第27話 サンズの卵

 ララは横に眠るショウの顔を眺めて、幸福感に浸る。寝起きの良いショウの寝顔はなかなか見られないので、ララはじっくりと鑑賞して微笑んだ。


『本当に急いで帰って来られたのね……』


 女官達が起きて来ないのを不審に思っているだろうが、側を離れたく無いし、ショウの寝顔を何時までも眺めていたいので、動いて起こしたくなかった。


 それに起きたら、仕事で忙しくなる。ララはショウを今暫くは独占したかったので、女官達には悪いが待たせることにした。


 ホインズ大尉は、朝一番にアスラン王にサンズの交尾飛行と王太子の帰国を報告した。


「ぼんやりのショウにしては上出来だ! まぁ、サンズが頑張ったのだろうがな」


 竜を愛するアスランは、サンズが子竜が持つのを祝福したし、メリルの満足感も加わって上機嫌で午前中を過ごした。


 しかし、フラナガン宰相、ドーソン軍務大臣、ベスメル内務大臣、バッカス外務大臣が、アスラン王が機嫌が良いのに気づいて次々に書類を持って来た。初めは鷹揚な態度で受け取っていたが、段々と腹が立ってきた。


「どうもショウはサボリ癖がついているな!」


 フラナガン宰相はサボリ癖はアスラン王だと思ったが、機嫌を損ねてはいけないので、微笑んで無視する。アスランは机の上の書類の山をうんざりと眺めると、すくっと立ち上がった。


「何処に行かれるのですか?」


 止めるフラナガン宰相ににやりと笑って、ショウを起こしてくると立ち去る。


「アスラン王! 王とはいえ、ショウ王太子の後宮には立ち入れません! いえ、王だからこそ!」


 フラナガン宰相は先々代の醜聞を思い出して、長衣を持って止めるという非礼を犯した。


「馬鹿者! 私があの糞爺達の真似をするか! ショウの妻になど手をだすか!」


 フラナガン宰相を睨みつけて、長衣から手を離させる。


「サンズに、ショウを起こさせるんだ」


 心配そうな目をするフラナガン宰相に、そう言い捨てると足音に怒りを込めて出て行った。アスラン王の射すような視線に耐えたフラナガン宰相は、姿が消えるとヘナヘナと床に座り込んだ。


