第5話 レティシィアにめろめろ
リリィに忠告されて、レティシィアをイルバニア王国に伴うことにした。
「まぁ! でも、私は……」
昔気質なレティシィアは、王家の姫君であるララやロジーナやメリッサならいざ知らずと躊躇う。ショウはレティシィアを抱きしめて、外国を訪問するのは、書物や人から聞くだけでなく勉強になるよと口説く。
「それに、アイーシャはリリィが面倒を見てくれるし、レイラとも遊ぶから心配はいらないよ」
レティシィアも外国を自分の目で見て、その雰囲気を肌で感じてみたいのは山々だが、外交の場にショウの夫人として出るのに躊躇いを感じる。
ショウは、レティシィアが芸妓だったのを気にしているのだと察した。しかし、その件には触れず、第一夫人を目指しているなら、得難い経験になると説得した。
ララは、レティシィアが留守の間、アイーシャをレイラと一緒に面倒を見るのは快く引き受けたが、ロジーナと二人になるのかと心細くも感じていた。しかし、リリィがロジーナをどう説得したのか、悪阻がキツくない時はお茶を共にしたりして和やかな時間を持つ。
ショウの旗艦ブレイブス号の乗組員達は、サンズには慣れていたし、他の夫人や許嫁を乗せたことはあったが、レティシィアの美貌には思わず見惚れてしまった。
顔などの造作は王太子の夫人なのだから、全員が美しく整っていたし、王家の姫君としての振る舞いも優雅だったが、レティシィアのしなやかな動きには目が惹き寄せられるのだ。
ワンダーも挨拶しながら、思わず頬が赤らんでしまったが、船室にレティシィアがお付きの侍女と引き上げると、ぼぉっとしている士官達を叱りつけた。
我にかえったバージョン士官が、士官候補生達を怒鳴りつけ、乗組員達が出帆準備を慌ててするのを、ショウは苦笑して眺める。
「やはり、レティシィアは特別だなぁ」
見慣れているショウも、時々ハッとする程の美貌なので、恋に命を捧げるイルバニア王国の気質が、トラブルを引き起こさないかと少し不安になった。しかし、レティシィアが外国を見た時に何を感じるのかも興味があったし、一緒に旅をするのを楽しみにしていた。
『レティシィアは、私が護るよ』
サンズはショウの不安を感じ取ったが、竜が出てくるようなトラブルではないと肩を竦める。
なるべく不慣れな船旅を快適に過ごして貰おうと、ショウは帆に風を送り込む。ワンダー艦長は、パンと張った帆で、ショウが風の魔力を使っているのだと苦笑する。
ワンダーは、相変わらず凄い魔力だと感心する。ショウがレティシィアを、早くメーリングまで連れて行きたいのだろうと思った。
嵐にも遭わず、無事にメーリングに寄港した。
「まぁ! レイテに劣らぬ活気ですわね」
レティシィアがメーリングの港湾施設や、碇泊している商船を目を輝かして見ているので、ショウは連れて来て良かったと実感する。
「メーリングで休んで行こう!」
サンズでならユングフラウまでひとっ飛びだけど、レティシィアにメーリングをゆっくり見学させたかった。
タジン領事は、ショウとレティシィアの訪問に嬉しくて舞い上がってしまい、少し落ち着かせなくてはいけなかった。
「レティシィアや侍女は、不慣れな船旅で疲れているでしょう。部屋で少し休ませて遣りたいのです」
ショウもゆっくりとお風呂に浸かり、さっぱりしてからタジン領事に近頃のイルバニア王国の情勢を尋ねた。
「イルバニア王国の近海で、海賊船が出没している件は問題になってますね。竜騎士隊がパトロールを増やしましたし、沿岸の領主達も警戒を強めています。まだ、カザリア王国の北西部のような襲撃は受けてませんが……」
ショウは、リューデンハイムで大使館付きの竜騎士に、竜騎士育成システムの勉強をさせて欲しいとグレゴリウス国王に頼む為に訪問したのだが、時期が拙いかもと考えた。
「イルバニア王国の商船が、海賊に襲われたとかの報告はありますか?」
タジン領事は肩を竦めた。
「一応は商船隊を組んで、護衛船を付けてはいますが……まぁ、海軍からしてお粗末ですからねぇ。足の遅い商船を護衛するのは、かなり難しいでしょうね。全滅は免れていますが、荷を捨てたり、一隻や二隻を犠牲にして逃げたりと、海賊のやりたい放題にされてますね」
ショウはやはり海賊の補給基地になっているサリム王国と、マルタ公国をどうにかしないと話にならないなと溜め息をついた。
「竜騎士隊のパトロールは、どの程度の頻度で行われているのかな?」
タジン領事は、調査した資料と地図を出してきた。
「今は警戒していますが、こんなにパトロールをしていては疲労が溜まってくるでしょう。イルバニア王国の海岸線も長いですし、プリウス半島などはワインの産地も多いですから、海賊達には美味しいでしょうな」
狙い目はここらあたりですと、地図を指差すタジン領事に、東南諸島連合王国は海賊国家では無いと釘をさしたくなる。
「竜騎士育成学校を作りたいのだが、大使館付きの竜騎士にリューデンハイムで勉強させて欲しいと頼むのは、時期が悪いだろうか?」
タジン領事は少し考え込んだ。
「代わりに海軍で修行させてくれと、要求されますよ。それかイルバニア王国の沿岸をパトロールしてくれとか言われるかも」
アルジエ海は自国の商船の保護の為にパトロールしているが、イルバニア王国の沿岸は少し違うとショウは首を横に振った。
