第29話 さよならシェパード大使

『こら! ヴェルヌ、メールの餌まで食べては駄目だよ!』


 サンズは雛竜の世話に忙しい。メールは孵る時に心配したが、順調に発育している。


 しかし、メールはどうもおっとりとしていて、せっかちのヴェルヌの方が餌を食べるのも早い。竜舎の係りは可愛い雛竜にでれでれなので、ヴェルヌに餌のお代わりを与える。  


『ヴェルヌの方が沢山食べているのに、メールと同じ大きさだねぇ』


 ショウは不思議に思ってサンズに尋ねる。


『メールも同じ量を食べてるもの。ほら、メールもお代わりしたよ』


 メールは、何事もゆっくり確実にしていく。ヴェルヌの餌の容器には食べ残しもあるが、メールのはピカピカだ。


『雛竜の時から、性格が違うんだね』


 ショウはサンズと一緒にいつまでも可愛い雛竜達を眺めていたいが、公私共に忙しい。


 王宮へと向かう道で、真白が肩に舞い降りた。


『ショウ? どこか行かないのか?』


 真白は、姉妹のマルゴとメルローがお見合いした若鷹とカップルになって、いちゃいちゃしているので退屈なのだ。


『真白は、お見合い相手が気に入らなかったの? 昼からはレイテ湾に視察に行くけど……』


 サンズは雛竜達に付きっきりなので、馬で行く予定だ。


『なら、一緒に行く!』


 かなり退屈しているなぁと、木の枝に飛び移った真白に『後で!』と手を振って歩いていると、鷹匠に捕まった。


「ショウ王太子、真白は何か言ってましたか? あんなに可愛い雌鷹なのに……どういう雌鷹が好みだとか、話してませんでしたか?」


 肩に止まった真白が、ショウと恋話でもしたのではないかと、鷹匠は真剣に尋ねる。


「さぁ、退屈しているみたいだね。昼からレイテ湾の視察について来ると言ってたよ」


「ではその時に、雌鷹の好みを聞いてくれませんか?」


 なんで忙しい自分が、真白の好みなどをと思ったが、承知するまでは王宮に行けそうにないので、聞いてみると返事をして先を急ぐ。



「ショウ王太子~! メリルは離宮の竜舎ですか……アスラン王は……いずこに……」


 はあはあと息切れしながら、王宮の竜舎の方からフラナガン宰相が走ってきた。


「無理しないで下さい。父上は、少し出かけたのだと思います。しかし、メリルは雛竜達の側を長いことは離れたがらないから、すぐに帰ってきますよ」


 そんなのあてにならないとフラナガン宰相は、ショウだけでも確保しようと執務室までついて来た。


「私は逃げたりしませんよ。サンズは雛竜達の側から当分は離れませんから」


 侍従にお茶を持って来させて、二人で今日のスケジュールを話し合う。フラナガン宰相は、ショウに色々なニュースを伝えた。


「そういえば、ローラン王国のアリエナ妃が王子を出産されましたよ。ニコライ王子と命名されました。アレクセイ皇太子は大層お喜びでしょう」


 ショウは秋に懐妊中のアリエナと会っていたので、無事に出産したと聞いて喜んだ。


「何かお祝いをしなくてはいけませんね。アレクセイ皇太子に、お祝いの手紙を書かなくては……」


 ミーシャにも手紙を書くのを忘れないようにしようと、メモを取る。


「ルドルフ国王にも、お祝いの手紙が必要ですよ。まぁ、此方は形式にのっとった下書きを作成させますから、それを清書して下されば結構です」


 本来はアスラン王に書いて貰いたいとフラナガン宰相は考えたが、絶対に無理そうなので微笑んでショウに任せる。


「イルバニア王国のリリアナ妃もご懐妊だとか、此方もおめでたいですねぇ。カザリア王国のスチュワート皇太子御夫妻にも、そのうちご懐妊になるのでは……」


 ショウは竜の交尾飛行を思い出し、少し気恥ずかしくて頬を染めて頷いた。


「こちらは、出産されてからの方が良いだろう。あっ、ウィリアム王子にはサンズが双子竜を産んだことを知らせてあげなくては……」


 ショウは初めは素直にアリエナの王子出産や、リリアナの懐妊を喜んで聞いていたが、フラナガン宰相が何を考えているのか察して困惑する。


 もしかして、まだ、産まれてない子供の縁談? ショウが戸惑っている間に、フラナガン宰相が次々とスケジュールを読み上げる。


 その過密スケジュールにショウは、抗議する。


「えっ! 昼からはレイテ湾の視察に行く予定ですが……」


 フラナガン宰相はにっこりと微笑む。


「そうですねぇ、では頑張って頂かないと。それとカザリア王国のシェパード大使が、新任のクラウド大使の着任を認証して貰う為に王宮へ来られます」


 ショウは父上が大使着任の儀式めいた挨拶を嫌がって、王宮を逃げ出したのだと察した。


「シェパード大使とはターシュの件で、何回も会ったから少し寂しいですね。ああっ! カイトはスローンの父竜なのに、メリルは会わなくて良いのかな?」


 フラナガン宰相は竜にはあまり興味が無かったが、アスラン王が帰ってくるかもと期待した。しかし、メリルは発情期以外は素っ気なく、アスラン王は帰ってこなかった。


「シェパード大使、長年の駐在大使お疲れ様でした。クラウド大使、東南諸島連合王国は大使の赴任をお祝いします。エドアルド国王陛下からの書状を、確かに受け取りました。両国の友好関係を築き上げるのに、ご協力下さい」


 新任のクラウド大使は先ずはエドアルド国王からの任命書を、ショウに渡した後で、別に親書をアスラン王にと託した。


 シェパード前大使は、新任のクラウド大使はまだわかっていないと、説明不足だったのを反省する。アスラン王に渡しても無駄だ。ショウ王太子かフラナガン宰相に、アスラン王の代わりに読んで貰うように頼まないといけないのだ。


