第十一章 ショウの家族

第1話 賑やかな後宮

「アイーシャ、ほら転びますよ」


 レティシィアが後宮の庭を走り回るアイーシャを抱きかかえて、メッと叱った。緩いカーブの髪を二つに分けて括ったアイーシャは、ヴェルヌと遊んでるのにと不満そうに唇を尖らせる。


「ショウ様が甘やかすから、アイーシャは言うことを聞かないわ。早く、リリィ様に嫁いで来て貰わなくては……」


 レティシィアは愛しいアイーシャの手を引いて、ララの産んだ第二王女レイラと遊ばせようと部屋に向かった。


 二歳のアイーシャと一歳半のレイラは良い遊び相手だ。


「まぁ、此方にもメールが来ていたのね」


 やっと肩まで髪を伸ばしたレイラはメールに寄りかかって、摘んだ花で冠を作ろうと頑張っていた。


「うまくできない!」


 アイーシャに、ぐちゃぐちゃになった花冠を見せて半泣きになるり


「レイラ、私が手伝ってあげる」


 お姉さん風をふかしてアイーシャがレイラと花冠を作る世話を女官に任せて、レティシィアとララは微笑みながらお茶にする。


 ララはレティシィアとは仲も良くて、寛いで話せる。メリッサはパロマ大学だし、あとこの後宮に居るのはロジーナだった。


 レティシィアは、ララとロジーナがしっくりいって無いのは仕方ないと、溜め息を押し殺す。


 ララがサンズの交尾飛行で懐妊したと気づいたロジーナは、ショウが自分を選ばなかったことを恨みに思った。


 レティシィアは間に入って、ララの方が先に結婚したのだからと宥めたが、ロジーナのライバル心はめらめらと燃え上がったのだ。


「元々、第一夫人が目標のレティシィアやメリッサは問題外なのよ! ララがやはりライバルだわ!」


 懐妊中もつんけんしていたが、女の子だったので露骨にホッとした顔をした時から、二人の仲は修復不可能なまでにこじれた。 レティシィアは三人という人数が悪いのだと、ララとロジーナを交互に訪問するように気を使っていた。


 しかし、今日は少し展開が変わった。


「あら、レティシィア様もいらしていたのね」


 機嫌が良いロジーナは天使のように、二人のみならずアイーシャやレイラにも優しく接する。


 ララは唖然としていたが、レティシィアはピンときた。


 ショウの側近のピップスがシリンと絆を結んで一年経つ。サンズと交尾飛行をしたのだ。


 ロジーナの懐妊を知ったらララが落ち込むだろうと、レティシィアは素知らぬ顔でお茶を飲みながら案じた。


「アイーシャ、レイラ! 一緒に遊びましょう」


 スローンとパメラが遊びに来て、姪達と花冠を竜達の頭に飾ろうと騒ぐ。


 レティシィアはどうせ二週間もすればシリンが卵を産んでバレるのだと、この気持ちの良い午後を楽しむことにする。


 他の子竜も舞い降りて、花冠を被せて貰い得意そうな態度で皆を笑わせる。


『まぁ、ルディ! あなたったら首飾りも欲しいの?』


 パメラは笑い転げて、姪達と子竜達に首飾りを作ろうと花を摘みに行った。


 女の子達の賑やかな笑い声が後宮に満ち、後宮は一時の和やかな時間を持った。



 ショウは執務室で、ピップスと何となく気まずいなぁとお互いに顔を背けて溜め息をついた。


 士官になったピップスはシリンと絆を結び、故郷のゴルザ村に里帰りした。その時に幼なじみのユアンに惚れたピップスは結婚して、花嫁をレイテに連れて帰ったのだ。


 シリンは早く子竜が欲しかったが、絆を結んで身体が成熟するのを待って、昨日サンズとの交尾飛行をしたのだ。


「ショウ王太子様、そろそろ会議です」


 側近のバルデッシュが呼びに来て、ショウはピップスと会議に向かった。士官になったピップスは命を助けて貰った御礼にと、ショウの護衛官と側近の二役を兼任していた。


 バルデッシュは文官として優れていたが、機動性は無かったので王宮での勤務が専門だ。ピップスはショウが外国に行く場合の護衛と側近を勤め、レイテを留守に出来ない時の視察を代わりに行っていた。