「アスラン王が先々代のザリハン王のような真似をなさらないのは知ってますが、ショウ王太子の後宮にだけは足を踏み入れてはいけません」


 ヒューゴ王太子とザリハン王の確執の元になった寵妃の死を思い出し、あのような悲劇は御免だと首を横に振る。


「サンズに聞くなら、そう仰ったら良いのです!」


 立ち直りの早いフラナガン宰相は、よっこいしょと立ち上がりながら文句を言う。


 不愉快な変態祖父や糞爺を思い出したアスランは、サンズの前に立った。


『色ぼけショウを起こせ!』


 サンズはショウは色ぼけでは無いと抗議して、起きていると伝えた。


『なら、サッサと仕事をしろ!』


 遅めの朝食というか早めの昼食をララと食べていたショウは、サンズから伝言を聞いて、やれやれと立ち上がる。


「ララ、父上がお呼びだから、もう行かなきゃ」


 ララはショウを部屋の外まで見送って、お疲れにならなければ良いけどと心配した。


「普通なら、私の視線に気づいてすぐ目を覚ますのに……」



「父上、お呼びですか?」


 やっと顔を出したかと、アスラン王は苛立たしそうに立ち上がる。   


「遅い! この書類を片付けろ!」


 机に山積みの書類にショウが驚いて抗議しようとしたが、サッサと出て行く。


「まぁまぁ、書類を運ぶのを手伝ってあげますから……」


 これ以上アスラン王の機嫌を損ねない方が良いと、フラナガン宰相は自分の書類を持ってショウの執務室へ運ぶ。


「他のは後回しで宜しいでしょう」


 にっこりと微笑んで、自分の書類の決裁を急がせるフラナガン宰相に、ショウは、酷い! と思った。


「これぐらい気づかないようなら、決裁など貰えなくても仕方ありません」


 サッサととショウを確保して、次々と書類の説明を始めるフラナガン宰相だった。


 愛しい御方の気配に敏感なバッカス外務大臣は、アスラン王が逃げ出したのを察知して、執務室の机の上に放置されている自分の書類を見つけると、ショウの部屋に急いだ。


「フラナガンの古狐め! 私の書類を机に放置して、ショウ王太子を独占するつもりね!」


 バッカス外務大臣は、ショウを独り占めしているフラナガン宰相に内心で毒づきながら、書類を提出する。


「ショウ王太子、私の書類も緊急に決裁が必要なのです」


「チッ、後もう少し気づくのに時間がかかると思ったのに……」


 バチバチと目線の先で火花が散る。


「ショウ王太子!」


 ベスメル内務大臣もアスラン王の机の上に放置されている自分の書類を持って駆けつけた。


 ショウは三つ巴の口論に、ドーソン軍務大臣が飛びこんで、四つ巴になった瞬間、ば~ん! と机を叩いて立ちあがった。


「自分達で緊急、重要の順を決めて持って来て下さい! 私はサンズの様子を見てきます。帰って来るまでに決めてなかったら、今日は決裁は一つもしません」


 ショウは本当に自分の側近が必要だと考えながら、離宮の竜舎へ向かった。


 サンズの竜舎の前には、メリルが祝福に来ていた。


『サンズ、体調は大丈夫? 無理をさせたから、心配していたんだ』


『大丈夫だよ、今もメリルにそう言ってたんだ』


 親竜のメリルは子竜のサンズに細々と注意を与える。


『まぁ、お腹の中にいる時はサンズが護っているから大丈夫だけど、卵の時期は気をつけなければいけないよ』


 ショウは、父上が王宮から逃げ出したのだと思っていたが、メリルが孫竜の誕生を楽しみにしているので、遠出できないのだと笑った。


『サンズ、いつ卵を産むの?』


『つぎの半月ぐらいだよ、孵るのは満月になるね』


 メリルが卵を産む前には餌をたっぷりと食べておくようにとか、注意をしているのを聞きながら、ショウは自分にも気をつけてあげなくてはいけない妊婦がいたと思い出す。



 山積みの書類を思い出して少し迷ったが、あの四人はまだ揉めているだろうとレティシィアの顔を覗きに行く。


「まぁ、ショウ様!」


 少し会わない間にお腹が膨らんだレティシィアが、立ち上がって出迎えようとするのを制して、慌てて駆け寄ると座らせる。


「レティシィア、元気だったかい?」


 十日前にはこんなに大きくなかったと、ショウはお腹を撫でながら尋ねる。


「ええ、お陰様で健やかに過ごしていますわ、これ、父上を蹴ってはいけませんよ!」


 ショウは元気に動いている胎児に驚く。


「レティシィア、こんなに蹴られて痛くないの?」


 レティシィアは、愛しそうにお腹に手をあてた。


「いいえ、元気だとわかって嬉しいわ」


 ショウは母親は凄いなぁと感心する。


「ごめんね、仕事が山積みなんだ。今夜は……ええっと、夕食を一緒に食べよう!」


 レティシィアとゆっくり過ごしたいが、ロジーナも帰国したのを知っているだろうと、ショウは選択を迫られた。


「まぁ、気を使って頂かなくても……」


「ちょっと話したいんだ、相談したいこともあるし」


 ショウはレティシィアを抱き寄せて、キスをすると慌ただしく出て行った。 


「父上は忙しいわね……あなたは……」


 レティシィアはお腹の赤ちゃんにお手伝いをするのよと言いかけて、静かに首を振った。東南諸島連合王国の王家で、男の子は厳しく育てられる。


 いずれは誰かの第一夫人として後宮を去るレティシィアは、王子より甘やかされて育てられる女の子を望んでいた。今、忙しそうなショウを見て、自然とお助けするのよと言葉を掛けてしまったので、レティシィアは困惑した。


