第21話 ニューパロマのショウ

 ブレイブス号は新婚旅行に相応しい天候に恵まれて、嵐にも遭わずレキシントン港に寄港した。


 処女航海を幸先よく終えたワンダー艦長は、やはり強運のショウの旗艦だけあると感慨に耽る。


 バージョン士官は、そんな感慨に耽る暇などなく、世話のやける士官候補生達がヘマをしないか目を光らせている。士官候補生の中には、ドーソン軍務大臣の孫であるベンソンもいたが、バージョンはお偉方の身内も同じように扱った。


 そのうち、カリンの子供達も士官候補生として軍艦に乗るのだろうかと、カザリア王国の出迎えを待ちながらショウは考える。


「ロジーナ、寒くないかい?」


 年中、暖かなレイテと違い、十月の半ばを過ぎたカザリア王国は秋も深まっている。ロジーナは真冬のローラン王国よりはマシだと思ったが、少し寒いわとショウに寄り添って甘える。


 ショウが新妻を自分の外套にくるんでいるのを、ワンダー艦長はやれやれと苦笑しながら眺める。


 ワンダーは、妹のシシリーの縁談を、なかなか受け入れてくれないはずだと納得する。シーガルの妹の縁談も、遣り手のフラナガン宰相ですら押し込めないで難航していると聞いた。


「ショウ王太子は、前から妻を増やしたくないと発言していたからなぁ」


 ワンダー艦長はできればショウに妹を娶って欲しいと思っていたが、軍務次官の父親ほどは楽観視していない。ショウは幼い時から、言い出したら頑固だったと思い出に浸る。


 パロマ大学へ留学のお供に選ばれた時は、第六王子の御学友になってしまうと士官候補生としての乗艦日数が稼げないことで腹を立てていたのだと、自分の若さと思慮の浅さを思い出して苦笑する。 


 新航路の発見や、サンズ島、ウォンビン島、イズマル島の発見と東南諸島連合王国に加盟という大きな昇進の機会に恵まれて、王太子の旗艦の艦長に抜擢されたワンダーは、あの時にパロマ大学に一緒に留学した縁が、この幸運をもたらしたのだと感謝する。


 レキシントン港にショウ王太子とターシュ一家を出迎えに来たスチュワート皇太子とジェームズは、ベンジャミンが珍しく鬱いでいるのに気づいた。


「ベンジャミン? 具合でも悪いのか?」


 やっとターシュが帰国するので、エドアルド国王は機嫌が良く、スチュワート皇太子も上機嫌なので、ベンジャミンの沈み込んだ様子が目立つ。


 ジェームズもターシュとその若鷹と雛を見られるのを楽しみに待っていたし、ベンジャミンはエドアルド国王の特別任務を成功させたのにと訝しく思う。


「ベンジャミン? まさか、まだ……」


 ベンジャミンにギロリと睨まれてジェームズは口を閉じたが、スチュワートは友好国の王太子の許嫁に横恋慕は拙いと眉を顰める。


 スチュワートは思春期に父王が浮気をして、母上は離宮に籠もった件がトラウマになり、浮気とか不倫に厳しい。


「ほら、そろそろお着きですよ」


 自分の軽口で雰囲気を悪くさせたのを反省したジェームズは、新婚旅行のショウ王太子夫妻がサンズで此方に向かっていると陽気な声で知らせる。


「あっ! ターシュだ! やはり鷹の王に相応しい立派な姿だ」


 スチュワートも、子供の頃から王宮の庭で見ていた鷹が、羽根を広げて飛んで来る雄姿に見惚れる。


「あの白い鷹が、白雪と真白なんだな。あちらの若鷹のマルゴとメルロー、雛達は籠の中か……」


 白雪はターシュに比べると小振りだが、レイテから離れないのも無理はないと納得してしまう程の美鷹だ。


「さすがターシュが惚れ込むだけある」スチュワートは感嘆する。


 サンズからショウが飛び降り、新妻のロジーナを抱き下ろすのを待って、スチュワートは歓迎の言葉をかけた。


「御結婚、おめでとうございます。ようこそ、カザリア王国へ」


 ロジーナはスチュワートに手にキスをされて、少し頬を染める。無邪気な天使のようなロジーナは、東南諸島の王族の白い衣装の上に、白い毛皮が縁についた外套を着ていて、とても愛らしく見える。


「スチュワート皇太子、何も旧帝国の作法もわかりませんので、色々と教えて下さい。ショウ様に恥をかかせては、困りますもの……」


 初々しい新妻振りに、スチュワートとジェームズはころりと騙されて、王宮までの馬車の中でも親切に話しかける。ショウは、ロジーナは上手いなぁと感心して、微笑んで眺めていた。


