第31話 初めての子ども

サリームとナッシュに連れられて、埋め立て埠頭の工場関係者との忘年会に参加したショウは、パロマ大学のフォード教授や研究員達と有意義な時間を過ごせた。


 ショウはレイテに大学を創設する時には、フォード教授に相談にのって貰う約束もとりつけたのだ。


 忘年会にはシーガルやアシェンドだけでなく、従兄のネイサンも参加していた。


「ショウ王太子、こちらで話していきませんか」


 シーガルに誘われて席につくと、アシェンドやネイサンに埋め立て地の地盤沈下についての議論に巻き込まれた。


「木の杭で地盤沈下が止めれるにしても、凄い工期の遅れになってしまう」


 フォード教授やサリームも加わって、地盤沈下と工期の遅れで議論が激しくなる。ショウは前世の記憶で、埋め立て地の地盤沈下は拙いだろうと、杭を打ち込んだ方が良いと考えた。


「竜を使えば、杭打ちは楽な筈です。王宮には何頭か居ますから、試してみましょう」


「竜かぁ、それなら工期も、さほど遅れないかもしれないな」


 サリームは工期が遅れると、出資者から配当の遅延に文句が出るのを気にしていたのだ。フォード教授と従兄のネイサン達がどの程度杭打ちが必要か、紙を出して計算しだしたので、ショウは王宮に帰ることにする。


「もう、産まれているかもしれない」


 焦るショウに、兄達はそうそう産まれたりしないと、既婚者らしく宥める。


「こんな時は側にいない方が良いのだ」


 ナッシュに言い切られて、ショウは呆れる。


「そんなぁ、私の子どもが産まれるのに……」


 馬を借りますと、急ぐショウにやれやれと従者を付けて帰すサリームだった。


「父上が心配される筈だ。ショウは今夜は眠れそうに無いなぁ。明日の新年の式典は大丈夫だろうか?」


 ナッシュは、父上は何回かすっぽかされたぐらいだから、寝不足ぐらい大丈夫だろうと宴会に帰った。サリームは初めての子どものバルデスが産まれた時を思い出し、どれほど心配したか苦笑したが、宴会で議論がまた激しくなったので止めに急いだ。



「ミヤ、もう産まれた?」


 離宮に着いたショウは、ミヤにまだまだですよと叱られる。


「そんなに暇なら、名前でも考えたらどうですか?」


 ミヤにまだ名前を考えて無いのを、見抜かれてしまった。夕食は食べてきたと断り、レティシィアの部屋の灯りを心配そうに眺めたが、名前を考える気持ちの余裕がない。


「なんで立ち合わせてくれないんだろう」


 ショウの出産イメージは、苦痛を和らげる為に腰をさすったりしては、妻にそこじゃない! とか怒鳴りつけられながら、一緒に乗り越える立ち会い出産だった。


 せめて近くにいたいと、レティシィアの部屋の前まで行ったが、女官に見つかり、ミヤにうろうろしないで下さいと追い返された。


『名前なんて、考えられないよ』


 精神的に落ち着かない時は竜頼みになる。


 子竜を寝かしつけたサンズは、初めての出産でナーバスになっているショウを宥める。


『名前は大事だよ、私も卵を温めながら考えたもの』


 あんなに長い間あった妊娠期間に、考えて無かったのかと呆れられる。


『だって、人間には性別があるから……』


 言い訳をしても仕方ないと、男と女の名前を考える。子育て中のサンズは眠そうなので、竜舍から帰りながら、ぶつぶつと名前を口にだす。


『ルミエ、マリア……駄目だ! 決まらないよ~』


 もしかしたら、こちらの世界でも命名辞典とかあるかもと、王宮の図書室に急ぐ。自分でも泥縄だと苦笑して、燭台を持ってうろうろするが、どうも見つからない。


 諦めて離宮に帰ると、紙に名前を思いつくまま書いていく。 


「レティシィアに、名前ぐらい考えて下さいと言われていたのに……」


 何個書いても、どれにすれば良いのか決めかねる。


「名前に意味を持たせたいなんて、贅沢を言ってる場合じゃないよ……」


 苛つくショウを見かねて、側仕え達は侍従に風呂の用意をさせる。


「ショウ王太子、明日は新年の式典がありますから、お風呂に入って休んで下さい」


 新年の挨拶を受ける心情では無かったが、風呂に無理やり押し込められる。


「何でだろう……女の子の名前しか考えられない」


 ぽちゃんと両手でお湯をすくって、レティシィアにゆかりのある名前にしたいと思いつく。ザバ~ンと、お湯から勢いよく立ち上がったショウに、侍従達は慌ててタオルを差し出した。