「あなたは女の子? それとも……?」


 産み月が迫り、レティシィアはもうどちらでも良いから健康で産まれてくれるだけを祈った。


 ショウは執務室に戻り、激しい討論の末に各自三案ずつ提出した書類を片付けた。


「なんだ、たったそれだけしか片付けてないのか?」


 何処に隠れていたのか、アスランが顔を覗かせた。


「緊急で重要な物だけ、私の考えで決裁しました。後で確認して下さい」


 ショウは書類を纏めると、父上に手渡した。


「おい、お前……」


 サッサと出て行くショウの背中に文句をつけようとしたが、彼奴も親になるのだなと苦笑して止めた。



 レティシィアと商船隊の利益や、真珠の養殖の進展などをさっと話し合うと、ゆっくりと食事をしながら、初めての子供をもつ夫婦らしく、名前を二人で考える。


「女の子なら、優しい響きの名前が良いな。男の子は……いや、あの名前は駄目だ」


 女の名前は思い浮かぶのに、男の名前は同じ名前の人物を思い出してしまい首を振る。レティシィアは、そんなショウの様子を微笑んで眺めていた。


「レティシィアは何か付けたい名前は無いの?」


 悩んだショウはレティシィアに助けを求めたが、綺麗な笑顔を浮かべて拒否された。


「まぁ、私は赤ちゃんを十ヶ月お腹で育てて、出産しますのよ。ショウ様、名前は考えて下さいね」


 そりゃそうだよなぁ~と、ショウは大きなお腹を抱えているレティシィアのしんどさや、出産に比べたら名前を考えるくらいしなきゃいけないと頷いた。


「名前に何か、意味を持たせたいな……ショウが翔で風を意味するみたいに……」


 ショウは前世の『赤ちゃん名付け事典』が欲しいと溜め息をつきながら、レティシィアの部屋を出て、ロジーナの部屋へと向かった。


 ショウがレイテの埋め立て埠頭や、その連絡橋の工事の視察や、仕事で忙しい日々を送っているうちにサンズが産気づいた。


『ショウ! そろそろ卵が産まれそうだ』


 アスラン王も騎竜のメリルが王宮を離れたがらないので、フラナガン宰相に捕まってサボリながら仕事をしていたが、卵が産まれると聞いて竜舎に駆けつけた。


『メリル! もう産まれたか?』


 竜舎の前に鎮座しているメリルが、無事に卵が産まれるまでは、中に入れる気が無いのは明らかだ。


『まだだ……サンズは若いからか……何か変なんだ』


 子竜を心配するメリルに寄り添い、大丈夫だ! と宥める。


『サンズはショウと違いしっかりしているから、ちゃんと卵を産むさ』


 スローンも心配して竜舎の前に来たが、親竜のメリルに追い払われた。


『卵が孵るまでは、サンズは神経質になるから近づいてはいけない。子竜が孵ったら、面倒を見てあげなさい。さぁ、ルディに飛び方を教えてあげるのでしょ』


 スローンはいつも優しいサンズなら卵を見せてくれるのではと期待していたので残念に思ったが、ルディと早く一緒に飛びたいので王宮の竜舎に戻った。



 いつもより多めの敷藁の上に座ったサンズに、ショウは寄り添っていた。


『サンズ、大丈夫か……』


『もう少しで産まれそうなんだけど……』


 サンズは何回か卵が産まれそうだと、立っては座るという行動を繰り返していた。


 ショウは何も出来ない自分を、悔しく感じる。せめて痛みだけでも和らげてやりたいと、竜心石を活性化させて癒やす。


『ショウ……産まれる!』


 サンズは立ち上がると、大きく息んだ。それと同時に、青みがかった卵が敷藁の上に転がりでた。


『サンズ! 卵が……』


 祝福しようとしたショウは、サンズの具合がおかしいのに気づいた。


『ショウ! 卵をどけて!』


 竜は卵を絶対に触らせないと、父上から聞いていたが、切羽詰まった声で、ショウは敷藁の上の卵を抱き上げて壁際まで退避した。


 サンズはまた立ったり座ったりを何回か繰り返すと、大きく息んで卵をもう一つ産んだ。


『ショウ、卵を横に置いて……二つあるから、変な感じだったんだ』


 ショウが後から産まれた卵の横に、抱いていた卵を置くと、よっこらしょとサンズは上に座り込んだ。


 ショウはどっと疲れて、敷藁の上に座り込んだ。


『サンズ、おめでとう……二つも卵を産んだんだね!』


 サンズは少し得意そうな顔をして、ショウからの祝福を受けた。


『大丈夫なのか?』異変を感じて、心配そうな声を掛けるメリルに、サンズは誇らしそうに『二つ卵を産んだよ!』と答えた。

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