第6話 ユングフラウのレティシィア

 翌日は午前中にレティシィアと港湾施設を見学して、迎えに来たホインズ大尉と共にユングフラウの大使館へ向かった。


「レティシィアは、ミミと揉めたりはしないだろう」


 ショウは、夏前の見習い竜騎士試験に合格したら、結婚する予定のミミとレティシィアの鉢合わせに少し心配する。


 ユングフラウの大使館で、ヌートン大使とカミラ夫人に出迎えられた。


「ようこそユングフラウへ、さぁ、部屋にご案内致しましょう」


 一瞬、ヌートン大使もレティシィアの美貌に唖然としたが、カミラ夫人に脇腹をつつかれて我に返った。レティシィアがカミラ夫人に部屋に案内して貰っている間、ショウはヌートン大使と今回の訪問についての打合せをする。


「うう~ん、正式にホインズ大尉を竜騎士修行に参加させて貰う要請をするのは、時期が拙いですねぇ。竜騎士隊だけでなく、見習い竜騎士もパトロールに駆り出されているぐらいです」


 ショウはタジン領事にお返しに海軍での修行か、沿岸のパトロールを要求されるのではと言われたと苦笑する。


「沿岸パトロールはちょっと……でも、海軍での修行は考慮しても良いですね。それと真っ正面から頼むのでは無く、ミミ姫の見習い竜騎士の騎竜訓練に付き添わすという、名目にされては如何でしょう。東南諸島連合王国の王太子の夫人なのですからと、お願いしてみては?」


