第28話 サンズの子竜

『二つも卵を産むとは! よくやったな』 


 卵を生み終えて少し落ち着いたので、メリルは少しだけアスランを竜舎に入れてくれた。誇らしそうなサンズと、心配してぐったりしているショウを見比べて、やっぱりヘッポコだと笑う。


「お前が産んだわけでも無いのに、何を疲れているんだ。これからサンズは二週間も卵を温めるのだから、キチンと世話をしろよ」


 アスランは、サンズが絆の竜騎士であるショウ以外の人間は、いて欲しくないのを察して竜舎を後にした。それからショウはメリルに諸注意をいっぱいされて、まるで口うるさい姑に仕える嫁の気分になる。


「ぼんやりしてないで、出産で疲れたサンズに何か食べ物を差し入れして下さい」


 ショウは、そうだった! と、あたふたと竜舎の外に駆け出す。


『メリル、卵を産む前に食べたから、そんなにお腹は空いてないよ』


『今は出産した興奮がおさまってないから、空腹を感じないだけ。夜中にお腹が空いて、ショウを起こしたくないでしょ? ショウは若いし新婚だから、夜は妻の元に行かさないと駄目だよ』


『ショウの子供も見たいけど、レティシィアはなかなか産まないんだ。何ヶ月も待ちくたびれたよ~。それにララやロジーナもなかなか赤ちゃんが出来ないし、変だよね?』


『人間は変わってる動物だから、仕方ない』


 二頭の竜は人間になかなか子供ができないのを不思議がる。ショウが鶏を二羽持って来たので、二頭は話を止めて、サンズはペロリと一口で食べた。


『私が側に付いているから、ショウは仕事をしなさい。アスランは遠出ができなくて、苛ついている』


 メリルは自分の為に我慢しているアスランを気づかう。ショウはサンズに付いてやりたいと思ったが、姑にサッサと田んぼに行きなさい! と命じられた嫁のように執務室へ戻った。



 アスランは、当分はショウは役立たずだと、溜め息をつきながら渋々書類を読んでいたが、おや? と隣の執務室に帰ってきた気配で立ち上がる。


「何処へ行かれるのですか?」


 近頃は王宮を留守にしないので機嫌が良いフラナガン宰相だが、サンズが卵を産んだので出ていくのではと心配する。


「ええい! うるさい、どうせメリルはサンズの卵が孵るまでは側を離れないのだ。ごちゃごちゃ文句を言うな、後はショウにさせろ」


 アスランは、ミヤの部屋でお茶でも飲もうと出て行った。フラナガン宰相は、アスラン王の後ろ姿を見送ると、すくっと立ち直って自分の書類を持ってショウの執務室へ急ぐ。


「ショウ王太子、サンズが卵を産んだそうですな、おめでとうございます」


 ショウはパッと顔を輝かして、礼を言おうとしたがバサリと机の上に書類を置かれて顔をしかめる。


「もしかして、これはフラナガン宰相の書類だけですか?」


 当然です! と言わんばかりの満面の笑顔に、また前の繰り返しは御免だと溜め息をつく。


「前から考えてましたが、私には側近が必要です。緊急性、重要度を判断して貰わないと、書類仕事だけで一日が過ぎてしまいます。フラナガン宰相、貴方は父上の留守中は自分で判断されていたのでしょ? そして、帰国された父上に重要な事案だけ報告したり、決裁を求めていた筈です」


 フラナガン宰相はそれはアスラン王が王宮を留守にするから、仕方なくそうしていただけだと内心で毒づく。


「本来は、王の決裁を貰わないといけないのです。ショウ王太子、アスラン王の真似をしてはいけません。悪意を持って私財を貯えたり、賄賂を貰ってボンクラを高い地位に就けることも可能だったのですよ」


 フラナガン宰相の忠告は理解できたが、側近は必要だと思う。


「私は父上みたいに、思いっきり良く任せることは出来ないと思います。しかし、重臣達を捌いてくれる側近が必要なのは確かです」


 フラナガン宰相は、アスラン王とショウとは確かにタイプが違うと頷いた。


「私の留守中、父上も留守にされたら、今まで通りフラナガン宰相に決裁をお願いします。私が王宮にいる時に、次々と早い者順のように書類を持って来られては困るのです。誰か信用のできる人物はいませんか?」


