第22話 ショウの選択

 東南諸島連合王国の大使館へ向かう馬車の中で、自分に寄り添うロジーナの手を取って航海の間に考えたことを話す。


「このニューパロマ滞在は新婚旅行なのだから、ロジーナを優先するよ。エドアルド国王やスチュワート皇太子が招いて下さる晩餐会やお茶会などは、君をエスコートして行くからね」


 ロジーナは、ショウなが妻としての自分を優先してくれるとの発言に、満足そうに微笑む。


「でも、メリッサと話し合わなくてはいけないんだ」


 可愛い顔をショウの胸に俯けて、ロジーナはメリッサと二人っきりにはさせないわと計略を考える。


「ショウ様……新婚旅行中にメリッサと……」


 ショウは胸の中のロジーナの見上げる涙を浮かべた目に負けそうになったが、深呼吸して言い聞かせる。


「ロジーナ、パロマ大学留学をどうするか、メリッサと話し合うだけだよ」


「なら、私が一緒でも大丈夫でしょ?」


 色気たっぷりのメリッサと二人っきりにしたくないと、ロジーナは涙を拭く振りをしながら、健気そうに微笑んで提案する。


「駄目だ! 君が同席したら、メリッサはライバル心を掻き立てられて、パロマ大学留学を即刻やめて帰国すると言い出すよ。メリッサは第一夫人を目指しているし、せめて後半年はパロマ大学で勉強するべきだと思うんだ」


 ロジーナは泣き落としがバレたと、内心で舌打ちしたが、メリッサがパロマ大学留学を延長するのは好都合だとほくそ笑む。


「話し合うのは良いけど、メリッサの色気に負けないでね」


 軽い嫉妬ぐらいは、恋愛の要素だとロジーナは、ショウにキスしながら約束させる。


 一夫多妻制の東南諸島で暮らしていくには、ショウはある程度は選択するしかないと腹を括った。常に全員を平等に扱うのは、どう考えても無理なのだ。


 今はロジーナとの新婚旅行でニューパロマを訪問しているのだから、メリッサには悪いけど平等にエスコートするわけにはいかない。状況に応じた選択をしようと、ショウは決意していた。


 ただし、頭で考えるのと、実行するのは別問題だ。大使館で出迎えたメリッサの美しさに、見とれてしまったショウは、ロジーナに腕を抓られて新婚旅行中だと思い出した。


 パシャム大使は、新婚旅行中のショウ王太子夫妻と、パロマ大学に留学中の許嫁のメリッサとが同居という非常事態に、ぽんぽこ狸にしては気を使っている。


 本来なら新婚のショウを、大宴会でもてなしたい所なのに、割とこじんまりとした宴会を催すだけにする。ショウは、ロジーナに人妻なのだからと宴会には出ないようにと注意をして、ブレイブス号の士官達と初航海を祝った。


「人妻……なんて、素敵な言葉かしら……」


 ロジーナは航海中に髪の毛が痛んでしまったので、侍女達に時間をかけて滑らかな指通りを、ショウが楽しめるように手入れをさせる。甘い花の香りがする髪の毛をブラシで撫でつけながら、早く宴会が終わってショウが部屋に帰って来ないかなと待ちわびる。


 宴会の途中で、ショウはパシャム大使に、真白とマルゴとメルローは大使館に滞在すると告げた。


「エドアルド国王は、それを納得されたのですか? これ以上の鷹がらみの問題はごめんですよ」


 カザリア王国の鷹への愛情を、商売第一の東南諸島の大使は理解できないと首を横に振り、ショウにちょっかいを出さないで欲しいと願う。


「大使館の庭に鶏を離しておきます」


「真白達はもう若鷹ですから、各々勝手に狩りをするでしょう。それより、少し書斎をお借りしますよ。メリッサと話し合わなくては……」


 パシャム大使は浮気かな? と勘ぐったが、ショウにパロマ大学留学の件ですと叱られて、侍女にメリッサを呼びに行かせる。


 ロジーナと離れている宴会の合間に、メリッサと話し合っておこうと、ショウは席を外した。メリッサは、パシャム大使の宴会好きに飽き飽きしていたし、大人になっていたので宴会に参加したいとは思わなくなっていた。


「衆人環視の宴会で、ショウ様と何ができるわけでもないもの。それにしても、ロジーナがショウ様を独占しているのは腹が立つわ……」


 成人式の時から会っていないショウに、エスコートされているロジーナを見ると、メリッサも嫉妬してしまう。部屋で勉強をして気を紛らわそうとしても、下にショウがいると思うと集中できない。