 この親書は、当分の間、アスラン王の机の上で放置されるだろう。


「エドアルド国王から、ターシュの若鷹達の様子を報告するようにと厳命を受けております。若鷹達に会わせて頂けますか?」


 シェパード元大使は相変わらず鷹馬鹿のエドアルド国王に溜め息が出そうになる。


 カザリア王国北西部に造船所を建設する件や、貿易赤字の件、海賊の討伐、話し合うことは山積みなのだ。そう考えながらも、帰国したらエドアルド国王から質問責めにあうのは明らかなので、シェパード前大使は一緒に通い慣れた鷹舍へと向かう。


『ショウ! もう出かけるのか?』


 優雅な白い鷹がショウの肩に止まるのを、シェパード前大使とクラウド大使は感嘆して眺める。


『いや、まだなんだ』


 真白は残念そうに、木の枝に飛び移った。


「クラウド大使、あれが真白です」


 シェパード前大使の説明で、賞賛してクラウド大使は頷いた。


「見事な若鷹ですなぁ、他の若鷹は?」


 ショウは、鷹匠にマルゴとメルローの居場所を聞く。


「さぁ、マルゴとメルローはデート中ですから、邪魔しないでやって下さい」


 シェパード前大使は、デート中! と驚きの声をあげた。得意気な鷹匠に苛ついたが、外交官としての自制心で相手の若鷹を見たいと頼む。


「頼まれても、どこにいるのか私も知らないのです。夕方には帰ってきますよ」


 ショウは二人が鷹舍の前に居座ったら嫌なので、真白に頼んでみる。


『真白、マルゴとメルローを呼んでよ』


 真白も鷹舍の前でうるさくされるのは御免なので、姉妹を呼ぶ。『ピィイィ~』と何回か呼ぶと、二組のカップルが仲良く飛んできた。


「最後に、側で見たいですね~」


 やれやれとショウは鷹匠から皮の籠手を貰って『マルゴ』と呼ぶ。手に止まったマルゴは金色の羽根を煌めかして、ツンとおすまししている。


「マルゴちゃん、ほら兎だよ~」


 鷹匠から兎肉を貰うと、マルゴは木の枝に止まっている立派な若鷹の横に飛んで行き、二羽で仲良く啄む。


「おお! マルゴちゃんと青嵐は仲良しだなぁ」


 確かに青嵐は真白より一回り大きくて、黒みがかった茶色の立派な若鷹だ。


「青嵐は、アスラン王の新しい愛鷹なのですよ。ほら、立派な骨格でしょう!」


 カザリア王国の新旧大使は、鷹匠の自慢に舌打ちしたくなったが、確かに青嵐はアスラン王の愛鷹に相応しい強さと美しさがあると認めた。


「メルローとも挨拶しておきたいのです」


 シェパード元大使にはターシュの件で迷惑をかけたので、ショウは『メルロー』を呼ぶ。


「メルローは、なんともいえない愛らしい鷹でしょう? ほら、お腹は真っ白で、目の周りにも白い縁取りがある。いや、マルゴちゃんも美人さんだよ」


 鷹に気を使う半分でも、人間に気を使って欲しいと、ショウは溜め息をつく。


 マルゴも兎肉を貰うと、木の枝で待っている純白の鷹の横に飛んでいった。


「あれ? 真白に似てますね」


 鷹匠は得意満面で血統から説明しだしたが、ショウは途中で止めて名前を聞く。


「あの子は、白雪の親がいた島で見つけて来たのです。銀羽根と呼んでいますが、未だ調教不足なんですよ」


 銀羽根は下に沢山の人がいるのが気にいらないと、飛び立った。メルローは兎肉を持ってついていく。


「メルロー、夕方までには帰って来いよ~」


 ショウは仲良く兎肉を食べてる青嵐や、飛び去った銀羽根は真白より大きい気がした。


「もしかして、真白は未だ幼いのかも……」


 鷹匠も、二羽の雄鷹に比べるとひとまわり小さいと頷く。


「雛の頃から、マルゴやメルローの方がおしゃまさんだったなぁ~! そうか、真白はこれからまだまだ大きくなるんだねぇ」


 ご機嫌な鷹匠を、シェパード前大使は苦い気持ちで眺める。エドアルド国王が、マルゴとメルローがつがいになったと知ったら、荒れそうだ。


「鷹匠さん、ターシュと白雪に会いに、ニューパロマに遊びに来ませんか?」


 こうなったら無礼だろうが鷹匠をニューパロマに連れて帰って、白雪が卵を産む世話をして貰おうと、シェパード元大使はスカウトする。


「白雪……寒いニューパロマで、風邪でもひいてないだろうかぁ……白花ちゃん、クレセントちゃん……ちゃんと餌を貰ってるかい?」


 ショウは、父上の留守に鷹匠を連れ去られたら大変だと、冷や汗をかく。


「マルゴとメルローは、そろそろ卵を産むかもしれませんよ。青嵐は王宮育ちだけど、銀羽根はメルローと島に帰ってしまうかも……」


 ハッと鷹匠は我に返り、紙の切れ端に白雪の好物などを書き記して、ニューパロマの鷹匠にちゃんと面倒をみさせろ! と渡した。クラウド大使はその無礼な態度にカチンときたが、シェパード前大使はちゃんと伝えますと、紙を丁寧にポケットにしまった。


「ショウ王太子、ニューパロマにお越しの節は、真白を連れて来て下さい。ターシュや白雪が喜ぶでしょう」


 最後まで鷹のことだったなぁと、ショウはユリアン・フォン・シェパードを見送った。 

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