 フラナガン宰相は、一瞬だけ孫のシーガルを側近に推したい誘惑にかられた。しかし、ゆっくりと首を振り、考えておきますと返事をする。 


「お願いしておきます」


 ショウも一瞬、シーガルの顔が浮かんだが、埋め立て埠頭の工事を責任を持って終えさせたかった。


「さて、側近は考えておくとして、この書類の説明をさせて頂きましょう」


 にっこりと微笑むフラナガン宰相に、ショウはやはり古狐だ! と内心で毒づいた。


「おい、そろそろサンズの卵が孵る頃だが、メリッサはどうするのだ? サンズは雛が孵っても当分は側を離れたがらないぞ」


 ショウもカレンダーを眺めて困っていたのだ。


「サンズを置いてニューパロマに行っても良いですが、出来たら日延べを……」


 バン! とアスランは机を叩いて怒る。


「日延べなどしたら、メリッサを気に入らないと思われるではないか! ええぃ、このへなちょこめ! どうせレティシィアの出産が気になって、レイテを離れられないのだろう? お前が側にいても、レティシィアの助けになるのか?」


 ショウは図星を指摘されたが、反撃に出た。


「父上みたいに、子供が一歳になるまで会わないなんて、私にはできません。それに出産の痛みを和らげる、癒やしの技も使えます」


 グッと痛いところを突かれ、出産に立ち合うのか? とアスランはショックを受けて黙って出て行った。こんな時に、アスランが行くのはミヤの部屋だ。


「おい、ミヤ! ショウはレティシィアの出産に立ち合う気だぞ……止めた方が良いのではないか? 王太子が妻の出産で気絶したら、格好がつかないぞ」


 ミヤも驚いたが、珍しく狼狽えているアスランに、お茶をいれてやる。


「私は昔気質なのかもしれませんが、出産の場に殿方はいて欲しくありませんね。多分、レティシィアも同じ考えだと思いますよ。それより、メリッサとの婚礼はどうなっているのでしょう?」


 アスランもレティシィアはショウを産屋に入れないだろうと頷いたが、メリッサとの結婚を日延べしたら、メルトの無表情な顔がズンと突き出されると眉をしかめる。


「サンズも雛が孵ったら、当分は離れたがらないし……レティシィアの出産も……ミヤ? 何か他にもあるのか?」


 ミヤは不確かなのですがと、口ごもる。アスランは、ハハン~と、思い当たった。


「へっぽこの割に、ちゃっちゃと子供は作っているなぁ。レイテを離れられないなら、メリッサを来させれば良い。元々、父親が後宮に連れて来るのが、しきたりだ……」


 そう言って、ちろりとミヤを見る。


「ショウはもう独立したのですから、私が差し出がましいことなど出来ませんわ。メルト様には、アスラン様からお伝えするのが筋でしょう」


「へっぽこめ! 早く第一夫人を娶れ! 何時までも、手間をかけさせるな」


 ミヤは、いつアスランが手間をかけたのかと呆れたが、ララの懐妊で機嫌が良かったので責めなかった。


「まぁ、今回はサンズにレティシィアにララと続きましたからね。ロジーナのフォローをしないといけないのだけど……頼みのレティシィアが出産ではねぇ……確かに第一夫人がいない後宮は、落ち着きませんわ」