「メリッサ姫、書斎にショウ王太子がお呼びです」


 侍女の言葉で、メリッサはどきどきする胸を抑えながら、下の書斎へと向かった。


「ショウ様……」


 ショウはいきなり抱きつかれて、胸が当たって欲望に火がつきそうになったが、自制心を働かせて引き離す。


「メリッサ、少し真面目な話をしなくてはいけないんだ」


 胸に抱きついているメリッサを椅子に座らせて、自分も別の椅子に座って話し合う。


「メリッサ? パロマ大学で充分学べたかい?」


 真剣な眼差しに、メリッサも真面目に答える。


「ウェスティンとの掛け持ちだったし、十二月に見習い竜騎士の試験もあるから、そちらの方に時間を取られたわ。ミミが自分は見習い竜騎士にならないと、ショウ様と結婚できないのに不公平だと文句を付けるから、合格したいと思ったの」


 スチュワート皇太子も見習い竜騎士の試験と、パロマ大学の試験が重なって苦労したと聞いていたショウは、メリッサが今学期はあまり勉強に集中できなかっただろうと思う。


「メリッサ、もう少しパロマ大学で学びたいのでは?」


 メリッサも留学を中途半端で投げ出したくは無いが、ショウと結婚を延ばしたく無い。


「それは……でも、結婚もしたいわ! だから見習い竜騎士の試験の準備に、時間もかけたのよ……十二月にショウ様と結婚するわ!」


 ショウはロジーナを見て、メリッサがライバル心を掻き立てられたのだと察した。


「メリッサ、よく考えてみなさい。君は第一夫人を目指しているんだろ? 結婚を日延べしても、パロマ大学で学ぶ方が有益だとは思わないか? そんなに日延べが嫌なら、結婚してパロマ大学で学んでも良いんだよ」


 メリッサは結婚の日延べは嫌だ! と首を横に振ったが、結婚してもパロマ大学で学んでも良いと聞いて、椅子から立ち上がりショウに抱きついた。


「本当に良いの? 結婚しても、パロマ大学で勉強しても良いの!」


 東南諸島では身分の高い既婚女性が外に出ることはなかなか許されず、まして王太子の後宮に嫁ぐのだからと、メリッサは覚悟を決めていた。


「まぁ、本当は結婚を日延べした方が、波風は立たないとは思うけどね……」


 メルトやミヤが何と言うだろうかと、ショウは首を竦める。


「あっ、でも……ショウ様と遠距離結婚になってしまうわ」


「それは仕方ないね。ああ、でもメリッサには、ニューパロマに寄港する商船隊の管理もお願いするよ。レイテに帰港した時には、レティシィアが帳簿のチェックをしてくれているけど、ニューパロマでもチェックした方が良いからね」


 メリッサは、ショウに膝の上から椅子の横に降ろされたのも気にならない程、話に惹きつけられた。


「それは、第一夫人の仕事ですわ。レティシィア様を、ショウ様はそれ程までに信頼されているのですね。そして私も! でも、ショウ様の第一夫人が選ばれたら、気を悪くされないかしら?」


 王太子としての財産だけでなく、ララやロジーナや自分の持参金や、イズマル島の発見の報奨金や、サンズ島の補給基地としての儲けは、莫大になるのをメリッサは知っていた。ショウの第一夫人は、その全てを管理するのだ。


「それが、第一夫人は当分は娶れそうにないんだ」


 メリッサは、第一夫人の重要性をまだ理解していないのかと怒りかけたが、当分と口にしたのは第一夫人の候補は決めているからだとピンときた。


「どなたにされたのですか?」


 いずれは第一夫人になりたいと考えているメリッサにとって、後に残す子供の育成や、自分の師匠にもなる女性が、どういう人かはとても重要な問題だ。


「とても素晴らしい女性だけど、まだ子供達が幼いんだ。ミヤは、子供が産まれたら、第一夫人が必要だと急かすけど、後数年は自分の子供の側で過ごして欲しい」


 メリッサは頭の中で、子供達ということは二人以上! 幼い! 素晴らしい女性! ショウに誰かが紹介した! という条件をインプットして、第一夫人を目指している女性達をふるいにかける。


「カリン王子の夫人、リリィ様ね! 素敵な女性だと聞いているわ!」


 ショウは目を丸くして驚いた!


「ええっ~! 何故、リリィだとわかったの?」


 メリッサは、女性の情報網をバラすつもりは、最愛のショウにも無いので、形の良い唇を微笑ませて、しなだりかかった。


「それは、ひ・み・つ!」


 濃厚なキスでくらくらしたショウは、ハッと新婚旅行中なのだと、メリッサを引き離す。


「君との新婚旅行も考えているから……今回はロジーナとの新婚旅行中だからねぇ~」


 あたふたと書斎から逃げ出したショウに、メリッサはしかめ面をしたが、パロマ大学留学を続けても良いと許可を貰ったし、第一夫人の修行もできそうなので、許してあげることにする。


「リリィ様は、ラシンド様の娘よね! ラシンド様の第一夫人のハーミヤ様は、レイテではミヤ様に続く遣り手で有名だわ! きっと幼い頃から、ハーミヤ様に色々と教わって育ったはずよ。とても会えるのが楽しみだわ~」