 それを言うなら、結婚を伸ばした方がとショウは溜め息をついた。


「エリカは、テレーズ王女とどうなんだろう?」


 ふぅ~と、ヌートン大使は溜め息をつく。


「キャサリン王女にはエリカ王女も、年上だからと素直に接しておられました。一応はテレーズ王女とも上手く付き合ってはおられますが……」


 竜姫のエリカと末っ子で甘やかされた我が儘天使のテレーズは、相性が良いとは言えなかった。


 特に、双子のアルフォンスがエリカと気が合うのが、テレーズにとっては面白く無いのだ。双子の二人はいつも喧嘩をしていたが、だからといって仲が悪いわけではない。


「エリカ様は、ウィリー兄上の婚約者なのよ。アルは仲良くし過ぎよ!」


 小姑とエリカは微妙な関係なのだ。ミミが見習い竜騎士になりショウと結婚してしまったら、リューデンハイムの寮にあまり相性が良いとはいえない二人が残ってしまう。


「来年、エリカ王女が見習い竜騎士になり、社交界にデビューされたら、大使館で過ごせるようになります。テレーズ王女の為に寮で過ごして、恩も売れますのですが……」


 この一年はミミが一緒の方が良いとは思うが、東南諸島の男としては進歩的なヌートン大使も、結婚した夫人が寮で暮らすのはと少し引っかかっていた。


 本音を言うと、一年先に結婚した方がすんなりといくと二人とも考えているのだが、ミミの意志は固かった。


 二人が色々と考え込んでいると、レティシィアが帝国風のドレスに着替えて降りてきた。


「お待たせしました」


 冬服だし、襟ぐりも開いていないのだが、アイスブルーのドレスを着たレティシィアのしなやかな身のこなしに、ショウは釘付けになった。


「レティシィア、帝国風のドレスを見事に着こなしているね」


 ユングフラウの街を少し散策しようと思って着替えさせたのだが、こんなに綺麗な女性をエスコートしてたら、嫉妬の視線が突き刺さるだろうなと苦笑する。


「ユングフラウはファッションの都と呼ばれているのですから、着慣れないドレスは心配ですわ」


 ショウは黒いミンクの毛皮をレティシィアに着せてやる。


「それより、寒くないかい? 東南諸島連合王国と違い、イルバニア王国の冬は寒いからね」


 ショウも外套を侍従に着せて貰い、二人でユングフラウの街を見学に行く。


「明日は、王宮に国王夫妻に挨拶に行く予定なんだ。ほら、あそこに見えるのが王宮だよ」


 レティシィアは寒さも気にならず、初めて訪れた異国の首都を熱心に眺める。


「まぁ! 冬なのにバラが咲いているのですね。花の都と呼ばれる筈ですわ」


 ショウは、ユーリ王妃は緑の魔力持ちだからねと、レティシィアの耳元で囁く。


「それで、これほどバラが咲いているのですね。噂では聞いていましたが、実際に目にすると驚いてしまいますわ」


 ヌートン大使が予め御者にユングフラウの名所をざっと回るように言っていたので、ユングフラウ大学の前も通った。


「これがユングフラウ大学なのですね」


 レティシィアが大学を訪問するのを楽しみにしているのが、ショウにも理解できた。


「メリッサも卒業して帰国するし、今度はレティシィアが留学してみるかい?」


 一瞬、レティシィアの瞳には憧れが浮かんだが、長い睫毛の影に隠れてしまった。


「ショウ様も聴講生として、半年通われただけですもの。大学へ通うだけが、学ぶ方法ではありませんわ。でも、アイーシャには、存分に学ぶ機会を与えて遣りたいのです」


 ショウも同じ考えだと、レティシィアの肩を抱き寄せて頷いた。


 御者に、子供の喜ぶような玩具を扱っている店に馬車を回させる。


 レティシィアは普段は厳しい母親だが、留守番をしているアイーシャと、一緒に遊んでくれているレイナに、可愛い人形やぬいぐるみを選んだ。ショウも積み木や木馬などを二人の娘に選び、仲の良い美しい夫婦に店内に居合わせた人達も見惚れてしまった。


 子供へのお土産を馬車に乗せると、一流の店が建ち並ぶ商店街を二人は腕を絡めてウィンドウショッピングする。


「ララ様、ロジーナ様、リリィ様にも何か……」


 人のお土産だけでなく、レティシィアにも記念になる物をとショウは勧める。


「本当に、どのお店も素敵な品物に溢れていますわ」


 ショウには区別はできないが、レティシィアはその中でも一番優れている品物を飾ってある店の前で、立ち止まった。


「あのう、ショウ様は買い物などに興味は無いのでしょう?」


 ショウは許嫁達に振り回された経験があるので、レティシィア一人ぐらい楽勝だと笑った。


「まぁ、その言葉を後悔なさっても知りませんわよ」


 レティシィアとは新婚旅行もしてなかったし、二人でユングフラウの街をそぞろ歩くのは楽しかった。


「冬はアイスクリームを販売していないかも知れないが、イルバニア王国の王女様達が経営されているパーラーに寄ってみよう!」


 ローラン王国に嫁いだアリエナと、カザリア王国に嫁いだロザリモンドのパーラーは、リリアナとテレーズが引き継いで経営していた。


「まぁ、チャリティーの為に、王女様達にパーラーを経営させておられるのですね! ユーリ王妃様にお会いするのが楽しみになりましたわ」


 二人で仲良くクレープシュゼットを食べていたが、店内のカップルの多くがレティシィアの美しさに見惚れた彼氏と喧嘩になった。


 令嬢だけで来店していたグループは、ショウ王太子様だわ! と小声で嬌声をあげるという難しいことをこなし、アンドリューとどちらがプレーボーイか熱心に話し合った。


「でも、あんな美貌の夫人を連れて歩かれたら……」


「花の都ユングフラウでも、あれほどの美女はお目にかかれないわ」


「数年前にジャスミン姫に兄が憧れて、大騒ぎしていたの。ユングフラウの美女とは比べ物にならないと馬鹿にして聞いていたけど、あの方を見たら東南諸島は美女の産地なのかもと思えてきたわ」


「美貌のウィリアム王子の婚約者のエリカ王女も、凄い美少女ですものね」


 東南諸島の美貌の女性のせいで、恋愛ゲームも台無しだわと、令嬢の一人が愚痴った。


「ウィリアム王子は婚約してしまうし、ショウ王太子は綺麗な夫人を伴って来られるし、恋愛ゲームのターゲットが減るばかりだわ」


 元々、無理な相手だと令嬢達は肩を竦める。


「ショウ王太子様の後宮には、美女が何人もいらっしゃるのでしょうね。その中で寵愛の美姫をユングフラウにお連れになったのだわ」


 夢見がちな令嬢達は、異国の後宮の華やかで、少しエロチックな妄想を抱いて頬を染めた。


「私はアンドリュー卿が好みだったけど、ショウ王太子の後宮も素敵かも……」


 図々しい妄想に、他の令嬢から非難の声があがった。


「アンドリュー卿は、貴女のことなどご存知ないわ! 勿論、ショウ王太子様もよ」


「まぁ! 空想の恋人なのだから、私の自由でしょ」


 くすくすと笑いさざめく可憐な令嬢達が、自分とアンドリューとどちらを空想の恋人にしようかと言い争っているとは知らず、ショウはレティシィアをエスコートしてパーラーの外へ出た。


「アイーシャにも、何かこのように実社会と触れ合える場所があれば……」


 二人で何か考えようと話しながら、馬車で大使館へと帰った。   

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