第25話 キャサリン王女の結婚式

 キャサリン王女とサザーランド公爵家のラリック卿との結婚式は、二代続いて王家からの降嫁になるので、なるべく簡素にしようと考えられていた。


 しかし、姉夫婦のスチュワート皇太子夫妻や、アリエナが出産間際なのでぎりぎりユングフラウに到着したアレクセイ皇太子、エリカ王女が縁続きになるのでショウ王太子と、結局は華やかな王家の人達が揃った。


 ユーリ王妃は、初産のアリエナのことを心配していたが、アレクセイから凄く元気ですと言われてホッとした。エリカは、ウィリアムに初めて公式に婚約者としてエスコートされて上機嫌だ。薄い水色のドレスを着たエリカは、身内の贔屓目でなく、式場でも際立った美しさだとショウは思う。


 ショウは、可愛いピンクのドレスを着たミミをエスコートしていたが、エリカが失敗しないか心配する。


「もう! ショウ様、エリカ様は大丈夫よ。それより、私が失敗しないか、心配したら?」


 ショウは、腕を抓ったミミの顔を見て笑う。


「ミミは失敗なんかしないよ。それに、万が一失敗しても私が側にいるから、フォローできるだろ。ウィリアム様は、少しその点が心配で……」


 今回はイルバニア王家側と、サザーランド公爵家側に別れるので、ショウ達は王家側に席が用意されていた。サザーランド公爵家側にはイルバニア王国の名門貴族や、リューデンハイムの卒業生達が並ぶ。


「ラリック卿は、とても優しい御方なんですって……フィリップ皇太子とも仲が良いのよ」


 ミミはキャサリン王女とリューデンハイムで一緒だったので、花婿についての情報をショウの耳元で囁く。


 ウェディングマーチが流れ出し、グレゴリウス国王にエスコートされたキャサリン王女が、綺麗なウェディングドレスを着て入場した。ミミはうっとりとして、ショウの腕についてしがみつく。


「キャサリン様、綺麗よ!」


 横を通る花嫁にミミが祝福の声を掛け、キャサリンも緊張がほぐれて微笑む。


 ウィリアムの横に行儀良く座っていたエリカも、イルバニア王国風のウェディングドレスを着た自分を想像してうっとりとする。


「キャサリン様、とても綺麗ね」


 ウィリアムは、女の子は結婚式が好きだなぁと呆れる。アリエナ、ロザリモンド、フィリップ、キャサリンと四回も結婚式が連続したので、ウィリアムはその度にパーティー三昧だとうんざりしていたのだ。


「まぁ、ウィリアム様は、結婚式に興味が無いの?」


「そういう訳じゃないけど、私はパーティーが苦手だから」


 エリカは、まだ自分が社交界にデビューできる年齢では無いのが悔しい。結婚式はテレーズ王女やアルフォンス王子も参列されるから、自分も招待されたが、夜の舞踏会には招待されず、昼食会だけで帰るのだ。


「私が一緒なら、ウィリアム様を退屈させないのに……早く十四歳になりたいわ」


 可愛いことを言うエリカに、ウィリアムは微笑む。フィリップは、どうやらエリカはウィリアムの心をがっちりつかんでいるなと安心する。


 フィリップは、弟のウィリアムが最初に心惹かれたミミに未練があったらと心配していたが、エリカは幼いが男心をつかむのが上手い。流石はアスラン王の王女だと感心する。


 キャサリンの結婚式は無事に終わり、竜騎士達の捧げる剣の間を、花嫁と花婿は笑いながら駆け抜ける。ミミとエリカがバラの花びらを投げているのを、ショウは一歩ひいて眺めていた。


「ショウ王太子、私はこれで失礼させて頂きます。国王夫妻には宜しくお伝え下さい」


 アリエナの出産が気に掛かるのだろうと、ショウはアレクセイが花びらを巻くのに熱中している人々に気づかれないように、会場を後にするのを見送った。キャサリンの結婚式にだけでも、遠いローラン王国から参列したのは、妹の花嫁姿を見たがるアリエナに式の様子を教える為だろうと、ショウは微笑ましく思う。


 キャサリンの結婚式と昼食会は和やかに終わり、一旦ショウ達は大使館へ帰って休憩を取った。


 ショウは明日の交尾飛行の後で、レイテに帰ってララと子造りにチャレンジするつもりだった。問題は交尾飛行後のサンズに無理をさせることと、自分の旗艦ブレイブス号を置いてきぼりにしてしまうこと、そして一番の問題はヌートン大使の目を盗んでユングフラウを抜け出すことだ。


