第20話 不思議だ……

 愛しいヘリオスがショウに興味を持ったので、ジェナスは気分を害して追い出したが、何を話せば良いのか困ってしまう。




 ジェナスは、ヘリオスが居れば、何でも任せておけるのに! もう、帰らそうか? と内心で愚痴る。




 しかし、それでも一応は訪問してきたショウを、せっかく準備させたのだから、もてなすことにする。




 ジェナスは、見目麗しい男だから、食事を共にするのは楽しいかもしれないので、暇をつぶすには丁度良いとほくそ笑む。




 ジェナスは政事からも遠ざけられ、軍事などには興味も無いので、日々退屈をもて余していたのだ。




 アルジェ女王は、政事に関しては非情な判断を下して、百害有って一利無しと切り捨てたが、王族を増やす役目として、ジェナスには沢山の妻達を養えるだけの金を湯水の如く与えていた。だが、その妻達に見向きもせず、取り巻き連中や召使いと夜を過ごすことが多いのが、アルジェ女王には腹立たしい現状だ。




 ぽんぽんと手を打つと、召使い達が料理の皿を運んで来たのには、ショウもレイテで侍従達にかしずかれて育ったので、別に驚きはしなかったが、何かが変だと感じた。




 ここ召使い達は、バッカス外務大臣の召使いに似ているが、どこか違うと首を捻る。こちらの召使い達は、何ていうのか、ジェナスに色目を使っているような気がした。




 料理をテーブルに置きながら、チラリとジェナスの方へ流し目を送る召使い達に、ショウとレーベン大使は居心地の悪さを感じる。




「さぁ、食べて下さい」




 そう言うジェナスだが、自身はサラダを召使いにほんの少し取り分けさせて、つつく程度だ。ダイエットしていると聞いたが、筋肉のひとつもついてなさそうなジェナスに、ダイエットが必要なのだろうかとショウは不思議に思う。




「ショウ王太子、私が先に味見をします」




 レーベン大使は、自分が食べて大丈夫な物だけを食べるようにと、ソッと伝えた。




 レーベン大使は、他国の王太子を招いて食事を共にするのに、自分はサラダしか食べないだなんて、最低なマナーだと腹を立てる。それに、このやり方では、毒をもっても自分はぜったいに口にしないから、要注意だ。




 イルバニア王国からの輸入品であるシャンパンを飲みながら、ジェナスはスーラ王国の自慢を延々と話し出した。




「東南諸島連合王国は建国してから何年なのかな?」




 相槌を打ちながら、どう見てもスーラ王国の伝統を守っているとは言い難い、帝国風の肉やチーズを使った料理を食べていたが、やっと話せると思った。




「初代イズマル王が即位して、今年で208年になります」




 たかだか200年そこらの歴史しかないのかと、ジェナスは小馬鹿にした風に、フン! と鼻を鳴らした。




「島を何個か征服して、王と名乗ったのか。我がスーラ王国は、旧帝国のゴルチェ大陸支配の野望にも屈せず、数千年の歴史を誇っている。そんな歴史も持たない島国の王太子が、神聖なスーラ王国の後継者の許嫁だなんて名誉に思うがよい」




 流石に温厚なショウも、目の前のジェナスを斬り捨てたくなった。レーベン大使も、こんな不毛な訪問は時間の無駄だと眉をしかめる。




「そろそろお暇乞いをしませんと、ジェナス王子様に失礼です」




 ジェナスは、スーラ王国の素晴らしさをショウにべらべらと話していたので、別にもう少し居ても構わないと思った。




「いや、まだデザートも食べていないではないか」




 引き止めるジェナスに、ショウは十分に頂きましたと挨拶して立ち上がった。




「おや? ショウ王太子は……こうして下から見上げると、ザイクロフト卿に似ているな? ザイクロフト卿は何処かで東南諸島の血を引いているのか?」




 ショウは全神経を使って、フラナガン宰相仕込みの笑顔で尋ねる。




「ジェナス王子、私は若輩者なので、ザイクロフト卿とは何者かも知らないのです。スーラ王国で耳にしたのですが、たしかサラム王国の外交官だとか?」




 ジェナスは、本心では好みのタイプだと思っていたので、にっこりと微笑み掛けられて有頂天になる。




「そうか、ショウ王太子はまだお若いから、他国の外交官をよくご存知無いのだな。そんな不勉強では困るだろう」




 帰りかけたショウとレーベン大使は、お言葉に甘えてと、デザートを食べながら、ザイクロフトについての情報を手に入れることにする。






 やっとジェナスの屋敷を辞して、大使館に帰り着いた時には、ショウもレーベン大使もぐったりとしていた。




「ショウ王太子が上手く誘導して、ザイクロフト卿の話を聞かれましたが、内容は大したことは無かったですねぇ」




 ショウは、侍従に裳裾や帯を解いてもらうと、ぐったりと礼服のままソファーに座った。




「ザイクロフト卿の顔立ちだとか、賢さとかを褒めるばかりだったからな。ジェナス王子は、東南諸島の血を引く女とヘルツ国王の庶子だと思っているようだったが……」




 マルタ公国やサラム王国で、海賊の後押しをしているザイクロフトが、自分と同じ血が流れていると思うと、ショウは胃が重苦しくなる。




「しかし、ジェナス王子は不思議な髪型をされてましたなぁ」




 レーベン大使は、まだ経験の浅いショウが、あまり深刻に考え過ぎないように、見た瞬間に吹き出しそうだったと笑う。




「あれは、確かに驚いたよ」




 ショウは、レーベン大使が自分を気づかってくれているのだと、明るく返したが、重たい物を飲み込んだ気分は晴れない。




『ショウ? 大丈夫?』




 東南諸島の大使館は、湿度の高いサリザンでも大きな掃き出し窓がついた建築だ。その大きな掃き出し窓から、サンズが頭を書斎につきだして心配する。




『サンズ、大丈夫だよ、少し食べ過ぎたみたいだ』




 サンズの言葉はレーベン大使には聞こえなかったが、騎竜が心配している雰囲気や、ショウの返事を聞いて騒ぎ出す。




「まさか、毒でも! 治療師を呼べ!」




 慌てて大丈夫だと、レーベン大使を止めたが、そんな言葉は無視された。




「精神的な疲労が、胃にきたみたいですね。それと、肉やチーズなどの脂っぽい食事が胃にもたれているのでしょう」




 治療師の言葉で、レーベン大使は今すぐジェナスを殺すのは止めたが、悪口は止まらなかった。




「あんな変な髪型をして、ショウ王太子に偉そうにするから、気分が悪くなるのですよ」




 ショウは盛大な悪口を聞きながら、治療師が飲ませた薬が効き始めたので、眠り始めた。 




「お疲れなのでしょう……」




 サバナ王国のメルヴィル大使から、雨乞いで魔力を使いすぎて倒れた事や、アンガス王の娘に夜這いを掛けられないように、酔い潰れるほど深酒したと報告を受けていたのに、配慮不足だったとレーベン大使は反省した。




 東南諸島連合王国の大使館付きの治療師は、年輩のレーベン大使も日々ストレスを抱えているし、同じような脂っぽい食事をしたのに、なんとも無さそうにわいわい騒いでいる姿を見て呟いた。




「不思議だ……外交官という人種は、何か特別な精神構造なのだろうか?」




 レーベン大使が知ったら、失礼な! と怒っただろうが、実際に、ジェナスとヘリオスを策略にかけて始末しようと考えて、浮き浮きしていたので、少々の脂っぽい料理など物ともしないのだった。

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