第30話 メリッサ!

 ララはソッとお腹に手をあてて、ふっと溜め息をついた。


「ご懐妊ですね、おめでとうございます」


 多分、懐妊したのではと思っていたが、侍医の言葉で確実になり、幸福感がこみ上げてくる。


「ショウ様……」


 ララは、夜更けに帰国した夜を思い出して、ポッと頬を染める。


 ショウには自分から告げたいと侍医に口止めしたが、ララはきっと知っているのではと微笑んだ。その夜はショウはララとゆっくりと過ごして、懐妊のお祝いをした。


 執務室で、ショウは日程表と睨めっこして、深い溜め息をついた。もうすぐ出産のレティシィアと、懐妊がはっきりしたばかりのララと、二人に先を越されてナーバスなロジーナで、私生活はいっぱいいっぱいだ。


「メリッサと新婚旅行は……無理だな」


 仕事のスケジュールもビッシリだが、ショウは父上の真似ではないが、緊急性の無い物は、すっとばしても良いと思うようになっていた。


 フラナガン宰相達を信用していたのもあるが、ドーソン軍務大臣、ベスメル内務大臣は、細かくてキチンとしなければ気が済まない性格なので、放置しても直ぐには問題が起こらないと考えたのだ。


 しかし、サンズも雛竜から離れないし、レティシィアはいつ出産かもわからないので、レイテから離れるのは無理だと溜め息をつく。


「メリッサとの新婚旅行は、夏休みにしようかな……」


 そう思ったが、エスメラルダやミーシャを訪問しなくてはいけないのだ。


 ミーシャはルドルフ国王がもう少し手元に置いておきたいと、結婚は十七歳になってからになった。数年の猶予期間があるが、放置するわけにはいかないのでケイロンに訪問しなくてはいけない。