 ブレイブス号は大使館に帰国命令を書いて置いておけば大丈夫だが、サンズは妊娠中になるのに強行軍でレイテに帰って大丈夫だろうかと心配する。


「サンズに無理はさせたくない。ララとは別の機会にしても良いし……」


 カミラ大使夫人が舞踏会用のドレスに着替える間、サロンで物思いに耽っていたショウは、エリカにお目付役を命じられる。 


「兄上、ウィリアム様が他の令嬢とダンスしたり、親密になったりしないように見張ってね」


 舞踏会に出られないエリカから頼まれるまでもなく、ショウはウィリアムとしたい話がいっぱいある。ミミも社交界デビューできる年齢ではないので、ショウはヌートン大使とカミラ大使夫人と披露宴の舞踏会へと向かった。


「適当な時間になったら、帰っても良いでしょうか?」


 行く馬車の中から、帰る算段をしているショウに、ヌートン大使は不審を抱く。


「パートナーの女性がいらっしゃらなくても、舞踏会を楽しまれては如何ですか? ショウ王太子はこちらのダンスにも慣れていらっしゃるし」


 カミラ大使夫人は、ユングフラウでアンドリューとショウのどちらが一番モテ男かと噂になっていると微笑む。


「まさか、華やかなアンドリュー卿と比べられたら困りますよ。それに、容姿はウィリアム王子の美貌の足元にも及びません。あっ、エリカからウィリアム王子の見張りを頼まれていたのです」


「まぁ、容姿はショウ王太子も負けてらっしゃらないわ。だって若き日のアスラン王に……」


「これ、カミラ」と、ヌートン大使は、容姿はアスラン王譲りの綺麗な顔立ちのショウ王太子も負けてないと騒ぐ妻を窘めた。


 ヌートン大使は、何かショウが隠事をしていると怪しむ。ウィリアムと関係あると思う。


 竜騎士でないヌートン大使は、サンズの交尾飛行を計画しているとは気づかなかったが、何か怪しいと感じる。


 その間も、自国の王太子の方がアンドリューよりモテ男なのにと、カミラ大使夫人はショウにとっては迷惑な応援をしていた。


「カミラ大使夫人、私は既婚者なのです。それを忘れないで下さい」


 ショウはキャサリンとラリックに結婚のお祝いを述べ、ウィリアムを捕まえて交尾飛行の後サンズをどの位休ませたらレイテに帰れるか聞こうと思っていたので、令嬢方とダンスなどするつもりはない。


「ショウ様、これからグレゴリウス国王夫妻と合流するのです。キャサリン王女を嫁に出されて、寂しく思ってらっしゃるから」


 スチュワート夫妻に捕まり、グレゴリウス国王夫妻とかなり長く話をすることになった。国王夫妻の所に連れて来たスチュワート夫妻は、少し話しただけで、まだまだ新婚気分なので二人で踊り出す。


 ショウは前からユーリ王妃が真名を読めることや、アイスクリーム、ミシン、風車、プリウス運河など思いついたと、父上から聞いてから、ずっと話をしたいと思っていた。


 それはユーリも同じで、ショウが球形だと知って新航路を発見したのか? と興味を持っていた。 


「この前、ミヤ様にお会いしたのです。とても素晴らしい御方で、またお話ししたいのです」


 ユーリとミヤなら気が合うだろうと、ショウは微笑む。


「パロマ大学のアン・グレンジャー教授にも、ミヤを会わせたいですね。ユーリ王妃も、アン・グレンジャー教授と親しいと伺いました」


 ユーリは東南諸島連合王国の王太子であるショウが、アン・グレンジャー教授を知っていると聞いて驚いた。


「まぁ、ショウ王太子がアン・グレンジャー教授をご存知だとは!」


 グレゴリウス国王は、話が長くなりそうだと、ショウに笑いながら警告する。


「ユーリは女性人権派だから、気をつけて! それより、貴方と踊りたい令嬢方に恨まれてしまう。ほら、カミラ大使夫人が令嬢方に囲まれてますよ」


 普通は令嬢とのダンスを申し込む為に、保護者や後見人の貴婦人に子息達が許可を貰いに殺到するのだが、恋の都ユングフラウの令嬢方は一晩の恋愛ゲームの相手に、異国の美しい王太子を選んだようだ。