 アスランは、ミヤがいたから次々と押し付けられた妻達が、少なくとも表面上は争わなくて済んだのだと感謝する。 


「リリィの子供は何歳だ?」


 ミヤはアスランの第一夫人になったことを後悔はしていないが、幼いラビータとアシャンドを夫の元に残して後宮へ嫁ぐ時の気持ちを思い出した。


「少しレティシィアが落ち着くまで、私がフォローしますわ。あと、数年はカリンの元にいさせてあげましょう」


 アスランは、やはりミヤはショウに甘いと不満を漏らす。



 月が満ちてくるにつれて、サンズは神経質になってきた。


『二つとも無事に孵るかなぁ?』


『大丈夫だよ……』


『竜は、卵から孵る時が一番弱いんだ。自力で孵れない、雛竜もいるんだよ』


 サンズが心配そうな顔をするので、ショウは目の回りを掻いてやる。


『サンズ、二つとも無事に孵るよ』 


 そう励ましてくれるショウの心の中も、心配事がいっぱいだ。


『何だかショウも大変そうだね』


『サンズ、私のことは良いから、何か欲しい物はない?』


『敷藁を取り替えて欲しいな、雛が孵る時は、綺麗な藁の上が良いから』


 食べ物を欲しがらないサンズが、どれほど神経質になっているのか、ショウは気づいた。 


 ショウもララが妊娠したか微妙な時期だし、レティシィアも年明けに出産予定だが、お腹はぱんぱんでいつ産まれてもおかしくないので気が気でない。それにロジーナはララに先に妊娠された上に、メリッサが嫁いでくるので、ナーバスになっていた。


 ショウは出産間際のレティシィアを励まし、ララが期待と不安に揺れ動いているのをフォローし、ロジーナには蔑ろにしてない証を示さなくてはいけなかった。


 普段は寝藁の交換などしないショウだが、神経質になっているサンズの為に、自ら新しい寝藁をたっぷりと敷いてやる。


『ショウ! そろそろ卵が孵りそうだ。ちょうど新しい寝藁で良かった』


 サンズは卵の上から立ち上がって、横に移動する。ふかふかの寝藁の上に、二つ卵が並んでいる。


 サンズは期待と不安のまじった目で卵を見つめる。


『あっ! 微かに揺れている!』


『頑張れ! もっと角で叩くんだ』


 コツ! コツ! と雛が角で卵の中から必死で叩く音だけが響く。


 竜は自力で孵った雛竜しか育てない。サンズは無事に孵ることを見守るしかない。


 ショウは呼吸するのも忘れて卵を見つめていた。


『あっ! 右のにヒビが入ったよ!』


 サンズは左の卵にヒビが入らないのを心配する。


『どうしたの? メール? ヴェルヌは頑張ってるよ!』


 ショウは、海の女神マールと風の神ウルスから取った名前だと気づいた。


『メール! ヴェルヌ! 頑張れ!』


 ヴェルヌの卵は、ヒビが順調に伸びて、パカンと割れた。転がり出たヴェルヌは、ピスピスと鳴く。


『お前はヴェルヌだよ! ショウ、ヴェルヌに餌をやって……メール……頑張るんだ』


 ショウは空腹を訴えるヴェルヌに餌を与えながらも、メールの卵からのコツ、コツという音が小さくなっていくように思えた。


『メール! 諦めるな、頑張るんだ』メリルも入ってきて、励ます。


 しかし、どんどん揺れも小さくなり、コツ……コツ……という音も力弱くなった。


『サンズ……』がっくりと首をうなだれるサンズを、見ていられない。


 ショウは竜心石を手に持つと、微かになったコツ……コツ……というタイミングに合わせて卵を叩く。


「ショウ! 何をするんだ!」


 自分で孵れない竜は、自然淘汰されるしかないのだとアスランが止めようとした時、ヒビが入って中から雛が転がり出た。


『メール! お前は心配かけて!』


 心配したが、メールも元気にボールいっぱいの餌を食べる。


『サンズ、良かったね~』


 サンズは無事に排便も済ました雛竜達が、新しい寝藁の上でくぅすぅと眠ったのを見てホッとする。


『ありがとう! ショウのお陰で二頭とも孵れたよ!』


 ショウはサンズの幸福感に満たされたが、次の瞬間、目眩がしそうな空腹に襲われた。


『サンズ、餌を食べよう!』


 メリルが孫竜を見守っていると言うし、竜は雛でも丈夫だ。サンズは久しぶりの食事を堪能した。


「ショウ、まぁ今回はメールも無事に孵ったが、二度としてはいけないぞ」


 父上にゴツンと拳骨を貰い、はい、と答えたが、次も助けてしまうかもとショウは思った。 

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