 エスメラルダも同じだが、一度レイテを見てみたいと手紙を貰っていたので、カレンダーと睨めっこする。


「エスメラルダは巫女姫としての祭事があるから、夏至祭は抜けられないよな。父上もメリルが雛竜から離れたら、一度イズマル島へ行かれるだろうし……」


 フラナガン宰相の精神安定を考えると、二人とも留守は拙いだろうと、ショウは王宮を抜けだすスケジュールを真剣に考えていた。


「ええっとララの出産は……八月から九月か。七月なら、どうにか時間が取れそうだな……」


 パロマ大学の夏休みにメリッサと何処かへ行こうかと考えていると、アスランが顔を出した。


「ショウ、グラナダ号がレイテに到着したぞ。メリッサを迎えに行ったらどうだ」


 相変わらず何処へ行っていたのかと、ショウは溜め息をついたが、新婚旅行を約束したのだけど行けそうにないので、出迎えぐらいはチャンとしようと思った。



「メリッサ! その制服は見習い竜騎士のだね、合格おめでとう!」


 十二月に見習い竜騎士の試験を受けるとは聞いていたが、紺色に金モールの付いた制服姿のメリッサは、スタイルの良さが引き立っていた。


「ショウ様には手紙を書いたのですが、私の方が先に着いたみたいですね」


 メルトにも挨拶をしたが、結婚式の為に呼び返されたのが不満そうで、唸っているだけだ。


「ねぇ、ペイジには悪いけど、サンズに一緒に乗らないか?」


 メリッサも久しぶりにショウと一緒にいたいので、ペイジには後に付いて来てもらうことにした。


「あら? ショウ様、何処へ?」


 ショウはレイテを離れられないが、数日だけでもメリッサと新婚旅行気分を味わいたいと思ったのだ。


「ラシンドさんの屋敷に行こう! 母上にメリッサを紹介したいし、ラシンドさんに頼みもあるんだ」


 メリッサは突然に訪問して宜しいのでしょうか? と質問したが、大丈夫だよとショウは気楽な返事を返した。




「ショウ王太子! ようこそお越し下さいました」


 二頭の竜の訪問に驚いたラシンドだが、ショウがメリッサをサンズから抱きおろしたのを見て、ルビィに挨拶に来たのだと察した。


 ルビィは、美人な上に竜騎士だというメリッサに驚いたが、そう言えばと思い出した。


「ちょうど、リリィが宿下がりしてますのよ。メリッサ様とは話が合うと思いますわ」


 リリィとメリッサが和気藹々と話している間に、ショウはラシンドに頼み事をして、笑いながら許可を貰った。


「そろそろ、メルト伯父上も屋敷に帰られるだろう」


 リリィと話が盛り上がっていたメリッサを連れて、屋敷に送り届けた。


「リリィ様は、ラビータ様から色々と教えて貰っているの。でも、パロマ大学で習った経済学にも興味を持たれたわ」


 ショウは、レティシィアも大学で学びたいと言っていたと、レイテ大学の創立も考えなくてはと改めて考える。


「メリッサ、レイテに来てくれそうな教授や、講師はいないだろうか?」


 パロマ大学に留学している文官達にも、新たな大学で教鞭をとってくれる教授を探して貰っていたが、メリッサにも聞きたかった。


 メルトがグラナダ号から補給物資などの手配をキラー副艦長に任せて帰宅した時に、二人はサロンで色気のない話題で盛り上がっていた。


 結婚間近の会話では無いだろうと、メルトはどうも甥のショウの気持ちは理解できないなと、溜め息をついた。


 その上、挙式して一週間ほどでニューパロマに送って行けだなんて! メリッサを甘やかして大学を続けさせるとは、何を考えているのやら。昔ながらの結婚制度とはかけ離れていると、メルトは疑問に思ったが、結婚後は夫であるショウの考え次第だと諦める。



 メリッサとの結婚式は、メルトが赤い伝統的な花嫁衣装を身につけた花嫁を離宮に連れてきて、ショウに手渡して帰って行くというシンプルなものだった。


 夕暮れの海岸で、二人は海の女神と風の神に捧げ物をして、結婚式は終わった。


 ショウはメリッサの部屋で夕食を食べると、こっそりと竜舍へ向かった。


『ショウ、行ってらっしゃい』


 サンズは少しの間、ショウと離れるのをちょっと寂しく感じたが、呼ばれたら行ける距離なので、雛竜達の世話を優先した。


 メリッサのパートナーのペイジで、ラシンドの別荘へ向かい、プチ新婚旅行を過ごす。


「ショウ様……とても素敵な屋敷ですわね」


 レイテの裏手になり、断崖に建つ別荘は風が吹き抜けていた。


「メリッサ、ごめん……」


 新婚旅行に連れて行くと約束したのにと、ショウは謝ろうとしたが、キスで口を塞がれた。


 赤い花嫁衣装を着たメリッサを抱き上げて、風でカーテンが揺れているベッドに運んだ。 



「もっと、ゆっくりしたいけど……」


 ショウとメリッサは、ラシンドの別荘で寛いで過ごしていた。甘い新婚旅行気分をほんの少し味わって、余計に未練が残るショウだが、年末年始には色々と公務がある。


 メリッサもショウを独占したいと思ったが、パロマ大学の冬休みが終わるまでには、ニューパロマに帰らなくてはいけない。結婚後も大学に通う我が儘を通してくれたショウの為にも、しっかりと学ばなくてはとメリッサは考えていた。


