第8話 ユーリ王妃とレティシィア

 王宮の昼食会を終えて、ショウ達は大使館へと帰った。


「ユーリ王妃様に女性の職業訓練所を案内して頂けるだなんて、嬉しいですわ」


 ショウは、レティシィアがうきうきとカミラ夫人と着ていく服の相談をする為に二階へとあがるのを、ヌートン大使とホッとして眺める。イルバニア王国のユーリ王妃は進歩的な女性人権派なので、芸妓を身請けしたのかと嫌がられたらと、少し心配していたからだ。


「ヌートン大使、私がユングフラウに来たのは竜騎士の育成学校の為と、レイテ大学に教授を招聘する目的も兼ねているのです。レイテ大学の教授の招聘は基本的にはサリーム兄上に任せるつもりですが、少し科学や医療の研究を進めたいと思っているのです」


 長年駐在大使をしているので、ユングフラウ大学の学長とは知り合いだと頷く。


「私も東南諸島連合王国にも、大学が必要だと考えていました。バーミンガム学長に面会の手紙を書いておきます」


 ショウはこの件はヌートン大使に任せて、この世界と前世の違いを考えていた。


「ダイヤモンドやアンバーがあるのだから、化石燃料もあると思うんだけど……」


 カザリア王国やローラン王国の山間部には鉱山も多く、発掘もされているのに、石炭や石油が出たとは聞いていない。ショウは魔法が存在するこの世界は前世とは違うのか? それとも発見されて無いだけなのか? と何年も前から考えていた。


「水や風や地熱や太陽光発電もできるから、大気が汚れなくて良いのかも? 宝石の魔力も利用したいけど、魔法王国シンが滅びた理由は魔法にばかり頼ったせいじゃないのかな? 魔力を持たない人の方が、多いのだし……」


 科学の発達と魔法の研究を同時にレイテ大学ではしたいとショウは考える。



「ショウ様も、女性の職業訓練所を一緒に見学されるのですか?」


 東南諸島の服では目立つからと、帝国風のドレスを着たレティシィアはショウの服装を見て困惑する。


「この格好では駄目かな? ヌートン大使、帝国風の服は無いかな?」


 ヌートン大使は王太子が帝国風の服を着るのに、少し眉をひそめたが、レティシィアに頼まれると鼻の下がのびた。


 大使館員や武官達は休暇に街で遊ぶ時に帝国風の服を着る者もいるので、体格の似た服を借りて着替える。ショウにとっては生まれて初めての帝国風の服だけど、前世の洋服に似ているので着るのは簡単だ。


「まぁ? ショウ様は何度か着たことがあるのですか?」


 レティシィアに褒められて、ショウは初めてだよと微笑んだ。



 王宮にユーリ王妃を迎えに行って、女性の職業訓練所に向かう。ユーリは、側近のビクトリア夫人を連れて来ていた。


「同じ馬車で参りましょう」


 ご婦人の中に同席しても、ショウが普通にしているのを、ビクトリアは若いのに慣れていると驚いた。ユーリとレティシィアは、女性も経済的に独立する方法について話し合う。


「第一夫人という制度はなかなか理解できなかったけれど、ミヤ様やレティシィア様に会って、少しずつわかってきました。女性が働くには良い制度だけど、一度目の結婚相手を自由に選べないのはねぇ」


 ビクトリアは、ユーリが微妙な問題を口にしたので、ひやりとした。


「そうですわね、その点はもう少し改善した方が良いかもしれませんわね。でも、子供も持ちたいし、仕事もしたいと考える女性には、便利なシステムなのです。若いうちに子供を産んで、信頼できる第一夫人に託せるのですから」


 東南諸島連合王国の後宮で大切に育てられている王女のことは、アスラン王の時は殆ど知らされていなかったが、ショウは帝国三国とも交友関係があるので、レティシィアがアイーシャ王女を産んだのは周知だ。


「レティシィア様は、アイーシャ王女を置いて後宮を去られるのね」


 八人もの子供を育てたユーリ王妃には、理解できないかしらとレティシィアは微笑んだ。


「第一夫人のリリィ様は本当に素敵な方ですから、何も心配はしていませんわ。それに、娘には会えますもの」


「まぁ! ミヤ様も素敵な第一夫人でしたけれど、リリィ様もなのね! ショウ王太子、是非ともお会いしたいわ」


「リリィにも外国を見せてやりたいと思っていますから、今度ユングフラウを訪問する時は伴って参ります」


 ユーリに本当に会わせてねと、約束させられてる間に、女性の職業訓練所に着いた。其処ではミシンの使い方や、算盤を使って簿記などを女性に教えていた。


 レティシィアは、ユーリに質問しながら興味深く視察したが、ショウはふと髪の毛の色が薄い女性が多いことに気づいた。イルバニア王国にも金髪は多いが、ローラン王国の金髪はもう少し色素が薄い。


