第26話 サンズの交尾飛行

 キャサリン王女の結婚式の翌日、ショウは朝早くから起きた。


 十一月の早朝はまだ薄暗い。いつもは侍従が素早く洗面の用意をするが、これほど早く起きるとは思ってなかったようだ。


 ヌートン大使に捕まったら、単独でサンズとレイテに帰るのを反対されるのは明らかなので、コソッと服を着替える。


 机の上には昨夜書いておいた、ブレイブス号へのレイテへの帰還命令書がある。自国の大使館を抜け出すのに、こんなに気を使うのかと、ショウは溜め息をつきたくなった。


「父上なんか、嵐のように来て、嵐のように去っていかれるのに……」愚痴りながら、なるべく足音をたてないように静かに階段を降りる。


 大使館の豪華な玄関ホールの扉ではなく、他の扉からの方が気づかれ難いとは思うが、王太子のショウは裏口には詳しくないし、使用人達が朝早くから起きているかもしれないと諦める。


 ソッとまだ暗い玄関ホールを抜けて、正面の扉に手を掛けた。


「ショウ王太子、おはようございます」修行の足らないショウは、背後からヌートン大使に声を掛けられて、ビクンと飛び上がった。


 にこやかな顔をして、ちょっと庭の散歩にと、誤魔化してもバレバレだ。


 しまった! 父上のように我が物顔でサッサと出て行けば良かったのだ! 足音を気にして、のろのろしていたから見つかってしまったと、ショウはがっかりする。


「朝食を用意させております。レイテまで帰られるなら、しっかりと食べておかれないと」


 ヌートン大使はショウ王太子の様子がおかしいとは思ったが、何かはわからなかった。


 しかし、大使館にはダークがいる。ダークはサンズが交尾飛行するのだと気づいて、パートナーのホインズ大尉に教えたのだ。


 舞踏会から帰ったヌートン大使は、ホインズ大尉から報告を受けて、ショウが交尾飛行の後で単独でレイテに帰るつもりだと溜め息をつく。


「ホインズ大尉、ショウ王太子をレイテまで護衛して下さい。アスラン王のように勝手に飛び回っては困る! 私に秘密を持つなんて100年早い!」


 ヌートン大使は手配を済ませて、待ちかまえていたのだ。


 ショウは朝食を食べながら、サンズの交尾飛行の計画を白状させられた。


「あのう、交尾飛行の最中は、ダークは側にいない方が良いと思うんだ。ダークは騎竜じゃないから、交尾飛行に割り込んだりはしないだろうけど、不満を持つかもしれないから」


 ヌートン大使も竜の微妙な問題は知らないので、メーリングの領事館で待機させておくことにした。


 サンズと大使館からストレーゼンに向かいながら、今度からは父上のようにサッサと出て行くか、予め協力を取りつけておこうとショウは考えた。


 竜での単独飛行は禁じられていたが、ヌートン大使も後継者候補は多い方が良いので、チャンスを逃すのはもったいないと協力してくれたからだ。


『サンズ? ストレーゼンの離宮の何処にレオナがいるのか、わかる?』


 ユングフラウより北にあるストレーゼンは、夏の避暑地なので、離宮にも人気は無い。ショウが思っていたより、離宮の規模が大きかったので、何処でフィリップが待っているのかわからなかった。


『わかるよ! あっちだ!』


 サンズはレオナの居場所をすぐに察知して、離宮の裏庭に舞い降りた。


「済みません、お待たせしたのでは無いでしょうか?」


 フィリップは既にレオナから鞍を外していたので、ショウも慌ててサンズから鞍を外す。


 サンズとレオナが首を絡めあって、発情を促しているのを、二人は少し気まずい思いで眺める。


「この気まずさが、交尾飛行を妨げている一因だなぁ」


 でも、きっと交尾飛行の後の方が、自分達も欲望に支配されているだろうから気まずいと、ショウはその後の予定を事務的に話し合っておく。


「私は暫くこの離宮でサンズを休ませてから、メーリングへ向かいます。フィリップ皇太子は、先にお帰りになっても結構です」


 フィリップも外国の王太子を離宮に放置して帰るのを躊躇っていたが、二人で気まずいままサンズが落ち着くのを待つのは嫌だったので、厚意に甘えますと返事をした。


 そんなことを話し合っている間に、サンズが何時もより一回り大きくなったように思うやいなや、バサッと空高く飛び立った。


 レオナもサンズを追いかけて飛び立ち、二頭の騎竜が小さく見えるほど空高く舞い上がる。


 二頭の影が一つに重なり、ショウは激しい欲望の波に飲み込まれた。


「これは……強烈だなぁ……」


 くらくらする欲望を堪えて、空を見上げていたが、サンズとレオナが繋がったまま地上に墜ちてくる。


『サンズ! 危ない!』


『レオナ! 地面にぶつかるぞ!』


 絆の竜騎士の叫び声も、今の二頭には聞こえない。


 地面に激突する! と思いきやパッと別れて空に舞い上がった。


 ふ~っ! とショウとフィリップが溜め息をついていると、二頭は地面に舞い降りて、交尾飛行の興奮を首を絡めておさめる。


「どうやら無事に交尾飛行できたみたいですね」


 フィリップの声に欲望を必死で抑えているのを感じた。


 暫くは余韻に浸っていたレオナだが少し経つと、フィリップに鞍を付けても良いとサンズから離れた。


 少し戸惑っているフィリップに、ショウは先に帰って下さいと声を掛ける。


「これが人間なら、遣り逃げ! と罵られる所だよ」


 フィリップがレオナと飛び立つと、ショウはサンズに寄り添った。 


『サンズ? 交尾飛行は成功したんだね?』


 サンズはまだ少し欲望の波がおさまってないギラギラした金色の目で、もちろん! と応える。ショウはサンズの欲望と共に子竜を持てる! という喜びを感じた。


『サンズ、良かったね! おめでとう!』


 サンズも嬉しそうに大きな声を上げた。


『私は子竜を持てるんだ!』


 ゴォオォ~ッという竜の咆哮に、鳥達はバサバサと飛び立った。静かなストレーゼンで冬籠もりの支度をしていたリス達も飛び上がって巣に駆け込んだ。


 鳥達やリス達が逃げ惑う様を見て、ショウは爆笑した。


『もう、飛べるよ! レイテまで急ぐなら、鞍を付けた方が良い』 


 大丈夫なのか? と心配したが、サンズは平気だと笑う。


 メーリングでホインズ大尉のダークと合流して、レイテを目指した。




 ホインズ大尉はユングフラウとレイテを何十回も往復していたので、最短距離で飛ぶルートにも詳しかった。


 ショウがレイテに着いたのは、夜中になっていたが交尾飛行の興奮が支配していたので、疲れは感じない。


『早くララの所へ行ってよ』


 離宮の竜舎で鞍を外すと、ショウは後宮へと走った。


「ララ、もう寝ているかな?」


 朝早く交尾飛行したけど、夜中を回っている。ソッとララの部屋に近づくと、灯りが見えた。


「ララ、帰ったよ」ララは読んでいた本を閉じると、ショウに抱きついた。


「まだ、お帰りだとは思わなかったわ」驚いているララを抱き上げて、ショウは寝室に消えた。


 サンズは竜舎で子竜の夢を見ながら、満足そうに眠っていた。 

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