第12話 エリカとミミとレティシィア

 レイテ大学で教鞭をとる教授や講師で普通の文学、歴史、政治、経済、法律などはサリームに選択、交渉を任せることにしているので、ほぼユングフラウでの用事は済ませた。


 グレゴリウス国王からの沿岸のパトロールの要請は断るが、アルジエ海のイルバニア王国側を重点的に見回らせることをヌートン大使と相談して決定した。グレゴリウス国王の思い通りだが、沿岸をパトロールする前例は作りたくなかった。


 それに、沿岸のパトロールに疲れているウィリアムを心配したエリカから頼まれたのも、かなり譲歩した一因になっている。


 グレゴリウス国王とフィリップは、ショウが名目上は拒否したが、実際は要請に協力的な決定を下したのでホッとしていた。いくら竜騎士が沿岸部をパトロールしても、海から急襲を掛けられたら、国民に被害が出るのは確実だからだ。


「それにしてもミミ姫が見習い竜騎士になって結婚されても、リューデンハイムで修行されるとは考えていませんでした」


 フィリップの言葉に、グレゴリウスはミミはショウに頼まれてリューデンハイムに残るのだろうと頷いた。


「ショウ王太子はエリカ王女の為に、ミミ姫にリューデンハイムに残るように頼まれたのだろう。エリカ王女とテレーズは仲が良いとは言えないからなぁ。アルフォンスがエリカ王女と仲が良いのが気に入らないのだろうが、テレーズの我が儘には困ったものだ。しかし、一年後には二人は見習い竜騎士になるだろうから、外泊も自由にできる」


 フィリップは、それなら結婚を日延べした方がすっきりするだろうにと笑った。


「確かに十五歳で結婚は早いとおもうが、東南諸島連合王国では普通なのだろう。それにミミ姫が拒否したのではないのか?」


 エリカと共にミミも王宮で、イルバニア王国の王族とよく会っていた。女性の絆の竜騎士であるミミは、旧帝国の竜騎士でなければ王位に就けないという不文律が残るイルバニア王国にとっては魅力的で、レオポルド王子やアルフォンス王子にも魅力的に見えていた。しかし、ショウにぞっこんな態度を隠しもしないので、付け入る隙もなかった。


 それはエリカも同じで、ウィリアムにべったりなので、弟王子達と仲良く話していても問題はないのだが、甘やかされたテレーズには双子の片割れを取られた感じに思える。


「テレーズも大人になれば、エリカ王女がウィリアムにしか興味が無いのが理解できるでしょう。それにしても、ショウ王太子はモテモテですねぇ。あの美貌のレティシィア妃がいるのに……」


 幼なじみのリリアナを一途に思って結婚したフィリップが、初めて余所見をしたのを父親としてグレゴリウスは心配する。

 

「フィリップ、レティシィア妃は……」


 フィリップは、父親の言葉を笑って遮る。


「父上、心配されなくても浮気などしませんよ。美しい女性に見惚れるのは、男のサガです。リリアナを泣かすような真似はしません」


 グレゴリウスはホッとして、ミミの見習い竜騎士の騎竜訓練に大使館付きの竜騎士が付き添う件を話し合う。


「ジークフリート卿に任せておけば、上手く手配してくれるのはわかっているが……」


 父上が難しい顔をしているのは、大使館付きの竜騎士が付き添うのは東南諸島連合王国に竜騎士が増えて、その教育機関をショウが設立する為だと察しているからだとフィリップは考えた。


「こちらも見返りに、海軍の士官を数名レイテに視察に行かせることにしたではないですか」


 自国の沿岸ぐらい海軍を強化してパトロールさせたいとグレゴリウス国王は考えて、数名の有望な士官をレイテで教育して貰うことにした。


「それは、そうなのだが……東南諸島連合王国が見つけたウォンビン島やイズマル島の住民には竜騎士の素質を持つ者が多い。特にイズマル島の子どもに多いのは、ショウ王太子の許嫁のエスメラルダ巫女姫は緑の魔力を持っているのではないか?」


 エスメラルダがショウから教えて貰ったキャベツ畑の呪いで産まれた子ども達には、竜騎士の素質を持つ子が多かった。遠いイズマル島の情報を手に入れるのは難しかったが、交易に訪れる商人から漏れ伝わった話を根気よく拾い集めたのだ。