 ベンジャミンは、レイテにターシュを連れ戻す特別任務で派遣されたのを最後までキチンと果たす為に、雛達の籠と一緒にワンダー艦長と後ろの馬車に乗って王宮へ向かう。


「メリッサはショウ王太子が新婚旅行でニューパロマに来られるのを、どう思っているのだろう……」


 カザリア王国の国民性は、学問好きで、議論が大好きだが、そのくせ凄いロマンチストでもある。日頃は優秀な外交官であるベンジャミンだが、ロマンチストでもあるので、王家の女であるメリッサが虎視眈々とロジーナの隙を狙っているなんて考えてもいない。



 王宮に着くと、エドアルド国王にショウは新婚旅行の受け入れのお礼を述べる。


「ショウ王太子、御結婚おめでとうございます。こちらがロジーナ妃ですか、とても愛らしい御方ですね」


 エドアルド国王は簡単に挨拶を済ませると、これで礼儀正しく結婚の祝辞を果たしたといわんばかりに、そそくさと庭にターシュ一家と会いに行く。


「ロジーナ妃、父王を許して下さい。ターシュが帰るのを、一日千秋の思いで待っていたのです。さぁ、私達も庭に参りましょう」


 スチュワートは礼儀正しくロジーナを、ショウはロザリモンドをエスコートして庭へと向かう。


 庭ではエドアルド国王がターシュに白雪や、若鷹達、雛達を紹介して貰っていたが、真白はショウを見ると肩に飛んできて止まった。


『ショウ、私はずっと一緒にいる』


 エドアルド国王は真白が話せるとシェパード大使から報告を受けてはいた。実際に綺麗な真白がショウの肩に止まるのを見ると、少し惜しく感じた。


『エドアルド、若鷹や雛達は自分の好きな場所で暮らす』


 自分の心を読んだのかと、エドアルドは厳しいターシュの声に怒りが混じっているのに気づいた。


『ターシュ、勿論それで良いよ』


 久しぶりなのに肩に止まってくれないターシュに、冷たいなぁと愚痴りたくなったが、綺麗な妻と幼い雛達の世話に夢中な様子を見ているだけで、エドアルドは満足そうに微笑む。  


「アスラン王に白雪の御礼を言って下さい。とても美しい鷹だ! ターシュが惚れるのも無理もない! それに若鷹も見事に育っている」


 早速、ターシュは兎を狩って、白雪と雛達に差し出していたが、マルゴとメルローは初めての王宮の庭の上を優雅に飛行している。


「彼方のお腹が少し白いのがメルローで、目の縁が金色なのがマルゴです」


 ショウは、ターシュに簡単な紹介されて、どちらがマルゴかメルローか混ざったエドアルド国王に、二羽の違いを説明する。カザリア王家の鷹匠は、ターシュ一家を目を潤ませて眺めていたが、特に雛達を注意して育てなくてはと真剣な顔になっていた。


 ショウはいずれはクレセントが話せるとエドアルド国王は気づくだろうなと、雛達が兎の肉を親鷹から貰っているのを見つめる目の熱心さで確信した。


「あのう、ショウ王太子様……あの雛達はレイテでは何を食べていたのでしょう」


 レイテの無礼な鷹匠と違い、大人しそうな鷹匠だが、目は雛達を見て興奮に輝いている。


「レイテの王宮は海に面してますから、ターシュは魚をよく取って来ては食べさせていましたね。雛達も小さな魚なら、脚で押さえて啄んでたと思います」


 鷹匠はメモを取り出すと、真剣にメモをとる。


 クシュンとロジーナが寒さでくしゃみをしたのが切っ掛けで、ショウ達は一旦は大使館に帰ることになった。



 真白はショウの肩に止まったままなので、東南諸島の大使館に一緒に行くだろうと諦めていたが、若鷹のマルゴとメルローも付いて行くのを、エドアルド国王と鷹匠は情けなさそうに見送った。


「レイテで育ったから、ショウ王太子に懐いているのだろう。白雪と雛達の世話を頼むぞ、暖かなレイテ育ちだからなぁ」


 白雪はアスラン王の愛鷹だったので、病気になどさせてはいけないとエドアルド国王は鷹匠に命令する。ベンジャミンはあの無礼なアスラン王の鷹匠なら、当たり前だ! と怒鳴り返すだろうと苦笑する。


 ロザリモンドは女なので、ロジーナが夫が思っている程の何も知らない可愛い子ちゃんでは無いと感じていた。メリッサは賢いし、ナイスボディなのにサバサバしているので、ロジーナに勝てるかしら? と心配する。


 しかし、心配ご無用のメリッサは、久しぶりにショウに会えると待ちかまえていたのだ。ショウは大使館へと向かう馬車の中で、ゾクゾクッとした。


「あら、ショウ様? 寒い王宮の庭で長いこと過ごしたから、風邪でもめされたのですか?」


 ロジーナの性格を熟知しているショウは、決戦のゴングが鳴ったのが聞こえた気がした。

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