「メリッサ、ウェスティンはどうするの?」


 見習い竜騎士になったのだし、辞めても良いとショウは考えていた。


「少し考えているの……見習い竜騎士になったら、他の方はそれぞれの部署で実習をしながら、大学で学んだりしているわ」


「でも、メリッサには国務省とかで実習はさせてくれないだろう、まして外務省などは……」


 少し残念そうにメリッサは頷いた。


「そうね、外国人の私を、官僚の見習いとして受け入れてはくれないわね。かといって竜騎士隊に入隊するつもりもないし……ウェスティンは卒業した方が良さそうだわ」


 ショウは東南諸島連合王国にも竜騎士の育成システムが必要だと溜め息をつく。


「レイテに、大学と竜騎士の学校を作らないとね! 外国の大学や、竜騎士の学校に留学するのも良い経験だけど、自国に無いのは問題だよ」


 メリッサは、ショウもまだパロマ大学で学んでいる大学生と同年代か年下なのだと気づいた。


「ショウ様……もしかして……」


 ショウはメリッサを抱きしめて、そんな贅沢は許されて無いよと笑った。


 ショウは、子供も産まれる! しっかりしなきゃ! と気を引き締める。


 でも、自分の子供達には、存分に学びたいだけ学ばせてやりたいとショウは考えた。


 折角の新婚旅行なのだからと、二人で最後に海水浴をして、離宮へと帰った。



 メリッサはレティシィアとも意気投合して、真珠の養殖の為に貝の生態などを調べる約束を交わしたり、交易の最新情報を交換して過ごした。


 ララは悪阻で気分が悪いので、メリッサの歓迎会には参加しなかったが、ロジーナは強敵がもうすぐニューパロマに去るのだと耐えていた。


「ニューパロマは寒いでしょうから、風邪をひかないようにね」


 ロジーナは、肺炎にでもなったら、良いのに! と罵りながらも、にっこりと微笑む。


「まぁ、ロジーナありがとう。ショウ様とまたニューパロマにいらしてね」


 メリッサは、今度は、パートナーを譲らないわよ! と、前のニューパロマ滞在中の恨みを込めながら、笑う。


「あら、少しお腹が……」


 二人の水面下の火花に気づいたレティシィアは、お腹が痛いふりをして気を逸らした。


「大丈夫ですか? ぼんやりしないで、侍医を呼んで来なさい!」


 メリッサがきびきびと自分付きの女官に指示する。


「なによ、新参者なのに……ほら、さっさと侍医を呼んで来るのよ!」


 ロジーナも負けてならものかと、自分付きの女官に指示をだす。


 二人の付きの女官は、あたふたする。レティシィアは侍医など呼ばなくてもと断ったが、段々とふりでは済まされない痛みに襲われた。


「まぁ、年末年始の忙しい時に、産まれるつもりなのね……」


 お腹をさすりながら、レティシィアは無事に産まれてくれることだけを祈った。



 来年の予算を各部署に告げていたショウは、慌てて離宮に帰ったが、レティシィアにきっぱりと産屋への立ち入りは拒否された。


「侍医によると、新年まで産まれそうにありませんわ。ショウ様は会議にお戻り下さい」


 うんうん唸っているのではとショウは駆けつけたのに、まだまだ産まれませんと、落ち着いたレティシィアに叱られてしまった。


「でも、私の子供なのに……」


「絶対に産屋には、入って欲しく有りませんわ。産むことに集中したいのです」


 ミヤにも、男の人に彷徨いて貰いたくないと叱られる。


「レティシィアも嫌がっていますし、男なんかにうろうろされたら迷惑だわ」



 レティシィアの部屋から追い出されたショウは、会議室に戻った。


「私の子供が産まれる!」


 心ここにあらずのショウだが、予算は既に決まっていたので、各部署の責任者に告げていくだけだ。


 フラナガン宰相は、アスラン王など、いつ子供が産まれたのかも知らない風だったのにと、近頃の若い者はと溜め息を押し殺した。


 アスランは、レティシィアが産屋に入らせないのに安堵したが、棒読みのショウに呆れて、やはりヘッポコだと苦笑した。


 長々と予算を読み上げるのが終わると、各部署の責任者がお辞儀をしている間に、ショウはパッと立ち上がり走り去った。呆気にとられたアスランとフラナガンは、やれやれと肩を竦めた。


「明日の新年の式典には、ショウ王太子は出席されるのでしょうか?」


 アスランも、できたら重臣達の挨拶などサボリたい気分だ。


「なんの為の王太子なのだ、ミヤに産屋から追い出されたのだから、式典ぐらいは出席できるだろう」


 フラナガン宰相はアスラン王も当然出席して貰うつもりなので、朝一番に寝室に押しかけようと早寝することにした。




「やっと会議が終わった! レティシィアは?」


 離宮に駆け帰ったショウに、ミヤは初産はそんなに簡単に終わりませんと叱りつけた。


「それより、メリッサをグラナダ号に送って行かないと」


 ショウは、今日だったかと、メリッサの部屋に急いだ。


「こんな夕方に、出航しなくても……」


 気もそぞろのショウに、ペイジと飛んで行きますからとメリッサは見送りを断ったが、明日まで産まれないと言われたとショウはグラナダ号まで一緒に行く。


 メルトは、さっさとメリッサをニューパロマに送ったら、イズマル島まで航海して測量をしたいと、新年まで待てば良いのにと言うショウをさっさと下艦させた。


 サンズで来てなかったので、小舟に乗ったショウは、グラナダ号の甲板を見上げる。


「メリッサ! 夏休みには絶対に新婚旅行に連れて行くよ!」


 メルトは、私的なことを大声で叫ぶショウに呆れ返った。


「ショウ様! 約束よ!」


 叫び返すメリッサを叱りつけようとしたが、王太子妃なのだと思い、我慢する。


 キラー副官は、メルト艦長のこめかみの血管が青く浮き出ているので、サッサと出航しろ! と士官達を怒鳴りつけ、士官候補生、乗組員とどんどん命令が下っていき、グラナダ号はレイテ港から出航した。


 小舟から港に飛び移ったショウは、王宮にどうやって帰ろうかと立ち尽くしたが、埋め立て埠頭の工事関係者との年越し宴会をしようとしていたサリームとナッシュに捕まってしまった。


「子供が産まれるのです~」


 ショウは抵抗したが、お前が産むわけじゃ無いだろうと、宴会へ引きずられて行った。

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