショウも竜舎に急ぐが、メリルは既に飛び立った後だ。バッカス外務大臣、ベスメル国務大臣、ドーソン軍務大臣に周りを取り囲まれる。




「ショウ王太子! 自ら決闘をされるだなんて!」




 三大臣にけちょんけちょんに叱られていたショウは、フラナガン相談役に助け出される。




「まぁまぁ、帰国そうそう、そのように王太子を叱りつけるものではありませんよ。それに、ショウ王太子は、ミヤ様やリリィ様、そして妃方に帰国の挨拶をされなくてはね」




 ショウは、一瞬フラナガンに感謝しかけたが、ミヤの部屋までついてきて、孫娘のファンナを強烈にプッシュされ、自分の甘さに気づいた。




「私はこの秋には6人もの妻を持つのですよ! これ以上は増やしたくありません」




 頑固なショウ王太子を、ミヤ様と一緒に説得しようとフラナガンは考えていたのだ。ミヤの部屋の中にもついてくる。




「ショウ! 心配しましたよ」




 ショウは、赤ん坊の頃から育ててくれたミヤに、心配をかけた事を謝る。ミヤは、これからは気をつけなさいと許してくれたが、後ろにいるフラナガンに目を向けた。




「フラナガン様? 如何されましたか?」




 ショウとフラナガンにお茶を出して遣りながら、縁談だろうとミヤは溜め息を押し殺す。物わかりの良いショウだが、この件だけは頑固だ。リリィが物凄く苦労して自分で留めているのが、ミヤにもわかっている。




「ショウ王太子には王子が必要です。それも、沢山の後継者候補がいないといけません」




 ショウが妻達は懐妊中だと、抗議しかけた話の腰を折られる。




「ショウ王太子は重臣や大商人達を蔑ろにされるのですか?」




 ミヤは黙って、フラナガンに任せる。このままでは済まされないのは明白なのだ。




「いや、蔑ろにしたくないから、妻達を増やしたくないのだ」




 子どもの頃からの主張を繰り返すが、フラナガンは一歩も退かない。




「重臣達や大商人達の夢を壊すおつもりですか? ショウ王太子の後宮に娘や孫娘を嫁がせるのは、東南諸島の男達の最高の栄誉なのです。王子や王女の孫を得たいという夢を壊さないで下さい」




 ショウは、それでも頷かない。ミヤは素直で優しいのに、この件だけは頑固だと溜め息をつく。ソッと女官にリリィを呼んで来させる。自分が言い聞かせても良いが、筋を通した方が良いと思ったのだ。




「ミヤ様? 何のご用でしょうか?」




 女官に呼び出されたリリィは、フラナガンの顔を見て話の内容は察した。しかし、素知らぬ顔で低いソファーに腰をおろす。




「リリィ様、後宮に何人か新しい夫人を受け入れる余地はありますよね?」




 今はエスメラルダ妃はイズマル島だし、ミミも後一年はユングフラウに滞在する予定なので、メリッサが帰国したけれど、四人しか後宮には妃は居ない。それも、三人が懐妊中なのだ。




「でも、夏にはミミと結婚するし、秋にはミーシャが嫁いでくるから……」




 何時もは優しいミヤに睨まれて、ショウは口を閉じた。リリィは、ふぅと溜め息をつく。




「ショウ様、フラナガン様の孫娘のファンナ様、ザーハン軍務大臣のアランナ様、ルーダッシュ軍務次官のシルビア様を妃としてお迎えください」




 ショウは第一夫人のリリィが自分を裏切るだなんて! と驚きで、口をぱくぱくさせる。ミヤは、リリィが留めるのも限界になっていたのだと同情する。




「今のままでは、ベスメル国務大臣の孫娘ばかり二人もと皆が不満を抱くでしょう。それでは、王宮の公正さが保てません。ああ、カジム殿下の娘だと仰りたいのでしょうが、他の重臣達はそうは思いませんよ」




 フラナガンは自分の言いたいことを全部言い尽くしたので、ミヤの部屋を辞した。ショウ王太子の説得は、ミヤ様とリリィ様に任せた方が良いと判断したのだ。




 フラナガンが部屋から出た途端、ショウは文句をつけ始める。




「酷いよ! 私は妻を増やしたくないと、何度も言っているのに!」




 リリィは、王太子の第一夫人として覚悟を決める。




「それは理解しております。だから、最小限に留めたのです」




 いつも自分の良き理解者であるリリィに、厳しく断言されてショウは怯んだ。ミヤは、自分が甘やかしたからだと、リリィに謝った。




「リリィ、私の教育が悪かったのです。もっと厳しく育てなければいけなかったのだわ。外交ばかりでなく、国内の政治バランスにも気を配らないといけないのに。リリィには苦労をかけますね」




 頭を下げるミヤ様に、リリィは慌てて頭を上げて下さいと頼む。




「私が至らないからですわ。ショウ王太子の第一夫人として、もう少し早く政治判断をしなくてはいけなかったのです」




 第一夫人の二人がお互いに謝りあっているのを見て、ショウは冷や汗をかく。育ての親のミヤと、人生のパートナーのリリィを、自分の我が儘で苦しめていたのを反省する。




「わかった! わかったから、お互いに謝るのを止めて下さい! 妻を増やしたくないのは変わらないけど、リリィが必要だと判断した場合は考えます」




 チッ! と二人の第一夫人は、この場に及んでもしぶといと、内心で舌打ちする。ミヤは泣き落としでもしようかと、リリィに目配せする。しかし、リリィは自分が引導を渡すと座り直す。




「ショウ様、ファンナ様、アランナ様、シルビア様を妃として後宮に迎えます」




 リリィの凛とした発言に、ショウは力なく頷いた。




……やれやれ、泣き落としはしなくても良かったわね……




 ミヤは上機嫌で、がっくりしているショウに香りの良いお茶をいれてやる。




「ショウ、リリィは本当に苦労しているのですよ。3人で抑えてくれるのを感謝しないといけませんよ」




 ショウは、自分のパートナーのリリィに甘えていたのに気づいた。




「ごめん……でも、これ以上は本当に増やさないでね」




……しぶとい!……




 二人の第一夫人は、雷を落とす!




「ショウ!」「ショウ様!」




 凄い勢いに驚いたショウは、二人に平謝りした。




 この日は、心配を掛けた妻達にも謝って回り、疲れきったショウだった。

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