第20話 ラバーン男爵夫人

「ヌートン大使、何があったのですか?」




 深刻な緊急事態ならサロンではなく書斎に連れ込まれる筈だと、ショウは疑問を感じながら質問する。




「まぁ、エスメラルダ妃にも関係することですから、ご一緒にお話を聞いて頂こうかなと……」




 ショウはエスメがらみと言えば、キャベツ畑ではと警戒しながら先を促す。




「ショウ王太子、そんなに警戒なさらなくても……キャベツ畑は作って頂きたいですが、今回は違うお話です。実は、ラバーン男爵夫人からパーティへの招待状が届きまして……」




 ショウはザイクロフト卿と繋がっているラバーン男爵夫人が、何故自分に招待状を送ってきたのか意味がわからない。




「ショウ王太子はユングフラウのご婦人方にはモテモテですから、パーティに招待して箔をつけたいのでしょう。まぁ、それとキャベツを貰いたいとの下心もあるのでしょうね」




 アスラン王は社交どころか外交にも関わってこなかったが、ショウは各王族との社交をこなしていた。しかし、一貴族のパーティまでは行くこともないだろうと肩を竦める。




「ラバーン男爵夫人には好意を持てないし、一度前例をつくると断りにくくなるから、パスします!」




 やっぱり! とヌートン大使はがっかりする。




「好意を持てない相手だからこそ、中に飛び込んで交際相手とかを調査する必要があるんですけどねぇ……勿論、ラバーン男爵夫人を密偵に探らせていますが、パーティとかでは思わぬ繋がりなども判明したりするものです。お酒が入ると口が滑りやすくなりますからねぇ」




 ショウはユングフラウの闇の実情を詳しく調査したいと考えるヌートン大使とは違い、ザイクロフト卿の足取りだけ掴めたら良いのだと気乗りしない。




「そんな魑魅魍魎が集まるパーティなんて御免です! 私は新婚旅行中なのですから、これからはゆっくりとユングフラウの街でも見学します」




 なかなか頑固なショウ王太子の説得を諦めて、エスメラルダにターゲットをかえる。




「エスメラルダ妃、ショウ王太子は社交界について何もご存知ありませんが、このような一貴族のパーティに参加して恩を売ることも必要なのです。何故なら、来年にはエリカ王女が社交界デビューするからです。ユングフラウの社交界での足掛かりを作らなくてはいけないのです」




 エスメラルダがエリカが外国の王子に嫁ぐのに、肩身の狭い思いをしては気の毒だと同情しかけているのにショウは気づいて口を挟む。




「ラバーン男爵夫人を来年までグレゴリウス国王は放置しませんよ。リリアナ皇太子妃に近づこうとするなんて、マウリッツ外務大臣も黙っていないでしょうしね!」




 ヌートン大使はショウ王太子が反撃したのに食いつく。バン! と拒否されたらどうしようも無いが、議論に持ち込めば熟練の外交官は負けはしない。




「グレゴリウス国王は、あれほど国民感情が最悪のローラン王国にアリエナ王女を嫁がせた非情な政策もとるお方ですよ。


 まして、マウリッツ外務大臣は凍てついた月のように冷酷なお方です。マキシウス王子はどうやら竜騎士の素質をお持ちですが、万が一自分の娘のリリアナ皇太子妃が後継者を産めなかったらと、ウィリアム王子にエリカ王女をと考えたのですから」




 ショウはこのままではマズいと反撃する。




「アリエナ王女がスチュワート王子とのお見合いの席で、アレクセイ皇太子に一目惚れして相手を変えたのは有名な話ではないですか! グレゴリウス国王はアリエナ王女が他の人とは結婚したくないと思われたから、敵国へと嫁がされたのです」




 外交官に反撃しても無駄だ。ヌートン大使はほくそえむ。




「アレクセイ皇太子に一目惚れされた時のアリエナ王女は14歳だったのですよ。恋に逆上せた娘を、どうとでも説得できた筈です。ユーリ王妃がバロア城に閉じこめられて、ルドルフ皇太子に無理やり結婚式を挙げさせられた話をアリエナ王女にすれば、幼い恋心など消し去ることなど容易かったでしょう」




 それは……とショウも自分だったら、娘達をマルタ公国やサラム王国には絶対に嫁がせないと考え込む。




「でも、それとこれとは別です! グレゴリウス国王が自国の怪しい男爵夫人をどう処分しようが勝手ですが、こちらは関わりたくありませんし、エリカにも関わらせたくありません」




 ヌートン大使は、ショウ王太子もしぶとくなったなぁと溜め息をついた。しかし、サロンには思わぬ伏兵もいた。




「あのう……ラバーン男爵夫人がグレゴリウス国王に罰せられるというのは確実でしょうか? 怪しい収入が有った事を立証できたとしても、シラをきられたらお仕舞いなのでは? ラバーン男爵夫人が好意を持った方からプレゼントを貰っただけだと言い切ったら……」




 カミラ夫人が示唆する乱れた恋愛関係を思い浮かべ、ショウはくらくらする。




「ユングフラウは恋の都ですから、既婚の貴婦人のアバンチュールなど日常茶飯事です。貧乏なラバーン男爵に見切りをつけて、羽振りが良くハンサムな愛人から宝石やお金を貰ったからと罰せられるとは限りませんなぁ」




 ラバーン男爵も離婚などせず、贅沢な暮らしを楽しむかもしれませんよとヌートン大使に言われて、ショウは腹を立てる。




「そんな腐った人達とは関わりたくありません! エスメ、君にもそんな人達に会わせたくない!」




 後宮の主とは思えない潔癖さで、熟れきったラブゲームなど知りたくもないと怒って立ち上がる。ヌートン大使は、しまった! と一時撤退を申し出る。




「まぁまぁ、私としたことが……航海から帰られたばかりなのに、お風呂にでも入ってゆっくりして下さい」




 ショウはフルールとピピンの羽根がしっかりとするまではユングフラウに留まらなければいけないのかと、溜め息をつきながら風呂に浸かった。

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