第16話 ザイクロフト卿

ショウは本心では会いたくないと考えていたが、ジェナスとの面会の段取りを、レーベル大使に命じた。




「ザイクロフト卿の調査も急がせて下さい。スーラ王国に来ないかな? できれば、会って確認したいのだが……」




 レーベン大使は、そういえばショウはバルバロッサ討伐を指揮したのだと思い出した。




「私はバルバロッサを見た事が無いので、東南諸島の血が流れているとしかわかりませんでしたが……」




 ショウもザイクロフトの顔を見ても、バルバロッサの息子かどうか判別ができるかは不明だったが、何かしら面影があるかもと考えた。




「あっ! そろそろ、王宮に行く準備をしなきゃ」




 夕食を一緒にと、アルジェ女王とゼリアに言われていたのだと、慌ててお風呂に入る。




 お湯につかって、何の目的でザイクロフトがジェナスに近づいているのかと考え込む。




「サラム王国がマルタ公国に近づくのは、理解できる。アルジエ海の海賊が活発化すれば、東南諸島の海軍がパトロールを強化するのは確実だ。そうなれば、カザリア王国の北部は手薄になるからな。しかし、スーラ王国のジェナス王子に近づいて、何の利益が見込めるのか?」




 ショウはサラム王国としては無意味な行動に思えるが、もしザイクロフトがバルバロッサの息子なら、私怨でスーラ王国に害をなす為に暗躍しているのかもと、拳を握りしめる。




「私と婚約していることで、ゼリアに迷惑をかけるだなんて!」




 蛇が多いスーラ王国との縁談には、乗り気では無かったが、おっとりしているゼリアは護ってあげたい。自分のせいで、ザイクロフトがジェナスの耳に悪知恵を吹き込んでいるのではと考えただけで、腸が煮えくり返る程の怒りを感じた。