「あっ、私はウィリアム王子と話があるのです」


 とてもじゃないけど、相手にしてられないと、窓際でシャンパンを飲んでいるウィリアムの元へ逃げ出す。


「まぁ、ショウ王太子とミヤ様や、グレンジャー教授の話をしたかったのに……」


 何時までもラブラブなグレゴリウス国王は、折角の舞踏会なのにと拗ねて、ユーリ王妃の手を取って踊り出す。


 お互いに気に掛かりながら、世代も違うユーリとショウは、ゆっくりと話す機会を持てない。それに今は、サンズの交尾飛行のことで、ショウの頭はいっぱいだ。


 ウィリアムの周りには、婚約者がいるのは知っていても、美貌にくらくらした令嬢がたむろして熱い視線を送っていた。


「ショウ王太子! ちょうど良かった」


 いくら竜馬鹿のウィリアムでも、周りからの視線に気づいて拙い状況だと焦っていたのだ。普段はフランシスなどが捌いてくれるのだが、今夜は令嬢方とダンスを楽しんでいた。


「まぁ、ショウ王太子とウィリアム王子よ!」


「私はアンドリュー卿と弟のフランシス卿が好きだわ。兄弟とも華やかですもの」


 ウィリアムは、令嬢達の嬌声から逃げるように、ショウを誘ってテラスに出る。


「あっ、寒く無いですか?」


 東南諸島連合王国は年中暖かいのだと、遅ればせながらウィリアムは気づいた。ショウは露出の多いドレスを着たエリカをテラスに連れ出す時は注意して欲しいと苦笑したが、大丈夫ですと応える。


「明日はストレーゼンの離宮でお待ちしていますと、兄上からの伝言です」


 夏の離宮は冬場は人気が無いので、交尾飛行に便利なのだとウィリアムは説明する。ショウは離宮の場所を確認して、頷いた。


「場所は其方の方が詳しいでしょうから、お任せ致します。それで、少し質問があるのですが……」


 独身で、しかも妹の婚約者に尋ねるのに気まずさを感じたが、サンズの為にも知っておきたい。


「交尾飛行した後で、どのくらい休ませたらレイテに帰れますか?」


 ウィリアムはわざわざ聞くのは、航海して帰るのでは無いのだろうと気づいた。


「レオナは直ぐに飛べますが、サンズは少し休憩が必要ですね。でも、レイテまで飛行しても大丈夫ですよ。竜は卵を産むまでは、平気で飛行します。竜はとても丈夫な生き物で、雛の時から何も傷つけることはできません。唯一、傷つくのは卵の時と、それが孵る時なのです。だからサンズは卵を産んで、それが無事に孵る迄が一番神経質になるでしょうから、気をつけてあげて下さい」


 ウィリアムには何故レイテに急いで帰国するのかバレてるなと、苦笑しながらお礼を言う。


「フィリップ兄上が上手くいったら、ロザリモンド姉上も真似しそうです。こちらも協力して頂けるのですから」


 二人で子竜は可愛いだろうなと、呑気なことを話していたが、カミラ大使夫人に捕まって、断りきれなかった令嬢方とダンスさせられる羽目になった。


 今夜は花嫁と噂になったアンドリューは、舞踏会を欠席していたので、ショウに令嬢方は殺到したのだ。数曲踊って休憩していたグレゴリウス国王夫妻は、令嬢方に取り囲まれているショウを見て驚いた。


「あらあら、ショウ王太子は令嬢方にモテモテね。少しお話したかったのに……」


「ユーリ、まさか貴女は……ショウ王太子は、若き日のアスラン王にそっくりだし……」


「まぁ、馬鹿なことを! ミヤ様やグレンジャー教授のことだけでなく、ショウ王太子とは他にも話したかったのよ。あの方はとても進歩的な考え方を持っていらっしゃるけど、何処で身に付けられたのかしら?」


「パロマ大学に留学されたからだろう。もう、ショウ王太子のことばかりで、少しは私のことも気にしてくれたら良いのに……」


 仲の良い夫婦の痴話喧嘩を、ロザリモンドとスチュワートは呆れて眺める。フィリップとリリアナも今夜はどこか落ち着かない様子だし、グレゴリウス夫妻の仲の良い痴話喧嘩を止める人はいなかった。


 しかし、その隙にキャサリンとラリックは会場を逃げ出して、新婚旅行へと旅立った。


「あら? キャシーがいないわ」グレゴリウスは、驚くユーリを抱き寄せて、耳元で私達も逃げ出そうと囁く。


「そうね、若い人達だけで騒がしておきましょう」


 国王夫妻が笑いながら手に手を取って舞踏会を去ると、賑やかなリースの音楽が演奏され、皆がパートナーを変えながら輪になって踊りだす。


「そろそろ、帰りましょう」


 優雅なカミラ大使夫人は、若い人達のどんちゃん騒ぎは苦手なので、ショウの提案に乗っかる。


 楽しそうに踊っているスチュワート夫妻とは別に、フィリップ夫妻も舞踏会会場を後にしようとしているのに目ざとくヌートン大使は気づいた。


「何か怪しい! 招待されているスチュワート皇太子夫妻が残っているのに、招待側のフィリップ皇太子夫妻が先に退室するのは変だ」


 ヌートン大使の外交官の勘が働く。ショウは行く前から、早く帰りたいと仰っていた。宴会嫌いだからかとも思ったが、何か見落としている気がしてならない。ウィリアムとテラスで何を話していたのかと疑う。


 ヌートン大使はカミラ夫人に、令嬢方と踊れだなんて酷いと苦情を言っているショウの顔を見つめながら、何を隠しているのか考え続けた。

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