第15話 忍び寄る影

ショウはアルジェ女王に挨拶をすると、ゼリアに後宮へと案内された。




「ショウ様に会える日を、ずっと楽しみにしてたのです」




 蘭が咲き誇る後宮の庭で、ゼリアはショウと二人きりで、会えなかった日々を埋めるように色々と話し合う。ロスは気をきかせて、少し離れた場所で、ゼリアが近頃のうさを晴らしているのを見守っている。




 蛇神様が神官達を引き締めたのは、スーラ王国にとって喜んばしいことなのだが、中にはゼリアが余計な告げ口をしたと恨みに思う、不届きな者もいた。




 アルジェ女王の庇護下にいるゼリアに、直接的な攻撃はできないが、周りの女官や、教育係、そして将来支えてくれるゼリア派の下級官僚達に、何らかの不都合がおきていた。




 一つ一つは些末な事だが、ゼリアは自分に味方する者達を護れない不甲斐なさに心を痛めていたのだ。




「ゼリア様、何か悩み事でも?」




 にこやかに話していたゼリアの、話を止めた時のふとした表情と、先程、挨拶をしたアルジェ女王の憂いを含んだ笑顔が、ショウには気にかかる。




「いいえ、こうしてショウ様にお会いできて、とっても嬉しいのです。あちらの真白を側で見せて下さい、前にレイテで見た時より立派に成長しましたわね」




 ショウに全てを話してしまいたいとゼリアは思ったが、身内の恥を外国の王太子に曝すことを躊躇った。




 ショウは大使館に帰ったら、レーベン大使に詳しい状況を聞かなくてはいけないと思いながら、真白を呼び寄せた。






 ゼリア王女との再会の後で、大使館に着いたショウは、サンズと真白の世話を確認すると、レーベン大使と書斎に籠った。




「何が、スーラ王国で起こっているのだ?」




 レーベン大使は、先日、蛇神様が神官達の乱れた生活を見かねて、真面目に祭事をするようにと言い出したと告げる。




「前から、結婚は禁じられているのに、妾を囲ったり、贅沢放題でした。しかし、蛇神様は割りと緩い規則でしか神官を縛っていなかったのです。スーラ王国の人間は総てにおいて、曖昧な感じですからね」




 ショウは他国の宗教に口を出す気持ちは無かったが、イルバニア王国の小麦や肉やワインを輸入して、自国で取れる米や魚を食べない贅沢な暮らしをしている神官については、前から疑問を持っていたので、綱紀の粛正は良い事に思えた。




「しかし、何か問題になっているのだな? アルジェ女王も、ゼリアも、心が晴れないようだった。ジェナス王子に会ってみたいと思う」




 堕落した神官の何らかの嫌がらせが、ゼリアの周囲に及んでいるのだとショウは察したが、それは些末な事に過ぎないと考える。




「その件ですが……ジェナス王子の住まいには近頃マルタ公国やサラム王国の大使がよく出入りしているのです。それは、レイテにも報告してあるのですが、サラム王国が何故スーラ王国に接触するのか、疑問を感じませんか?」




 ショウはジェナス王子が海賊の後ろ楯になっている疑惑を調査するのも、今回の訪問の目的の一つだと先を促す。




「サラム王国の外交官にザイクロフト卿という若い貴族がいるのですが……ジェナス王子に気に入られています……」




 奥歯に物が挟まったような言い方で、ショウはレーベン大使が何か確証を持たない疑惑を抱いているのだと感じる。




「そのザイクロフト卿とは、どのような人物なのだ? サラム王国の大使館に問い合わせたのか?」




 厳しい口調で問い質され、レーベン大使は自分の疑惑を恐る恐る口にした。




「サラム王国に問い合わせたのですが……ヘルツ国王の庶子だとしか……しかし、ザイクロフト卿の風貌は、東南諸島連合王国の血を感じるのです!」




 思い切って疑惑を口にしたレーベン大使の肩を、ショウはがっしりと掴んだ。




「まさか! バルバロッサの息子だと言う気ではあるまいな!」




 レーベン大使は、サラム王国のグローブ大使は新任なのでと庇った。




「グローブ大使の前任は、キッシュ大使だったな。父上にバルバロッサの子供については、念入りに調査させられた筈だが……ザイクロフト卿は、何歳ぐらいなのだ?」




 バルバロッサを討伐した時に、何歳だったのか? 何故、見過ごされたのか? そもそも、バルバロッサの息子なのか? ショウは疑問を矢継ぎ早にレーベン大使にぶつける。




「ザイクロフト卿は、ショウ王太子と同じ年代に見えます。この一年前ぐらいから、スーラ王国に顔を出し始めました。キッシュ大使が引退し、グローブ大使と入れ替わった時から、サラム王国の外交官として暗躍しだしたのです」




 大使の交代時期に、ザイクロフトが現れたのは、何か怪しく感じる。




「ヘルツ国王の庶子という触れ込みですから、何処かで王家の血を引いてるのでしょう。庶子の子かも知れません。あの国王なら、自分の庶子をバルバロッサに与えるかも……」




 東南諸島連合王国の風貌だからといって、バルバロッサの息子とは限らないが、ショウはゾクッと背中がした。




「グローブ大使に、ザイクロフト卿について詳しく調査させろ! いや、きっと調査は始めているだろう」




 レイテにいる父上や、バッカス外務大臣は、ザイクロフト卿の事を既に知っているのだろうかと、ショウは困惑する。




「あ~っ! 知ってて、私をスーラ王国に来させたのだ!」




 ジェナス王子と面会をしろ! と命じられたが、ショウはあの蛇王子がマルタ公国やサラム王国の海賊行為の後ろ盾になる能力があるのかと疑問を持っていた。




「サバナ王国を訪問するまでは、野心家のアンガス王がジェナス王子を唆しているのかと考えていたのだ。ザイクロフト卿については、グローブ大使からの詳しい調査報告を待つか、サラム王国に行ってみなくてはいけない。兎も角、一度、ジェナス王子と面会してみなくては! ジェナス王子の取り巻き連中について、詳しく教えてくれ」




 スーラ王国にいる間に、ジェナス王子に会ってその能力を見極めておきたかった。




 レーベン大使から取り巻きについて、説明を受けているうちに、ショウは、何故、あの賢いアルジェ女王の息子なのにと溜め息をついた。




「一番のお気に入りは、神官のヘリオスです。彼の妹を娶っていますが……彼を愛しているようですね」




 うんざりとしたショウは、ジェナスと会いたくない気分になる。




「そのヘリオスとも会ってみなくては……」




 堕落した神官と蛇王子の絡みを想像して、絶対に会いたくない! と内心で叫びながら、面会の予定を組ませる。




「マルタ公国のヘルナンデス公子や、サラム王国のピョートル王子も同じ趣味だと聞いてます。ショウ王太子、お気をつけて……」




 ギロリと睨まれて、怒るとアスラン王にそっくりだと、レーベン大使は口を閉ざした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る