「イズマル島やウォンビン島などにも軍艦を派遣している。それに、開発する物資を運ぶ商船隊を護衛しているから、イルバニア王国の沿岸をパトロールする軍艦の余裕は無いな」
タジン領事は、ユングフラウでヌートン大使と話し合うことを勧めた。
「そうだなぁ、こちらが竜騎士育成システムを学ぶのに、何も見返りを出さない訳にもいかないだろう。何か大使と考えておかなければ……」
本当ならヌートン大使に外務大臣になってほしかったなぁと、ショウは溜め息をついた。しかし、エリカとウィリアムの婚姻まではカミラ夫人の助言が必要だし、バッカス外務大臣の軍事の感覚は外交官としてはずば抜けて優れている。
能力に問題は無いのだが、バッカス外務大臣が就任してから、父上が王宮を留守にする期間が延びた気がする。
「イズマル島の開発を監視して下さるのはありがたいけど、どうもバッカス外務大臣を避けているような……」
目を離すと何をしでかすかわからない自国の旺盛過ぎる商人気質なので、呑気な生活をしていた島民達が騙されたり、広大なイズマル島でプランテーションを経営する為にゴルチェ大陸から奴隷を買ってくるのを厳しく監視しなくてはいけないのだ。
ショウは埋め立て埠頭の工事が終わったナッシュに西海岸の総督、モリソン湾は商業基地としてラジックに、これから測量が必要な東海岸はカリンに管理をお願いする計画だった。
開発の方向を修正したチェンナイはハッサンに任せて、時々、ピップスに視察に行かせれば良いだろうと父上と話し合っていた。
「恋に命がけのイルバニア王国の国民気質も困るけど、商売に命がけの東南諸島連合王国の国民気質も厄介なんだよな。父上が目を光らせて下さるのはありがたいけど、レイテを避けておられるように感じちゃうんだ。フラナガン宰相の後は……」
ショウは、健康を取り戻し王宮に勤めているフラナガン元宰相だが、やはり年を感じていた。
留守がちの父上と、外交もする必要がある自分の為に、新しい宰相を任命しなくてはいけないのだが、能力的に一番相応しいバッカス外務大臣を宰相にするのが嫌で逃げている気がする。
「まさか父上は宰相不在のままで……」
ショウがあれこれと考えている間に、タジン領事はいそいそと宴会の準備をし始めた。
「ショウ様、支度ができました」
お湯を使って船旅の汚れを落としたレティシィアは、しっとりとした美貌に磨きがかかっていた。肌を見せない王族女性の冬の服を着ていても、しなやかな身体つきがわかる。
タジン領事は一瞬見惚れてしまい、慌てて宴会の準備をさせていますと、ショウとレティシィアが外出するのを引き止める。
「少しメーリングを見学して来るだけだよ。夕食の時間までには、帰ってくるから」
侍女だけを連れて出て行こうとするショウに、タジン領事は、護衛を! と騒ぐ。
「メーリングの街は、何回も行ってるよ~」
領事館を出て行こうとするショウの前に立って防ぐ無礼をしても、護衛を連れて行くように箴言する。
「王太子だけなら、是非にとまでは言いませんが、麗しい夫人を同伴されるなら必要です」
そんなにヘナチョコだと思われているのかと、ショウはげんなりしたが、メーリングの街で突き刺さるような視線を感じて納得した。
王子として育ったショウは、周りの視線に鈍感なところもあったが、眩しい程の美貌のレティシィアを連れて歩いてる自分への嫉妬には流石に気づく。
「港湾施設は明日にして、今日はバザールや商店を見て回ろう」
レティシィアは、レイテのバザールにも行ったことがあったが、メーリングのはイルバニア王国の品物も混在していて、見て歩くだけで楽しい。
レティシィアには場末のチャイ屋は似合わないと、高級商店街を抜けた辺りの高級ホテルでお茶をする。
「どうですか? メーリングの印象は?」
レティシィアはバザールの熱気や、寒い街角で売っていた焼き栗の香り、そしてイルバニア王国の人達の服装や、大勢の女の人が出歩いていると、少し興奮気味に話す。
「でも、バザールはレイテの方が活気がありますわ。それに、治安が良く無い印象です。ローラン王国の難民が影響しているのでしょうか……」
レティシィアは、バザールの街角で昼間なのに男に声を掛けている女に気づいた。それに色素の薄いローラン王国の難民崩れが、たむろしているのはバザールの雰囲気を悪くさせていた。
「治安の悪さは、港街だから仕方無いかも……ローラン王国の難民を、イズマル島の開拓農民として受け入れたいのだけど、他の自立農民との問題があるから難しいんだ」
優雅な高級ホテルの喫茶室で、お茶をしながらの話では無いなと、二人して笑う。
「ユングフラウ大学に、レティシィアも一緒に行ってみないか? レイテ大学に教授や講師を招聘するのはサリーム兄上に任せるつもりだけど、科学や医学などで新しい発明を試みている者を見つけたい。真珠の母貝の生態などを、研究している教授もいるかもしれない」
レティシィアはパッと顔を輝かせる。
「是非、連れて行って下さい!」
ショウの腕に手を置く仕草は魅惑的で、同じ喫茶室でお茶をしていた紳士達から唸り声があがる。
隣のテーブルでお茶をしている侍女と護衛は、会話の中味の色気の無さに呆れていたが、この昼間にメーリングの高級ホテルの喫茶室に居合わせたカップルの何組かは喧嘩する羽目になった。
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