第17話 ジェナス王子とショウ

 色とりどりの蘭が咲く庭で、新しく雇った見目麗しい召使いが働いているのを、ジェナスは満足そうに眺める。


「たかだか召使いとはいえども、私の周りには美しく無いものは相応しくない……」


 離宮を母上から頂戴した時からの召使いを解雇して、自分の好みに合う召使いに入れ換えている。その中には、何人かのお気に入りがいて、退屈な夜などはお相手をさせることもある。


「ヘリオス……また、神殿に閉じこめられているのか……ゼリアめ! 余計なことを蛇神様に言いつけて」


 ジェナスにとって、妹のゼリアは自分を差し置き王座に就く邪魔者でしかない。海で溺れさせる計略が失敗したのを苦々しく思い出していると、その憎たらしいショウから面会の申し込みの書簡が届いた。


「ふん! たかだか島国の海賊ごときが、この神聖なスーラ王国の王子に会いたいとは生意気な!」


 召使いには、偉そうな態度をしてみせたが、内心では綺麗な顔立ちだと評判のショウがやっと礼儀を思い出したのかと満足している。


「明後日の昼なら、暇にしていると伝えろ」


 今日も、明日も、さほど用事などないのだが、直ぐに会っては暇そうに思われるのも嫌だと、ジェナスは勿体をつける。


「おお! ヘリオスも同席させて、どちらが美しいかはっきりと教えてやらねば……」


 ジェナスとしては精力的に、神殿に手紙を書いたり、召使い達に全身を磨き立てさせたりと、忙しい時を過ごす。




「ショウ王太子、ジェナス王子から返事がありました。明後日なら、時間をあけてやっても良いとのことです」


 苦々しそうにレーベン大使は、ジェナスからの返事を告げた。


「ふうん、あまり会いたくない相手だが、そうは言っていられないし……それより、ザイクロフト卿がサリザンに来るとかの情報はないか?」


 会う前からジェナスには、興味が持てないショウだったが、面会の手配をして貰ったのだから仕方ないと溜め息をつく。


 その間に、スーラ王国ののらりくらりと答えをはぐらかす官僚と貿易についての話合いを進めたり、ゼリアとデートして過ごそうとショウは、ジェナスのことは考えないようにする。


 しかし、ゼリアとサンズや真白と海水浴を楽しんでいても、常にショウの心の片隅にはザイクロフト卿の影が居座っていた。


『ショウ? もしかしてロスが怖いのか?』


 真白がショウを心配して、砂に降りて尋ねる。


『まさか! ロスも急に近づいて驚かさないようにと、気を使ってくれているよ。真白、絶対に襲ったりしたら駄目だからね』


 真白は、少し小首を傾げて、大きくなったロスを眺める。


『ロスは襲わない』


 ゼリアは、ロスが泳ぐのを見ていたが、こちらはジェナスが心の奥に暗い影を残していた。




 折角、ショウと一緒に海水浴に来ているのに、あんな兄上のことで、貴重な時間を無駄にしたくないとゼリアは、気持ちを切り替えようとしていた。




 ゼリアは、信頼していた女官を数名、腐敗した神官の嫌がらせが悪化するので、実家に下がらせていた。ジェナスの取り巻きのヘリオスをトップとした集団には、かなりの数の神官も含まれていて、ゼリアが女官を蛇神様へお供えを届けに遣わせた時などに、下劣な嫌がらせを繰り返すのだ。




 蛇神様の近くなので、嫌がらせも大それた事はできないのだが、繰り返してやられると、女官達はびくびくしながら神殿へと行くことになる。ゼリアは、まだ兄上が自分を暗殺しようと企んだ事までは気づいてなかった。




 サンズは海水浴の後のお昼寝を楽しんでいたし、真白とロスも木の枝に止まったり、巻き付いたりして寛いでいた。




「ゼリア様……」




 何か心に重い物を抱え込んでいるゼリアに、ショウはジェナスがらみだとは察していたが、優しく問い質そうとした。




「ショウ様、ゼリアと呼んで下さいと約束したでしょう」




 可愛く拗ねるゼリアを見て、理由はわかりきっているのだから、不愉快な名前をだしたくないと考えた。




「ゼリア、一緒に泳ごう!」




 ゼリアの華奢な手を引いて、ショウは海へと駆け込んだ。






 海水浴を終えて、大使館に帰ったショウは、初めて策略を巡らせて、人を殺める決意をする。




「ザイクロフトの陰謀を、スーラ王国に持ち込む要因を排除したい」




 レーベン大使は、穏やかなショウがザイクロフトとジェナスを抹殺する許可を出したのを、内心で驚きながらも、謹んで拝命した。




 レーベン大使は、ショウがこういった方面は甘いので、非情な決断が下せないのではと心配していたが、これなら東南諸島連合王国も安泰だとホッとする。


 策略が大好きなレーベン大使は、アルジェ女王の勘気に触れないように、ジェナスと取り巻き達を抹殺する方法を真剣に考え始める。


 自分が命じた策略に嫌気がしたショウは、サンズに会いに行く。



『どうしたの?』


 サンズは絆の竜騎士であるショウが落ち込んでいるのに気づいた。


『ゼリアに二度とあんな辛そうな顔はさせたくない……でも、策略をめぐらせてジェナスを抹殺させる命令をだしたのが、あと味が悪くて……』


 優しいショウが悩んでいるのを見て、サンズは何と励まそうか戸惑う。



『ゼリアを苛める奴など、殺したら良いのだ!』




 真白がうだうだ悩んでいるショウを見かねて、龍舎の中に飛んでくると、フン! と頭を聳やかせた。




『ジェナスが決闘を素直に受けてくれたら、話は簡単なんだけど……』




 ダイエットや美容に熱心なジェナスが、決闘など応じてくれる筈もないし、公には事故か病死が望ましいから、レーベン大使に命じたのだ。




『ショウ! 私がジェナスを殺してやろうか?』




 サンズと真白に同時に言われて、ショウは苦笑する。




『ごめん! 心配をかけたね。父上が知ったら、ヘッポコ! と怒鳴られてしまうよ』




 ショウはゼリアを護る為なら、何でもしようと決意した。




「ゼリアはアルジェ女王とは違ったタイプの治世をするだろう。カリスマ性があるアルジェ女王は、父上と同じように強い王権でスーラ王国を繁栄させている」




 ショウは、優れた王や女王の後継者だという点で、自分とゼリアには共通点があると考える。




「私は強い王権で統治するより、大臣や官僚と協力して国を治める方が、凡庸な王でも間違った道を選ぶ可能性が少ないと考えている。ゼリアも同じ考えで、今は信頼できる部下を集める大事な時期だ。なのに、東南諸島に恨みを持つザイクロフトが、ジェナスを唆して邪魔をするなんて……」




 ショウはジェナスとその取り巻き連中の始末はレーベン大使に任せたが、ザイクロフトだけは、きっちりと始末すると拳を握り締めた。

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