第7話 うう〜む

「やはり、東南諸島の服にしたんだ」


 帝国風のドレスも似合っていたが、レティシィアには東南諸島の服が素晴らしく似合っている。全く露出が無い王家の女性の礼服なのに、しなやかな身体が引き立っていた。


 白に裾や袖口や襟元に銀糸で刺繍を施してある服を優雅に着こなして、レティシィアはイルバニア王国の王宮へとショウ王太子とヌートン大使夫妻と出向いた。


 出迎えに出た外務省の若手の見習い竜騎士、レオポルド王子とフランツ卿の息子ジェームズは、ショウやヌートン大使夫妻には何度か会ったことがあった。


 一瞬、レティシィアを見て、ぼんやりと案内も忘れてしまった。


 レオポルド王子の指導の竜騎士であるアンドリュー卿も、レティシィアの美貌と品の良い色気に気づいたが、そこは恋愛の都ユングフラウでプレーボーイの名前を伊達につけられてはいない。二人の見習い竜騎士達に注意を与えて、グレゴリウス国王夫妻が待つサロンへと案内させる。


 しかし、レティシィアの後ろ姿のしなやかさに、ううむ~と思わず唸り声が出てしまった。


 アンドリューは、この御方ほど、しなやかな歩き方をされるご婦人を見たことがないと感嘆する。


 きっと舞を極めているのだろうと、ユングフラウ一のプレーボーイと呼ばれているアンドリュー卿は、レティシィアの後ろ姿を眺めた。



 東南諸島のショウ王太子夫妻とヌートン大使夫妻を招いて、先ずは簡単な昼食会でもてなすことにしていた。本当は話し合いたい問題があるのだが、外交は遠回りにお互いの腹をさぐり合う物なのだ。


 グレゴリウス国王とユーリ王妃、フィリップ皇太子とリリアナ妃、それにマウリッツ外務大臣夫妻が、ショウ王太子夫妻の昼食会に参加する予定だ。グレゴリウス国王とマウリッツ外務大臣は、ユーリ王妃に最後の釘をさす。


「ショウ王太子は、今回はレティシィア妃を伴っておられる。ララ妃やロジーナ妃やメリッサ妃と違い王家の姫では無いが、東南諸島では夫人は第一夫人と、第二夫人以外は平等なのだから……」


 何時までも若さを保っているユーリは、夫のグレゴリウスを睨みつけて、わかってるわよ! と少し唇を尖らせて返事をする。ユーリの従兄のマウリッツ外務大臣は、本当にわかっているのか? と念押ししたくなったが、フィリップ皇太子の前なので王妃に小言を言うのは控えた。


「ユージーンは、何か言いたいことがあるの?」


 マウリッツ外務大臣の視線を敏感に察知して、ユーリは声を掛けた。


「ショウ王太子の成人式で、レティシィア様を少しお見かけしましたわ。とてもお美しくて、優しい御方でした」


 いつも控え目なリリアナが、父親のマウリッツ外務大臣が何か言いたそうだと、睨むユーリ王妃との気まずい雰囲気を変えようと、口を出した。 


「私はナッシュ王子に色々と案内して貰っていたから、レティシィア妃にはお会いできなかったのだけど、とても美しい御方だと噂を聞いたよ」


 フィリップの言葉で、レティシィアがレイテ一の芸妓だったとの情報を思い出し、グレゴリウスとマウリッツ外務大臣は、ユーリがショウが身請けしたのだと怒りださないかとひやひやする。


「父上、ショウ王太子夫妻とヌートン大使夫妻を案内致しました」


 外務省で見習い実習しているレオポルドとフランツ卿の息子ジェームズが案内してきたショウ夫妻を、グレゴリウス国王夫妻も立ち上がって出迎える。


 サロンにいた全員が、レティシィアのしなやかな身体や、優雅な挨拶にぽわんとした。流石にグレゴリウス国王やマウリッツ外務大臣は、にこやかにショウ夫妻と挨拶を交わしたが、リリアナにフィリップは脇腹を扇でつつかれる羽目になった。


 フィリップは、これほどまで美しいご婦人に、会うのは初めてだと驚いていた。しなやかで、たおやかなのに、稟とした気品も感じる。ショウ王太子は、こんな美姫とよく他の夫人とを平等に愛せるものだと首を捻る。


 昼食会の会場に移動しながら、マウリッツ外務大臣は各国の王宮を訪問して、美しい貴婦人を何百人も目にしていたが、レティシィアほど綺麗な人はいないと感嘆した。造作ならアリエナ妃や、亡きモガーナ様も迫力のある美女なのだが、淑やかな色気と言うより、怖ろしそうだと一歩男を引かせてしまう。


 男性陣はレティシィアの美しさに圧倒されていたが、ユーリやリリアナは別のことに気づいた。一緒に和やかな会話をしながら食べていても、レティシィアの優雅な動作は一瞬も隙がなかった。


 それと、ユーリはレティシィアがとてもサッパリとした気性なのに驚いた。食後のお茶は場所を移して、サロンで寛いで楽しむことになったが、レティシィアはユーリがチャリティーを王女達にさせていることを褒めた。


「まぁ、レティシィア妃に褒めて頂いて嬉しいですわ」


 ユーリは、東南諸島の結婚制度には賛成できかねるが、レティシィアはもしかしてと勘づいた。


「ユーリ王妃、レティシィアは第一夫人を目指しているのです。今も私の第一夫人と共に財産の管理や、色々な事業にかかわってくれています。ユングフラウに伴ったのも、見識を広めさせたかったのと、大学を見学させたいからなのです」


 ユーリは、アスラン王の第一夫人ミヤと和気藹々と話し合ったのを思い出した。


「まぁ! レティシィア妃は第一夫人を目指していらっしゃるの?」


 男性陣はこんな魅力的なレティシィアを手放すのかと、ショウの気持ちが知れないと内心で呆れた。


「ええ、色々と学ぶことがありますが、何時かは第一夫人になりたいと思っております。ユーリ王妃様は女性の職業訓練所を作られたり、とても進歩的なお考えをお持ちだとミヤ様から伺っております。一度、見学させて頂いても宜しいでしょうか?」


「勿論ですわ! 私も近頃は顔を出していませんから、案内をしましょう」


 レティシィアとユーリはお互いに、話が合いそうだと微笑んだ。


 グレゴリウス国王はやれやれと笑っていたが、マウリッツ外務大臣はフィリップがレティシィア妃に少し心を動かされたのではと舅心を悩ませていた。


「ショウ様、レティシィア妃を他の男の第一夫人にされるのですか?」


 ショウはフィリップの言葉に、肩を竦める。


「本当はレティシィアには、私の第一夫人になって貰いたいと思ったこともあります。でも、私はレティシィアの魅力に負けてしまったので、諦めるしか無いのです」


 怪訝な顔のフィリップに、第一夫人とはエッチできないのですと、ショウはウィンクして説明をする。男性陣はレティシィアの魅力に打ち勝てる男はいないのではと考えたが、それぞれの夫人の前なので言葉にはしなかった。


「まぁ! グレゴリウス様、考えが顔に書いてあるわよ」


 仲が良い国王夫妻だからこそのツッコミに、全員が笑いさざめいた。


「レティシィアが、私の側に長く居てくれそうなのは嬉しいですね。その間に色々と学ぶ機会を与えて遣れたらと思ってます」


 イルバニア王国の人達は、東南諸島の第一夫人というシステムを理解し得たとは言わないが、何となく大切な存在なのだとは感じとった。ご婦人方も同席しているので、お互いの問題を話し合うのは明日からにして、和やかに昼食会を終えた。

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