 二階でいちゃつくロジーナには嫉妬も感じるが、ショウの商船隊の為にも色々と情報を手に入れなきゃと張り切るメリッサだった。


 ショウはエドアルド国王の昼食会や、スチュワート皇太子のお茶会などに、ロジーナをエスコートして行った。


 ロジーナはとても魅力的に振る舞ったし、元々はメリッサと親しいジェーン王妃やロザリモンドも、ショウにしか惹かれていないのが見てとれたので好意を持った。


 カザリア王国の国王は浮気癖があるので、ジェーン王妃やロザリモンドは、常に自分の夫に色目を使う貴婦人にはチェックを入れて、遠ざけなければと気を使うのだ。その点、メリッサもだが、ロジーナも、ショウにしか色目を使わないので、安心して昼食会やお茶会に招くことができる。


 今日のお茶会でも、楽しそうに庭を散策しているショウ夫妻を、少し離れた場所でスチュワート達は不思議そうに眺めている。


「それにしても、ショウ王太子はどうやって大使館で過ごしているのかな? ロジーナ妃は、新婚で幸せいっぱいって感じだけど……」


 スチュワートに従兄のジェームズは呑気に話しかける。 


「さぁなぁ? 私にはとても考えられないな」


 他の貴婦人とダンスを踊っても、ロザリモンドに叱られるスチュワートには無理だろうと、ジェームズは笑った。


 ベンジャミンはメリッサが落ち込んでいるのではと、パロマ大学に恩師を訪ねると理由を作って出向いたが、此方もやる気満々で勉学に燃えていた。物思いに耽るベンジャミンを、スチュワートとジェームズは心配そうに見ていたが、明るい声に遮られた。


「スチュワート様! こちらにいらして! ショウ様達に流行のダンスをお教えするのよ」


 愛しのロザリモンドに呼ばれて、いそいそと側に駆けつけるスチュワートに、ジェームズとベンジャミンはこの調子なら浮気騒動は無いだろうと胸をなで下ろす。


 同盟国の王女を娶っているのに、浮気などして蔑ろにしたら、イルバニア王国が黙ってない。外務省勤務の二人は仲良くダンスの見本を見せている皇太子夫妻を微笑みながら眺める。


 ターシュが帰って機嫌の良いエドアルド国王までも、ジェーン王妃の手を取って、ダンスの見本を踊ったりと、カザリア王国の王宮は、新婚旅行に相応しい陽気さに満ちていた。


 マゼラン外務大臣は、エドアルド国王が妹のジェーン王妃と仲良く踊っている姿を微笑んで見ていた。しかし、ふと胸にあの浮気騒動の置き土産であるシェリーを思い出して、ローラン王国の庶子ミーシャとは婚約したのにと、少し恨めしくショウを見る。


「ジェーンが、もう少し寛大にシェリー姫を受け入れてくれたら……」


 マゼラン外務大臣は、妹のジェーン王妃と甥のスチュワート皇太子が、シェリーを絶対に王宮に招かないので、このままでは国内の貴族にも嫁がせるのも無理だと苛ついていた。


 ジェーン王妃の目に届かないレイテの後宮は、シェリーの嫁ぎ先に望ましいのだが、ショウの妻や許嫁達の美しさや、賢さには太刀打ちできそうにない。陽気な王宮で一人溜め息をつく。


 こうしてショウのニューパロマへの新婚旅行は終わり、真白、マルゴ、メルローは、親鷹のターシュと白雪に別れを告げてブレイブス号のマストに止まった。


 ロジーナは、大使館の前でメリッサがショウにお別れのキスをしたのに腹を立てたが、こうして艦上では独占できるのだからと気持ちを切り換えた。


「また、ニューパロマに来たいわ。ロザリモンド様って、とてもスチュワート様を愛していらっしゃるの」


 滞在中に、妻として夫を惹きつけるテクニックなどを恋愛の都ユングフラウ出身のロザリモンドと、東南諸島の王家の女であるロジーナは内緒で話し合った。


 二人とも見た目は可愛い子ちゃん系の肉食獣なので、話はとっても盛り上がったのだ。そうだね……としかショウは答えなかったので、メリッサがパロマ大学に留学中は駄目なのだとロジーナは察した。


 ロジーナは、いつまでもメリッサも留学してないわ! それに、他の国もあるもの! と、自分を鼓舞する。


 ショウはロジーナが自分の曖昧な返事で、事情を察したのだと気づいて、ギュッと抱き寄せた。


「ロジーナは、賢いね」


「褒めてくれるのは嬉しいけど、賢いと言われるより……」


 ロジーナが耳元で囁くと、ショウは頬を染めてブレイブス号の王太子の船室に消えていった。帆に送られていた風が無くなり、バージョンは士官候補生達に、帆の調整をさせろ! と命令を出し、ワンダー艦長は新婚旅行だからなぁと、笑いをかみ殺した。 

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