 ビクトリアは、ショウが目ざとくローラン王国の難民の娘達を通わせているのに気づいたと察した。


 可愛い顔だけど、遣り手のアスラン王の王太子だけあると、ビクトリアは評価する。レティシィアの夫なのだから、ぼんくらだったら笑っちゃうと、安堵する。


 ビクトリアは、何人かの尊敬する女性を懐かしく思い出した。


 ビクトリアの大伯母のテレーズ王妃、モガーナ、ユーリ王妃、タイプは違うけどレティシィアも尊敬に値する女性だ。


 レティシィアは手先の器用な東南諸島の女性なら、ミシンで服を縫うのは簡単だろうと考えた。


「東南諸島では、女性は外で働く場所があまり無いのです。勿論、生活の為に魚や野菜を売り歩く女性もいますが、かなり下の階級だとみなされてしまいます。ミシンなら家でもできますから、夫や親族の反対も少ないでしょう」


 ユーリは女性が自由に外に出歩けないのかと腹を立てたが、少しずつ改革をするしかないとグレンジャー教授の話を思い出して我慢する。


 視察していて、ミシンを教える教室は満員なのに、簿記の教室は閑散とした印象だと、レティシィアとショウは気づいた。


「算盤は良いですね」と、褒められたが、ユーリは簿記を習いたがる女性が少ないと肩を竦める。


 東南諸島では子供でもお金の単位を付ければ、絶対に計算間違いをしないが、ユングフラウでは算盤を使っても買い物の時はお釣りが間違っていることもあるので、国民性の違いかなと考える。


「レティシィア、簿記は女性に好評だと思うよ」


 綺麗な顔を少し傾げて、レティシィアは考え込んだ。


「女の子は、母親や第一夫人から、帳簿の付け方は習いますわ。でも、簿記を基礎から習うのは良いかもしれませんわね」


 ユーリは、国民性の違いだわと苦笑する。


「ユングフラウはファションの都ですし、若い女の子もお洒落には敏感なのです。だから、ミシンは常に満員ですが……帳簿とかには興味が無いみたいですの」


 ふと、ユングフラウ娘が恋愛好きなのをショウは思い出した。


「簿記は男の人にも役に立ちますよね。女性の職業訓練所ですが、男性も空いているなら教えては如何ですか? 男女平等に簿記の資格を与えたら、それが就職の役に立つかもしれませんよ」


 ユーリは、資格は良いアイデアだと考える。


「でも、女性の職業訓練所なのに、男性も簿記を習うのは……」


 ビクトリアは側近として、ユーリが女性の職業訓練所を作る為に努力した日々を知っている。


「ユーリ王妃の懸念もわかりますが、今の状態では簿記のクラスが生かせてませんわ。男女平等に資格を出せば、遠回りですが女性も簿記の資格を取りたいと思うようになると思います。それに、一緒に勉強するのは良いことですわ」


 ビクトリアの意見に頷いたユーリだが、少し眉をあげてユングフラウ娘が恋愛にはしらないかと心配する。


「恋と勉強と同時進行になるかもしれませんわね。でも、ショウ王太子もそれを見越して提案されたのでは?」


 ビクトリアに指摘されて、ショウは、さぁ? と笑って誤魔化した。レティシィアはビクトリア夫人の頭の回転の早さと、ユーリの事業を側で支えているのを見て、こういった側近制度もあるのだと驚いた。


 ショウの側近や側仕えとは違うタイプだけど、夫人もこういった側近を有効活用できたら良いのだと気づいた。


 レティシィアはショウが寛大だから、真珠の養殖の事業を続けているが、やはり出歩くのは控えていた。気の利いた女官を養殖所に行かせて、視察させたり、指示を出していたが、もっと教育して任せられるようにしたいと考えた。


 今回は女性の職業訓練所をさっと視察しただけだったが、レティシィアは色々な勉強になったと、ユーリにお礼を述べた。


「レティシィア様とは話をゆっくりしたいわ。明日はお茶を飲みながら、女同士で話し合いましょう」


 ショウは、ユーリがレティシィアを気に入ったのを感じていたので、安心して宜しくお願いしますと微笑んだ。


 レティシィアがお茶を飲んでる間に、ショウはグレゴリウス国王と話し合いだ。ショウは、沿岸のパトロールを押し込まれないようにしなくてはと、気を引き締める。


 まだまだユングフラウにはローラン王国の難民がいるので、その件も話し合いの案件にあがるかなと溜め息をついた。


 イズマル島の大きさは二年の間にバレてしまい、少しずつ開拓農民の受け入れを始めていた。なかにはローラン王国の難民もいるのだが、あまり大っぴらに難民を受け入れるのは問題が起きそうだと控え目にしている。


 イルバニア王国としては治安の悪化にもなるローラン王国の難民を、イズマル島に送り込みたいだろう。でも、ミーシャとの婚姻も控えているのに、ローラン王国と揉めるのは御免だ。


 ショウとしては難民を受け入れても良いのだが、あまり大勢だとローラン王国の植民地みたいになってしまうのも困るのだ。


 ユーリ王妃には絶対に言えない話だが、ローラン王国の難民の娘は娼婦に身を落としている者も多かった。ショウは前世のアメリカ大陸の開発の時に『王の娘』として、娼婦達を開拓農民の妻として送り込んだのを思い出す。


 イズマル島には男が多く移住しているので、女性不足なのだ。それに、ローラン王国の難民を開拓農民にする為には、ある程度の資金を貸し出す必要があるが、『王の娘』には少しの結婚準備金でいい。


 ショウは大使館でレティシィアに相談してみようと考えて、ユーリ王妃達と別れた。

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