 王太子の側近のピップスには、名家からの縁談もあったのだが、故郷の幼なじみユアンと結婚したのを、ショウは笑って許した。


 この二年で、色々と王宮にも変化があった。一番大きな変化は、フラナガンが宰相を辞したことだ。


 体調を崩して宰相の地位を返上したのだが、ショウにアンバーの珠が長く連なった首飾りを贈られて回復した。アスランは健康になったのなら、宰相を続けろと命じたが、そろそろ席を譲る時ですと曲げなかった。


 そのまま本当に引退したのなら、格好が良いのだが……


「ショウ王太子、遅いですぞ」


 会議室で待っていたフラナガン相談役に、さっさと会議を始めなさいと叱られる。宰相の地位は返上したが、やはり元気になるとアスラン王が留守なのが心配で、王宮に出て来たのだ。


 白い東南諸島連合王国の長衣の上に、ショウが贈った長いアンバーの首飾りを煌めかして、一応は引退した身だからと下座に座っている。


 ドーソン軍務大臣、ベスメル内務大臣、バッカス外務大臣は、煌めくアンバーの首飾りを贈ったショウに、苛立ちを隠せない視線を向けた。


 全員からの癒やしの魔力を込めた首飾りなど贈るから、フラナガンが引退しないではないか! 突き刺さる視線を、ショウは無視する。


 ショウは、父上は半分はイズマル島に行ったきりだし、自分も他の国との外交もあるので、留守番は必要だと考えている。


 それぞれ能力の高い大臣達だが、仲が凄く悪いのがショウの悩みだ。フラナガン相談役が癒着させないように、わざと仲を悪くさせているのではと、ショウは疑いながら各大臣からの報告を聞く。


「明日は、埋め立て埠頭の竣工式です。ショウ王太子にもお言葉を述べて頂きます」


 ベスメル内務大臣の言葉に、サリームとナッシュに任せっきりだったからと辞退するが、こんな時は一致団結して拒否をする。ベスメル内務大臣の長々しい式次第の説明を受けて、ショウは疲れてしまった。



「娘達に会いに行こう!」


 ショウは可愛い盛りのアイーシャとレイナを、目の中に入れても痛くないほど可愛いがっている。


 後宮には夫人達や子竜達も勢揃いしていたし、パメラも後宮には父上の夫人達しか居ないので、離宮の後宮で姪達と遊んでいた。


 ショウはパメラにスローンへの乗り方や、少し武術を教えたりしたが、竜騎士とはいえないのが少し不安に感じていた。


 埋め立て埠頭の工事が終わったので、サリームにはレイテ大学の創立を任せたいと考えていたが、竜騎士育成学校も必要だとショウは考えた。


「父上~! ヴェルヌに乗って良い?」


 綺麗な王女様なのに、アイーシャは活発だ。しかし、いくら娘に甘いショウでも、二歳の幼児を竜に乗せたりはしない。脚にしがみつくアイーシャを抱き上げて、駄目だと諭す。


「父上~! 抱っこ!」足元でせがむレイナも抱き上げて、夫人達の方へ向かった。


「兄上! 今度またシーガル様に会わせてね」


 パメラにもせがまれてるショウを、夫人達はくすくすと笑った。レティシィアはこの平穏はあと少しだけだと、目一杯楽しむことにする。


「アイーシャ、父上にお見せしなさい」


 花冠と首飾りをつけた子竜達が一列に並ぶと、アイーシャの歌に合わせてダンス擬きを始めた。親竜のサンズとマリオンもやってきて、子竜達のダンス擬きに目を細めた。


 ショウはアイーシャが竜騎士の素質を持っているのに気づいて、政略結婚の駒にされなければ良いがと、溜め息をついた。

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