第十三章 忍びよる影

第1話 久しぶりだね!

 ブレイブス号の艦長であるワンダーは、ショウ王太子に話しかける。




「もうすぐモリソンですよ」




 サンズ島から北上してイズマル島を目指したブレイブス号は、途中で小さな嵐にはあったが、ほぼ予定通りに到着しそうで、ホッとする。




「かなり発展しているなぁ! ラジック兄上はチェンナイの開発で慣れているから」




 ワンダーは此所が一大歓楽街にならなければ良いがと懸念を感じていたが、ショウ王太子の兄上の悪口になってはいけないと口を噤む。




「あっ、ワンダー! 考えている事が透けて見えるぞ。王の花嫁として、ローラン王国の難民の娘達をイズマル島に送り込んだが、ちゃんと結婚させている筈だ……まぁ、父上がちょくちょく見に来られているから大丈夫だよ!」




 言っている間に不安になりだしたショウだが、あの父上の目を盗んで、ラジックが難民の娘を娼婦として客を取らせる根性は無いだろうと頷く。




「王の花嫁として送り込まれた難民の娘は、ちゃんと結婚しているみたいですが……モリソンの歓楽街も繁栄していますよ」




 ショウは自国の商人達の商魂が逞しすぎるのに、溜め息をつくしかない。




「今は船員や開拓農民や測量技師など、どうしても男の方が多いから、ある程度の歓楽街も仕方ないかもしれないが、イズマル島を開発するには、まっとうな住民を増やす必要があるんだ」




 エスメラルダ巫女姫と結婚の為に訪れたのに、湾に着く前から仕事モードのショウ王太子にワンダー艦長は苦笑する。




「そんなことより、もっと大事なことがあるでしょう」




 にやにやしているワンダー艦長に、何だ? とショウが振り向いていると、サンズが嬉しそうに挨拶の声をあげた。




『やぁ、ルカ! エスメラルダ!』




 遥か遠くの点にしか見えない竜の影だが、ショウも思わず手を振る。ブレイブス号の乗組員達は、若い王太子の嬉しそうな様子を見て微笑んだ。




「さっさと入港の準備をしないか!」




 サンズと飛んで行ったショウ王太子をにやにやしながら見詰めていた士官候補生達は、バージョン士官に怒鳴りつけられて、各々の部下の乗組員達に入港準備に取り掛からせる。




 ワンダー艦長は、バージョンも士官として一人前になったなと、笑いを噛み殺した。艦長は乗組員達に畏れられる存在でいなくてはいけないと、ワンダーは考えていたので、そうそうにやけた顔を見せてはいけない。グッと唇を噛み締める。




「ひぇ~! おっかない!」




 憧れのショウ王太子の旗艦ブレイブス号の士官候補生になれたのを喜んだのが遠い昔の事に感じながら、ワンダー艦長の厳しい顔にひやひやしたヒョッコ達だった。








「エスメ! 久しぶりだね」




 発展するモリソンの郊外に二人は竜を着陸させると、結婚前の婚約者に相応しく抱き締めあった。




「ショウ様、来られる日を待っていました」




 ずっとモリソン湾に来ていたのだとエスメラルダに言われて、少し予定より遅くなったのを詫びる。




「色々な国を訪問して、こちらに向かったからね」




 そう言いながら、そっとエスメラルダの茶色の腰まで伸ばした髪を指でくしどく。いちゃいちゃしている絆の竜騎士を、サンズとルカは満足そうに眺めていた。




『私も早く子竜が欲しいんだ!』




 ルカはエスメラルダが結婚したら、やっと子竜が持てるとうきうきしているが、サンズは今回は自分も子竜が持ちたいと考えていた。




『少し、エスメラルダが落ち着いてから、交尾飛行をした方が良いよ』




 ルカはエスメラルダがショウと結婚するので、サンズを交尾飛行の相手と決めていたが、口調で後回しにされるのだと察した。




『私と交尾飛行してから、サンズはとペリーと交尾飛行したら良いよ』




 首を絡めて誘惑されて、サンズはどうしようかなと悩む。




『確かに、それならルカも私も子竜が持てるけど……』




 いちゃいちゃしていたショウとエスメラルダだが、お互いの騎竜の交尾飛行計画に驚いてしまう。




『おいおい、サンズ! そんなに続けて交尾飛行をしても良いものなのか?』




 サンズとしては、メールとヴェルヌが親離れしたので、そろそろ次の子竜が欲しかった。




『ショウだって子どもが次々と産まれているじゃないか』




 そう言えばロジーナのお腹も目立ってきたと、ふとレイテを思い出したショウだが、エスメラルダと結婚するために此処に来たのだと気持ちを切り替える。




『ペリーはマリオンに子竜を貰う予定だけど、早く欲しがっているんだ』




 ルカの言い分も一理ある。ショウは肩を竦めたが、竜の交尾飛行については口を出さないでおこうと決めていた。




『父の騎竜モリーが子竜を産んでから、ルカとペリーは欲しくて仕方ないの……私も祖父とランドに子竜を見せてあげたいわ』




 マクギャリー村長は、息子のヘインズにメッシーナ村の村長を譲り、ウォンビン島の村長と手紙をやりとりしては、昔の魔法書などを解読したりと、悠々自適な暮らしをしていたが、ランドは真っ白になっているので寿命が尽きるのも長くは無いのは皆が知っていた。ショウは子竜もだが、曾孫も見せてあげたいとエスメラルダが考えているのではと頷く。




「アレキサンドリアはいつになったら巫女姫として祭事ができるのかな?」




 エスメラルダはショウとの遠距離結婚になるのは不安を感じていたが、さりとてレイテの後宮で他の妻達と寵を争うのも自信が無かった。




「ずっと一緒にいたいとは思うけど……私みたいな田舎者では……」




 ショウはアレキサンドリアの件を質問したのに、後宮での生活の不安を口にしたエスメラルダを抱き寄せて説得する。




「メッシーナ村で自由に暮らしていたエスメには窮屈に感じるかもしれないけど、私の第一夫人のリリィは気のよく付く人だから、心配しないでも良いよ。


 私の子どもはレイテで一緒に育てたいんだ。私も兄上達と一緒に育ったから、喧嘩や言い争いもしたけど、それぞれの性格や能力もわかっているしね」




 エスメラルダはモリソンの行政を任されているラジック王子や、ウォンビン島との航路をパトロールしているカリン王子を、ショウがどれほど信頼しているのか考えて、気儘な暮らしとは無縁の相手に恋をしたのだと覚悟を決める。




「アレキサンドリアは、6歳になれば祭事ができると思うわ。私もその頃には母に教えられて見よう見まねでしていたから」




 少なくとも後3年は遠距離結婚だねと、二人はいちゃつきだした。サンズとルカは絆の竜騎士同士が仲が良いのはいいが、自分達の交尾飛行の計画はどうなるのだと羽根を竦めた。




『もうすぐペリーが到着するから、三頭で考えよう!』




 ルカの言葉に頷いたサンズは、ペリーを言い含めようと考えた。


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