 ユーリのキャベツ畑の呪いで産まれた子ども達にも、竜騎士の素質を持った子が多かったので、グレゴリウス国王は真名に詳しいショウが教えたのではと考えていた。


「東南諸島連合王国は領地を一気に広げましたし、竜騎士も増えてきてます。これからも注意が必要ですね」


 グレゴリウス国王は遣り手のアスラン王の王子にしては、ショウはのんびりとした雰囲気だとの第一印象を持ったが、やはり油断ならない相手だと気を引き締める。 



「ねぇ、お兄様~! ウィリアム様がパトロールから帰って来られるまで、滞在を延ばして下さらない?」


 エリカはウィリアムがパトロールから帰って来たら、兄をダシにデートをしたいと考えている。やっと婚約したものの、侍女の見張りが厳しく二人っきりになれないのが不満なのだ。


「ウィリアム様には会いたいが……」


 ショウはスケジュールが満杯なので、いつユングフラウに帰って来るのか未定のウィリアムを待っているわけにはいかない。エリカは残念そうに溜め息をついた。


「それにしてもミミは何をレティシィアと話してるのかしら?」


 ショウがユングフラウに来ているので、リューデンハイムの寮から週末の外泊許可を貰って大使館へエリカとミミは来たのだが、二階に籠もってしまっている。


 エリカだけでなく、ショウもミミとレティシィアが何を話しているのか? と気になっていた。許嫁のミミと妻のレティシィアが喧嘩をせず仲良くしているのは嬉しいが、どうにも不安で居たたまれない。


「おかしいわねぇ? ミミがお兄様が来ているのに、側でべったりしないなんて……何かレティシィアに……」


 エリカも後宮育ちなので、結婚初夜のことについてミミがレティシィアに質問しているとは思わない。王家の女は肉食系だ。


 ショウとエリカは思わず天井を見上げて、首を捻った。


「レティシィア様は竜の交尾飛行とは関係無しに、アイーシャちゃんを授かったのですよね」


 レティシィアはミミは絆の竜騎士なのだから、交尾飛行で子供を得ることができるのに、何故このような質問をするのか理解できない。


「ええ、全く意図しない懐妊でしたわ。でも、産まれてきたアイーシャには心より愛情を持ってます」


 ミミは、レティシィアは多分ララやロジーナやメリッサの後で産む方が良いと考えていたのだろうと察した。


「赤ちゃんは授かり物ですもの……」


 レティシィアはミミが何を気にしているのか、少しわかってきた。


「ロジーナ様が男の子を出産されるのを、まだ心配していらっしゃるのですか?」


 ハッとミミはレティシィアの顔を見る。


「私は……姉のララが第二夫人になるなら、仕方ないと諦められると思うの。でも、姉は王子を産んでないし……レティシィア様が男の子を産んで下さればと考えていたの」


 今、ショウにはアイーシャ王女とレイラ王女しかいない。王子の誕生を皆が待っている状態だ。


「ミミ様、そのようなことばかりを考えていますと、ショウ様のお心をつかみ損ねますわよ。第二夫人になることや、後継者の母になることに、捕らわれてはいけません。後宮での夫人同士の争いは御法度ですよ」


 ミミが犬猿の仲のロジーナの懐妊で神経質になっているのだとレティシィアは察した。


「そうだわ! ロジーナに先を越されて、少し焦ったみたい。第一王子を産んだロジーナが後宮で我が物顔をするのではと心配していたの……姉が片隅に追いやられるのも見たくないし」


 レティシィアは、ミミが姉のララに対して複雑な姉妹愛を吐露するのに微笑んだ。


「ララ様はレイラ王女を出産されてから、強くなられてますよ。色々と心配や不安もあるでしょうが、成長していかなければショウ様においていかれると、勉強や努力をされてます」


 ミミはロジーナへの対抗心に捕らわれていた自分を恥じた。


「ララも強くなったのね! 結局は自分を磨いて、ショウ様に相応しい妻にならなきゃいけないのね!」


 レティシィアはすっきり悩みを解決したミミが、ショウと庭を散歩しようと階段を駆け下りるのを苦笑して眺めた。


「こんな可愛いライバルには、勝てませんわ」


 そう言いつつも、第一夫人としてショウの元を離れる前に、アイーシャに妹を産んであげたいとレティシィアは願った。


「姉妹って良いものですわね……」


 レティシィアは、ふと異母姉妹はどうしているのかしら? と綺麗な眉を少し上げた。


「馬鹿馬鹿しい。苦界に堕ちた私とは縁の切れた相手ですわ」


 過去を振り返っても意味はないと、レティシィアはゆっくりと階段を降りていった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る