 側仕え達は何か思いつかれたのだと気づき、後は放置しても大丈夫だろうと考えた。


 ザッと水気を拭くと、寝巻きに着替えてショウは紙に『レティシィア』と書いてみてる。


「レティシィアの表音文字を考えてみよう! 音だけでなく、綺麗で賢くて稟とした彼女を表す文字にしたい。麗しい、貞節、沙、亜……麗貞沙亜」


 ショウは、沙の文字のついた女の子の名前が可愛いと思った。


「沙がつく名前、愛沙! アイーシャ」


 女の子の名前は考えたが、男の子はどうも思いつかない。


「レティシィアに似た綺麗な女の子しか、想像できないからかなぁ~」


 酷い父親だと思ったが、男の子なら思いついた名前でも良いかと放棄する。ショウは庭に出て、レティシィアの部屋の灯りを眺めて溜め息をつく。



 ミヤはまだ産まれそうに無いので、ショウが気になって離宮に向かった。ショウが庭で、ぼんやりと灯りを眺めているのを見つける。


「ショウ、貴方には貴方の仕事があります。明日は王族や重臣達が新年の挨拶に来るのですよ。王太子になって初めての年賀ですから、シャンとして下さい」


 ショウも灯りを眺めていても無意味なのは承知していたが、自分だけ寝る気分にはなれなかったのだ。


「いつ頃、産まれるのだろう?」


「赤ちゃんは、満ち潮に産まれることが多いですわ。明け方には産まれるでしょう」


 言っても寝そうにないと、ミヤはお茶をいれてやる。


「産まれたら、教えて下さい」


 わかったわと、ミヤはレティシィアの部屋に戻った。



 お茶を飲みながら、どうせ寝れないのならと、溜まっていた仕事や手紙を書く。


 アレクセイからはお祝いの手紙への返事が来たし、それと一緒にミーシャからもラブレターが届いていた。


 何となくレティシィアが出産で苦しんでいる時に、ミーシャやエスメラルダやミミには手紙は書き難かったので、アレクセイや、ウィリアムに返事を書いた。


「ウィリアム王子とエリカが来るなら、この時期かな……」


 スケジュールを調整したり、レイテに大学を創る計画などを具体的に考える。


 夜が明けて、新年の太陽が昇り始めた時、レティシィアは女の子を出産した。


 ミヤに呼びに来られて、ショウはレティシィアの部屋に急ぐ。


「レティシィア! よく産んでくれたね」


 走り込んできたショウに、レティシィアは微笑んで腕の中の赤ちゃんを見せる。


「ショウ様、女の子でしたのよ」


 小さな赤ちゃんは、頼りなく見えた。


「こんなに小さいの?」


 レティシィアは、新米パパに赤ちゃんを渡した。


「名前は考えて下さいましたか?」


 ショウは恐々と赤ちゃんを抱っこすると、うっとりと眺める。抱き方が悪いのか、赤ちゃんはむずかって目を開けた。


 まだ汚い物を見たことのない純粋な澄んだ瞳に、ショウはうっとりとする。


「アイーシャ、私の最愛の娘……」


「アイーシャ、綺麗な名前だわ」 


 レティシィアは何度もアイーシャと呟いて、赤ちゃんに頬ずりするショウを眺めて、幸せだと微笑んだ。


 ミヤは、東南諸島の男は娘に甘いのは伝統だが、アスランの王女のように竜姫と怖れられないように厳しく教育しなければと考えて、それはリリィの仕事だと苦笑した。


「さっさと朝食を取って、新年の式典の為にお着替え下さい」


 産後のレティシィアには休養が必要だと、ショウを追い出す。


「レティシィア、後でまた来るよ」


 赤ちゃんをレティシィアの腕に返して、頬にキスをするとショウは出て行った。


「ミヤ様、女の子で良かったですわ」


 王太子の跡取りの王子を産めなかったのを詫びた後で、レティシィアは尊敬する第一夫人のミヤに本音を漏らした。


