第18話 ヘリオスの野望

 蛇神様の神殿に仕える神官は、大まかに二つの階級に別れている。それは、蛇神様と話す能力のある上級神官と、話せない下級神官だ。




 ヘリオスは蛇神様と話せる上級神官で、なおかつ野心に溢れていた。




「ショウ王太子が、ジェナス王子に会いたいと言ってきた?」




 ジェナスからの得意気な手紙を受け取ったヘリオスは、面会を望む理由を考え込んだ。




「ゼリア王女と結婚するショウ王太子にとって、ジェナス王子は目障りな存在でしかないだろう……」




 スーラ王国の王子である自分へ挨拶をしていなかったことを恥じて、島国の王太子も礼儀を思い出したのだと、偉そうな文面ではあるが、はしゃいでるのが透けて見えるジェナスほど、ヘリオスは単純ではなかった。




 蛇神様と話せる能力があるとはいえ、まだ二十代の若さで自分の一派を造り上げるには、それなりの苦労をしてきたのだ。




「ジェナス王子を今殺させるわけにはいかない」




 近頃、蛇神様の神官に対する締め付けが厳しくなり、略されていた祭事もきちんと執り行わなくてはいけなくなった。ヘリオスも神官なので、祭事の時には神殿に籠らなくてはいけないのだが、目を離したらジェナスはゼリアを暗殺しようと無謀な計画をたてた。




 ヘリオスも愚かなジェナスにはうんざりしているが、嫁がせた妹が蛇神様と話せる能力をもった子どもを産むまでは、生きていて貰わないと、スーラ王国を自分が支配する計画が駄目になってしまうのだ。




「その後なら、ジェナス王子を東南諸島が始末しようと勝手にすれば良いのだが……」




 ヘリオスはジェナスの屋敷に今すぐにでも行って、警備を強化したい焦りを感じたが、生憎なことに果たせなかった。




「ヘリオス神官、蛇神様がお呼びです」




 下級神官の呼び出しに、苛つきながらも従うしかない。スーラ王国で、蛇神様に逆らうことは、死を意味するのだ。




『あの下級神官は、確かルビンスの一派だ。ルビンスは次代の女王になるゼリアに取り入ろうと画策している』




 高齢の神官は、妻帯してはいないが妾を置いたり、少し堕落した生活をしていたが、アルジェ女王の支配の元で蛇神様にお仕えする日々を安穏に過ごしていた。




 しかし、若手の神官は、正当な跡取りであるゼリアのルビンス派と、ジェナスの子どもに期待を持つヘリオス派に別れていた。




 神殿の外から判断すると、ヘリオス派に勝ち目が無さそうに感じるのだが、ルビンス派は年輩の神官の堕落した生活をも非難したりと、若手独特の理想主義に走りがちで、従来の緩い規則に慣れ、贅沢な生活を手放したくない神官達を敵にまわしていた。




 実のところ、蛇神様は神官が妾を囲おうが、少々贅沢な暮らしをしようが、些末な問題は気にしていなかった。




 神官の結婚を禁じたのは、女王の伴侶に撰ばれたりしたら、蛇神様と話せる神官が、権力を独占しようと試みるかもと案じたのに過ぎない。




 それ以外は、蛇と話せる能力を持つ子どもを増やす意味で、妾を囲おうが構わないと蛇神様は考えていた。しかし、ゼリアに神官達の堕落振りを聞かされて、少しだけ規則を守らせたり、祭事をきちんとさせるようにした。




 今日、ヘリオスを呼び出したのは、若手の神官達が二派に別れているのに気づいたからだ。




『ルビンスは、青臭いわねぇ。あれでは、ゼリアの足を引っ張りそうだわ。もう少し柔軟な対応を身につけて、年配の神官達を味方につけなくてはね』




 ルビンスの理想主義は、自分の緩い遣り方とは違うと、悩ましそうにのたうつ。




『ヘリオスは、ジェナスの子どもに期待をしているのでしょう。それ自体は悪くは無いけど、ゼリアの敵にまわるようなら、早めに始末しなくては駄目ね。アルジェはジェナスを始末するのを躊躇っているけど、悪い種からは良い花は咲かないものなのに……』




 蛇神様は、アルジェが母親の感傷だけでなく、ゼリアが自分と話せる能力を持つ子どもを生めなかった場合のキープとして、ジェナスを生かしているのは理解していたが、賛成はしていない。




 自分と話す能力が無いとスーラ王国の王座に就けないのは確かだが、ジェナスの性格と頭の悪さを引き継いだりしたら、目もあてられないと、蛇神様は不快そうにのたうった。




『何故、あんなに賢いアルジェの息子なのに、あんなに愚かなのかしら……父親も普通に賢かったのに、変だわねぇ……』




 蛇神様が考え事をしていると、当番で側に仕えている神官がヘリオスが参りましたと告げる。




『そう、ではお前は下がりなさい』




 アルジェ女王やゼリア王女が来た時には、人払いすることもあるが、神官と話すのに人払いすることはまれだ。




 ヘリオスも驚いたが、顔には出さず、簾越しに蛇神様の前に跪く。




『お呼びとお聞きしました』




 蛇神様は、ヘリオスの親や祖父、そしてその前の祖先も覚えていた。代々、蛇神様と話せる能力を持つ子どもを神官にしてきた家系だ。




 ヘリオスは、確かに能力は高いし、賢い。神官でなければ、ゼリアの婿の一人に加えても良いかもしれない。でも、ヘリオスの心の芯は冷たいと見抜いて、蛇神様は不快そうに首を上げる。




 蛇神様が何も話しかけないので、ヘリオスは跪いた体勢のまま待機している。




『ヘリオス、野望を捨てないと、私はお前を殺すしかなくなるわ。お前の一族は良く私に仕えてくれたから、できたら殺したくはないの。わかったなら、お下がりなさい』




 ヘリオスは蛇神様に仕えていたが、心の中まで見透せるとは思ってもみなかった。真っ青になり、がくがくと震えながら、蛇神様の前から辞した。




 神殿の中の自室に戻ると、がっくりと床に崩れ落ちる。しばらく、呆然としていたが、ヘリオスはグッと腹に力を込めて立ち上がった。




「父や祖父のように、神官として蛇神様に仕えるだけの人生なんて、真っ平御免だ! スーラ王国を我が手におさめてやる!」




 ヘリオスは蛇神様の警告を受けて、怖じ気づいた自分を恥じた。そして、何事もゆっくりと進める蛇神様の遣り方の弱点をつく策略を考えなければと、野心を燃やすのだった。

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