 ショウは大きく息を吐き、全ては憶測に過ぎないし、事実だとしたらザイクロフトを排除するだけだと、風呂から出る。




「アルジェ女王の憂鬱と、ゼリアの不安を、少しでも解消してあげたい」




 自分の怒りを胸の中に押し込めて、今夜は気持ちの良い時間を過ごそうとショウは、大きく息を吐いた。




 レーベン大使は、王宮に向かうショウを見送りながら、大人になられたと頷いた。




「この前の訪問では、蛇がお嫌いで、王宮に行くのを渋っておられたのに……」




 暫し、感慨に耽ったが、ジェナスに対抗する策略を考える。




「ヘリオス神官の妹なんかに、子供を産ませるわけにはいかない! 蛇神様と話せる子供など、ショウ王太子の子供だけで充分なのですから」




 変態のジェナスの屋敷に、美しく逞しい男を召し使いとして潜入させようと、策略はお手の物のレーベン大使はほくそ笑んだ。




「この件は、ショウ王太子には秘密にしておこう。まだ甘いところも、おありだから……」




 早速、手配して、レイテのバッカス外務大臣に報告書をあげる。






『ショウ、久しぶりだ』




 昼に王宮でアルジェ女王に挨拶した時は、後宮でお昼寝していたデスに声を掛けられて、ショウは一瞬息を止めた。




『大きくなりましたね!』




 思わず、二三歩下がりそうになったが、グッと踏みとどまる。




 ショウは、デスとロスは、ヘビじゃない! 龍の子どもだ! そのうち、手と足も生えてくるんだ! 必死に、龍だ! と自分に言い聞かせる。




『デスが大きくなりすぎて、肩に掛けるのは無理になったの。重たくて、肩が凝ってしまうから』




 ショウは豊かな胸を見て、それも肩凝りの原因ではと思わず考えてしまい、ポッと頬を染める。




「ショウ様、グラマーな方がよろしいの?」




 ゼリアに拗ねられて、ショウは慌てて、違うよとご機嫌をとる。婚約しているが、滅多に会えないゼリアは、思いっきりショウに甘えるつもりだ。




『ショウがいると、ゼリアが楽しそうだ』




 ロスはヘビが苦手なショウを気づかって、ゼリアの肩には乗らず、デスと共に衝立に巻き付く。




「さぁ、夕食を頂きましょう」




 アルジェ女王も、賑やかな二人に、日頃の憂さが晴れる気分になった。




 ショウが大きくなったデスとロスに、やはり蛇は苦手だと内心で愚痴りながら、頑張って話を盛り上げ、夕食を食べている頃、マルタ公国に一隻の海賊船が着いた。




 一応は、商船の偽装をしているが、乗組員達はどう見ても胡散臭い。




「やれやれ、一々指示をしないと、海賊もまともに操れないのか」




 ボートに乗り移った若い外交官は、侮蔑を込めた目で、ビザンの港から宮殿の灯りを眺める。




「ザイクロフト卿、大使館に向かいますか、それとも宮殿に?」




 出迎えた大使館員に、大使館で休んでから、宮殿へ向かうと、傲慢な態度で告げる。




 北のサラム王国の産まれにしては、浅黒い肌に整った顔立ちのザイクロフトを、ヘルナンデスは待ち焦がれておられるのにと、大使館員は溜め息を押し殺して、馬車を大使館に向かわせる。




「東南諸島がイルバニア王国の沿岸付近をパトロールしだしたとか、一々騒ぎたてる事も無いだろうに! ヘルツ国王も、マルタ公国へ大至急に行けなどと、肝が小さい……」




 海賊船といっても、元々は拿捕した商船を改造した船に過ぎないので、足は遅い。一応は、自分の後ろ楯であるヘルツ国王の命令に従う為に、無駄に風の魔力を使わされたザイクロフトは、疲労を感じていた。




「東南諸島連合王国の軍艦なら、スピードもでやすいのだろうな! ショウ王太子の旗艦ブレイブス号とまでは言わないが、軍艦を手にいれたい。そうしたら、甘やかされて育ったショウ王太子など、海の藻屑にしてやる」




 酷薄な笑みを浮かべるザイクロフト卿の横顔を見た大使館員は、あの噂は本当なのだろうかと、背筋をこわばらせた。ザイクロフト卿はヘルツ国王の庶子だとされているが、実は庶子とバルバロッサの子供だと囁かれている。




 大使館で、あれこれ聞きたがる大使を追い払い、長旅の疲れをお湯に浸かって癒す。




「何故だろう? 親の仇だから、ショウ王太子を許せないのか? まさか! あんな海賊の死に、私が捕らわれているのか?」




 バルバロッサには会った事も無いのにと、ザイクロフトは自分の気持ちが理解できず、お湯をバシャンと叩いた。




 バルバロッサに捨てられた庶子を持てあましたヘルツ国王は、小役人に金を握らせて孫ごと嫁がせた。そのお陰で、東南諸島連合王国の駐在大使の調査から逃れ、命拾いしたのだ。




 ザイクロフトは、小役人の義父と、愚かな母親から、海賊のバルバロッサの悪口を聞かされて育った。




 今でも、悪意と侮蔑に満ちた言葉を思い出すだけで、幼い頃の怯えた自分に戻った気持ちになり、振り払うように風呂から出た。




「私は、サラム王国の外交官、ザイクロフト卿だ! 愚かなピョートル王子の側近として、サラム王国の全てを手に入れる。そして、馬鹿なヘルナンデス公子と、ジェナス王子も操って、ショウ王太子に一泡ふかせてやるのだ」




 自分の父親譲りの顔立ちが、変態どもに受けが良いのにはゾッとするが、上手く利用して操ろうと、考えながら服を着替える。




「今夜は、挨拶だけで帰るから、馬車に御者を待機させておけ」




 変態のヘルナンデスの相手など御免だと、さっさと逃げ帰る算段をして、宮殿へと向かうザイクロフトだった。 

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