「貴女の子供なら、男の子でも賢かったでしょう。少し残念だわ」


 懐妊中のララの祖母としてではなく、アスラン王の第一夫人としてミヤは応えたが、確かにレティシィアが他の人の第一夫人として去って行くのなら、女の子の方が安心だろうと頷いた。


「それにしてもアイーシャは、整った顔をしてますね。美人になるのは、貴女とショウの子供なので、わかりきってますが、赤ちゃんの時から可愛いわ」


 ミヤは、ショウの赤ちゃんの頃の話をレティシィアに教えてやった。


「まぁ、ショウ様ったら、赤ちゃんの頃からモテモテだったのですね」


 ころころと笑うレティシィアから、アイーシャを受け取ると、ミヤは少し休みなさいと乳母に手渡した。レティシィアは、後宮の夫人は赤ちゃんにお乳をやれない規則だと、懐妊中から聞かされてはいたが少し辛く思う。


「非情に聞こえるでしょうが、王太子のショウには沢山の子供が必要なのです」


 レティシィアも理解してはいたが、枕に一粒涙をこぼした。


「ショウ様には、聞かせられませんね……」 


 赤ちゃんを取り上げられて悲しい筈なのに、気丈に微笑んでショウを心配するレティシィアを、貴女なら立派な第一夫人になれますよとミヤは励ました。


 甘いショウならレティシィアに赤ちゃんを育てさせるようにと主張するだろうが、次の赤ちゃんを産むのが後宮の夫人の役目なのだ。授乳期間は懐妊しない。それでなくとも風の魔力持ちのショウは子供の数が不足しそうなので、ややこしい後宮の事情を知らせる必要は無いと判断する。



 ショウは、先ず騎竜のサンズに報告した。


『赤ちゃんが産まれたんだ! アイーシャと名付けたよ!』


 子竜達が餌を食べるのを見守っていたサンズは、ショウにも子供ができたのを祝福する。


『アイーシャかぁ、会いたいなぁ』


『まだ本当に小さちゃくて、ぐにょぐにょなんだ。でも、目はとても澄んでいて、綺麗なんだよ』


 もう少し大きくならないと、抱っこするのも怖いとショウは笑った。


「ショウ王太子、朝食を食べて着替えませんと」


 後宮で何人の子供が産まれようと、王や王太子が公表しないうちは秘密にされるのが王宮の規則だ。


 後継者争いや、政略結婚を臣下達に口出しさせない為の規則だが、ほぼ全員が王女の誕生を知っていた。


 侍従達も知っていたが、口にはしないで朝食のサービスや、お風呂の用意をする。ショウはさっと朝食を食べると、侍従達にお風呂に押し込まれた。


「早くしないと、式典が始まります」


 側仕えに急がされて、竜湶香の焚きしめられた礼装に着替える。


「この裳裾は廃止したいなぁ」


 王宮までずるずる引き摺るのは嫌なので、片手に掛けて早足で急いだ。



 フラナガン宰相に眠っている所に押し込まれたアスランは、とっくに礼装に着替えて、謁見の間の王座に座っていた。


「新年、おめでとうございます」


 謁見の間に入る前に裳裾をおろして、優雅に父上の前まで進み出て挨拶をする。


「遅い! お前待ちだぞ!」


 起こさなければ、式典をサボる気だったくせにと、フラナガン宰相は内心で苦笑したが、王座についたアスラン王の威勢に惚れ惚れする。王座の一段下に立つショウ王太子も、父親になった喜びからか、いつもより、何割も立派に見える。


 満足そうに微笑むと、先ずはフラナガン宰相から新年の挨拶をして、次々と王族や重臣達を呼び入れた。この式典に出席した人々は、威厳あるアスラン王と、凛々しいショウ王太子に感銘を受けて帰宅した。

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