第21話 ユングフラウの二組の夫婦

 ユングフラウの貴族の中には夫婦間は冷えきってしまい、お互い公認でアバンチュールに走る者もいたが、ラバーン男爵は自分が浮気をするのはさておき、妻が愛人を持つのを容認するタイプでは無かった。




 妻が派手なパーティを開くのは共に楽しんでいたのだが、自分の領地収入では賄えないとは考えもしなかった。しかし、どうも男の影がちらちらすると疑いを持つ。




「ラバーン男爵、奥方はやたらと羽振りがよろしいですなぁ」




 何度かパーティで当て擦られて、妻が愛人からドレスや宝石をプレゼントされているのではと疑惑を持つ。




「プレーボーイのアンドリュー卿だろうか?」




 ラバーン男爵は、浮き名を流すハンサムなアンドリュー卿を思い浮かべたが、家のパーティで見かけた事もないので違うのだろうと首を横に振る。嫉妬に狂った夫は、妻の愛人を見つけて罰しようと、影から監視を続ける。




 丁度、妻の取り巻き連中がサロンでお茶会をしているので、そっと庭に回って聞き耳を立てる。




「今度のパーティには素敵なゲストを招待しましたのよ」




 得意げなラバーン男爵夫人の言葉に、周りの貴婦人達は黄色い声で「何方かしら?」と騒ぎ立てる。勿論、ラバーン男爵も、誰だろう? もしかすると愛人を自分の屋敷に呼び寄せて浮気をするつもりかと、腹を立てながら聞き耳を立てる。




「アンドリュー卿でしょうか? とても素敵なゲストと言えばアンドリュー卿しか思いつきませんわ」




 他にも何人もの名前が上がったが、ラバーン男爵夫人はくすくすと勿体ぶって答えない。




「それは当日のお楽しみにしておきましょう! とても特別なゲストですから、皆様も着飾ってお越し下さいませ」




 他の貴婦人方は、まぁ意地悪ね! と騒ぎ立てながらも、どのドレスを着て行こうかしらと話題が変わる。




「誰を招待したのだ!」




 見つかっては恥ずかしいので、サロンから離れながら、ラバーン男爵は嫉妬に狂う。今すぐ妻に問い質したいと思うが、恋の都ユングフラウで証拠も無しに不貞を責めても無駄だと我慢する。




「今度のパーティで、妻が愛人と二人きりになったら……決闘だ!」




 頭に血ののぼったラバーン男爵は、自分が剣の腕も磨いて無いのも忘れて、格好よく相手を倒すシーンを妄想する。








 愚かなラバーン男爵が、妻の愛人を血祭りにあげる妄想をしていた頃、皇太子夫妻が暮らす離宮で、リリアナ妃は届いた招待状を眺めて困惑していた。




「これは、どうしたらよいのでしょう?」




 フィリップ皇太子は、リリアナ妃から一通の招待状を渡されて溜め息をつく。ラバーン男爵夫人には愛しいリリアナを近づけたくない。




「父上に聞いてみるが、私達は関わりたくないな」




 リリアナ皇太子妃の側近になりたいと、貴婦人達が王宮に押し掛けているのには、フィリップ皇太子も困っていた。特に強引な手段に出ているラバーン男爵夫人には腹を立てている。




「私がしっかりしていないから……王妃様にはくだらない貴婦人の側近などいないのに……」




 お淑やかで大人しいリリアナは、キッパリと断りきれないからと涙ぐむ。フィリップは優しくてお淑やかなリリアナが大好きなので、抱き締めて慰める。




「リリアナ、ラバーン男爵夫人の件は此方で処理するから、悩まないで。それに、母上の真似などしなくても……」




「王妃様の真似など……マキシウスしか産んでいない私には……」




 一人しか産んでいない事も気にしているリリアナを、フィリップは心配しなくても良いと諭すが、この件は譲らない。




「キャサリン様がエスメラルダ妃のキャベツを貰われると聞きましたわ。私も頂きたいのです」




 フィリップは、皇太子として跡取りをつくる義務は重く感じていたが、マキシウスには竜騎士としての素質があるので、十分だと考えていた。華奢なリリアナは難産だったので、無理に第二子を産む必要は無いのにと、キャサリンが余計な事を耳に入れたと腹を立てる。




「まだマキシウスは幼くて手がかかるだろう」




 母上のように何人も産む必要は無いと言い聞かせているのに、何時もは夫の言葉に従順なリリアナ妃だが首を横に振る。




「マキシウスにも兄弟を持たせてあげたいの……お願いですわ」




 やれやれと、フィリップは愛しいリリアナの滅多に言わない我が儘に降参する。




「でも、本当に母上のように沢山の子どもはいらないからね」




 8人もの子沢山で、それも全て絆の竜騎士を産んだユーリ王妃は、イルバニア王国では最強の女性だが、息子のフィリップとしては自分の妻には側で寛げる存在になって欲しいと願っていたのだ。




 父上とシュミット国務大臣が、ラバーン男爵夫人の黒幕を探ろうとしているのは知っているが、優しいリリアナを近付けたりはしないと、招待状をグッと握りしめる。




……リリアナには政治の闇を見せたくない……




 そういう意味では、キャベツ畑の呪いに注意が向いているのは良いかもしれないと、フィリップ皇太子は父王の執務室に向かいながら考えた。

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