第19話 嫌な感じ

 ジェナスの屋敷をショウは訪問することにしたが、どうしても乗り気にはなれない。もともと好意を抱ける人物では無かったが、レーベン大使に始末するように指示した相手と顔を合わせるのが、後ろめたく感じるのだ。




 アスランが知ったら、ヘナチョコ! と笑いとばしただろうが、此処にはレーベン大使しかいない。




 そのレーベン大使は三度のご飯より好きな策略を考えていたので、ショウの微妙な気持ちには気づかなかった。船で屋敷まで向かいながら、ふんふんふんと鼻唄まで唄いだす始末だ。




「始末する策略を考えながら、よく鼻唄なんか……それも、これから会いに行くのに……」




 やはり自分は甘いのかもしれないと、ショウは溜め息をつく。




「それにしても、何故、こんな裳までつけなくてはいけないのですか? 外国では礼服の時も裳裾などつけなくなっているのに……」




 ショウは朝から風呂に入らされ、上等な竜湶香で薫した礼服を侍従に着付けられた。王宮に正式訪問するわけでも無いのにと、ショウは抵抗したが、レーベン大使にジェナスはプライドが高いからと説得されたのだ。




「裳裾は好きになれないな、侍従に持たせるのも嫌だし、歩きにくいし、外国では踏まれないか気をつけなきゃ転んでしまうし、絶対に廃止したいよ」




 ショウの悪い癖で、目の前の嫌なことを考えるのを避けて、裳裾について文句をつける。とはいっても、ジェナスの屋敷まで、船はあっという間に着いてしまった。






「うわぁ~! 何だかキラキラしているよ」




 スーラ王国には金鉱があるので、神殿の上の巨大なヘビ神様の像も金箔が貼られていたし、王宮にも柱や扉に金の飾りが使われていた。




「何だか悪趣味ですなぁ」




 こそっと、レーベン大使も呆れて呟く。




「王太子が出向いて来てるのに、出迎えにも来ないなんて、無礼にもほどがあるだろう」




 ジェナスどころか、取り巻き連中すらも出迎えに現れず、召使いに案内されたのを、レーベン大使は呆れる。




 庭には色とりどりの蘭が植えてあるのも、アルジェ女王のプライベートな後宮と同じなのだが、どうもけばけばしく感じる。




「あっ、そうか! 後宮は白い蘭や淡い色の蘭を固めて植えてあり、その間には観葉植物や噴水などが配置されているからだ。それに、こんなに建物もきらきらじゃないし」




 要するにセンスが悪いのだと、ショウは会う前からげんなりする。




「スーラ王国は歴史ある王国なのですが、どうもこの屋敷は成金趣味ですなぁ」




 レーベン大使は、出迎えにも来ない無礼さに、悪口を呟いて怒りを吐き出す。ショウは出迎えが無かったことを、これ幸いに裳裾を腕にかけて歩く。




「屋敷の中では、下ろしてくださいよ」




 レーベン大使も、ジェナスに礼儀を守る必要性を感じなくなり、ショウに礼服を強要しなくても良かったかもと、思った。




 色大理石を組み合わせて模様を作ってある玄関ホールに着くと、ショウは腕にかけていた裳裾を床に下ろした。




 ショウが歩くと、薄い絹で出来た裳裾が風にたなびく。




「ああ! やはり、ショウ王太子には礼服がよく似合います」




 レーベン大使は、颯爽と裳裾をたなびかせて歩く姿に、尊敬するアスラン王の若き姿にそっくりだと見惚れる。






 ジェナスは、ヘリオスを神殿から呼び出して、ショウとの面会に立ち合わせていた。 豪華な金糸を織り込んだ生地を着て、髪の毛は何十もの細い三つ編みにさせて毛先には金の飾りをつけている。




「ジェナス王子様、私がショウ王太子を出迎えに行きましょうか?」




 ヘリオスは、ゼリアの許婚である東南諸島のショウが、どのような人物か知りたいと、出迎え役を申し出た。




「何を言う、ヘリオスはスーラ王国の蛇神様にお仕えする神官ではないか。あんな島国の王太子の出迎えなど、召使いで十分だ。それより、ヘリオス~、この髪型は似合っているか?」




 ヘリオスは難しい質問をされて、一瞬言葉に詰まったが、そこは遣り手の神官なので、誤魔化すのもお手の物だ。




「男性でこのような髪型が似合うのは、世界中探してもジェナス王子様しか存在しません」




 場末の遊び女がしそうな髪型をする男なんて、ジェナスしかいないだろう。ヘリオスはこれが自国の王子なのかと情けなくなった。




 ヘリオスの言葉に嬉しそうに頭を振ると、金の飾りがカシャカシャと音を立てる。




「マルタ公国のヘルナンデスがショウ王太子のことを褒めていたのだ……とても綺麗な顔立ちだと……なぁ、ヘリオス! やはり、お前は立ち合わなくても良いぞ」




 くねくねと身を捩らせて拗ねだしたジェナスを、どうにか宥めていると、召使いに案内されたショウとレーベン大使が部屋に入ってきた。






 堂々と真っ直ぐに自分に向かって歩いてくる若い王太子に、ジェナスは、一瞬見惚れてしまった。




 ジェナスは、じろじろとショウを見る。綺麗な顔立ちをしているし、好みの細身のひきしまった身体つきだと、渋々認める。




 しかし、ジェナスにとって、ショウは憎きゼリアの許婚なのだ。




「お初にお目にかかります、東南諸島連合王国のショウと申します」




 軽く頭を下げるショウに、ジェナスは跪かせてやりたい衝動を感じた。




「お前は……」




 傍らに控えていたヘリオスは、これはまずいことになりそうだと、ジェナスの肩に軽く手を置いた。




「ジェナス王子様、私を紹介して頂けませんでしょうか?」




 ジェナスは、にっこりと自分に向かって微笑むヘリオスに、少し機嫌をなおした。




「ショウ王太子、こちらは蛇神様に仕える神官のヘリオスだ。ヘリオスは優秀な神官で、蛇神様と話すこともできるのだ」




 どうだ、まいったか! と言わんばかりの偉そうな態度のジェナスに、ショウもレーベン大使も内心で呆れたが、それよりも取り巻き連中のボスともいえるヘリオスに興味を持つ。




 ヘリオスも、ゼリアの許嫁であるショウがどのような人物か、直接会って判断したいと思っていたので、ジェナスからの呼び出しは好都合だった。




 ヘリオスは、これが東南諸島連合王国のショウかと興味を持って眺める。新航路や新島を発見したというが、まだ若造だと驚く。




 ジェナスは自分が常に注目されていないと嫌な性格なので、ヘリオスがショウに興味を持ったのに気づいた。




「ヘリオス! お前は、もう下がっておれ」




 ヘリオスは、ジェナスが自分が側に居ない間に、何を東南諸島のショウと話すのか、心配で仕方なかったが、命令に従って部屋から出ていった。




「嫌な感じがする。何か馬鹿なことをされなければ良いが……」




 一方の、ショウとレーベン大使も、ジェナスの取り巻きとはいえ、まだまともなヘリオスがいなくなり、凄く嫌な感じだと、来たばかりなのに帰りたくなった。


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