第20話 真白は?

 カザリア王国のターシュを返せとの要求が厳しくなっていたを外務省はひしひしと感じていたので、白雪がターシュと共にカザリア王国へ行くことで解決したのに安堵していた。彼らにとっては話せる鷹よりも、貿易関税の方が重要だったし、イズマル島の発見に関する反応の方に集中して対策を取りたかったのだ。


 しかし、約一名、アスラン王に食ってかかりそうなほどの怒りを覚えている者がいた。


「ターシュが、カザリア王国に帰るのは仕方ありませんが、何故、白雪をくれてやらなければいけないのですか? アスラン王に相応しい愛鷹を産み出す為に、何代も交尾させて改良したのですよ!」


 アスランは、鷹匠の怒りの矢面に、元凶であるショウを立たせた。


「ええっと、ターシュが白雪と離れないから、仕方なく父上は嫁に出されるのでは……」


 鷹匠の怒りにたじたじになりながら、ショウは何とかシェパード大使親子が王宮にターシュに会いに来る前に、怒りを宥めようと試みる。


「それに、雛達はレイテに残るかもしれませんよ」


 鷹匠はショウの呑気な意見に、頭から湯気を出して怒り出す。


「当たり前です! あの子らを卵の時から愛しているのです。それに、私は白雪が卵から孵った瞬間を、今でも鮮明に思い出せる……濡れていた産毛が乾くと、真っ白なふわふわの雛になって……白雪!」


 泣き出した鷹匠に驚いて、ショウは困惑する。どうしよう!


『あっ! ターシュ、そうだ! 今度孵った雛の名前は何かな?』


 丁度、雛達や白雪に餌を運んで、木の枝に止まったターシュにチビ達の名前を聞いて、泣いている鷹匠の気を引く。


『茶色の雄はクレセント、白い雌は白花だ』


 案の定、鷹匠は泣くのを止めて、ショウに何と名付けたのかと熱意を持って尋ねる。


「クレセント! そうかぁ、額に三日月みたいな白毛があるからだなぁ! 白雪の娘で、真っ白なのだから白花なんだ!」


 巣の外で、餌を脚で押さえて啄んでいる雛達を愛しそうに眺める。


「おはようございます。ショウ王太子、ご結婚おめでとうございます」


 泣いた鷹匠の機嫌がやっと良くなっていたのに、シェパード大使親子を見ると、みるみるうちに顔が険しくなる。


「早速で悪いのですが、ターシュが居る間に、ニューパロマに帰ることについて話して下さいませんか?」


 子育て中のターシュが枝の上から、何事だ? とショウ達を見下ろしている。


『ターシュ、白雪と一緒ならニューパロマに帰るよね?』


 ターシュは少し首を傾げて考えていたが、鷹舎の中の白雪の所へ飛んで行った。


「まさか、拒否しているのですか?」


 白雪とターシュが話し合っている様子を、シェパード大使親子は心配そうに見つめる。


「どうだろう……白雪はあまり乗り気じゃないみたいだけど……」


 白雪は言葉を話せないので、雰囲気しかショウにもわからないと首を横に振る。


「そりゃあ、当たり前だ! 白雪は寒いカザリア王国になんぞ行きたがらないさ!」


 俄然元気になった鷹匠だが、ベンジャミンは話が違うと苛立ちを隠すのが困難なぐらいだ。


「ショウ王太子、ターシュに聞いてみて下さい」


 白雪と話し終えたターシュに、カザリア王国に帰るのかと尋ねる。


『白雪は、雛達が長旅に堪えられるのか心配している』


 ターシュも首を傾げて、脚を踏み換えながら落ち着かない様子だ。


『雛達も連れて帰るの? まさか、真白は?』


 そう話していると、若鷹達が狩りから帰ってきて、真白がショウの肩に上手くバランスを取って止まった。


『私は、ショウと一緒だよ』


 真白は残りそうだと鷹匠はよろこんだが、他の雛達はどうするのかと心配する。前に孵った雛達は若鷹に成長していたので、鷹匠はつがいにさせる相手を探していたのだ。


『マルゴ、メルロー?』


 二羽の若鷹は、鷹匠の肩に止まってピィピィと鳴いているが、シェパード大使親子は見事に成長した三羽とも連れて帰りたいと見惚れる。


『私達も、一度ターシュが生まれた国を訪ねてみたい。私はショウの側を離れないが、マルゴとメルローは行ってみてから考えるそうだ』


 ショウの通訳を聞いて、鷹匠は素敵なお見合い相手を見つけているんだよと、メルローとマルゴを口説く。シェパード大使は、話せる真白がショウの側にいると断言したのにガックリしたが、綺麗な若鷹がニューパロマに留まるかもしれないし、白雪が嫁に来るなら卵が産まれるかもと期待する。


「ショウ王太子、おチビちゃん達は? こんなチビ達を長旅に連れて行かないでしょう?」


 白雪が嫁に行くなら、今いる雛達は手元に置いて欲しいと鷹匠は願う。


『白雪は雛達を置いては、カザリア王国に行かない。マルゴ、メルロー、クレセント、白花は、自分で住む場所を決める』


 ターシュの宣言を伝えられた鷹匠は、ガックリと肩を落とす。


「まぁ、そんなに落ち込まないで……レイテで育った鷹は、暖かい気候を好むかもしれません」


 ショウはそう鷹匠を慰めると、愚痴を聞かされたくないので、シェパード大使親子を伴って王宮に帰り、カザリア王国訪問の日程を決める。


「できれば、私はショウ王太子と同行させて頂きたいのですが……」


 ターシュと話せるのはショウしかいないので、同じ艦に乗せるのは決まっていた。ベンジャミンは少しでも多くの鷹を確保したいと、同行を願い出た。


「ベンジャミン卿が同じ艦に……。ええっと、私は新婚旅行を兼ねて、ニューパロマにいくので妻を同行するのですが……」


 色ぼけと思われようが、優秀なベンジャミンを軍艦には乗せられない。それに、雛のクレセントが話せるのを、知られたくないと、ショウは新婚旅行だからと言い訳する。


 若鷹に成長した真白ほどは話せないし、ピィピィと雛の鳴き声は聞き取りにくいが、ショウはクレセントの声が聞こえていた。エドアルド国王には、クレセントの声が聞こえるかもしれないが、できれば鷹匠の為にも多くの若鷹と雛をレイテに連れて帰りたいと考えている。


 シェパード大使親子は、ショウが何か隠しているのではと疑っていたが、新婚旅行だと言われると無粋な真似はできない。


「では、私は先行してニューパロマでお待ちしております」


 東南諸島連合王国からも、王太子が新婚旅行でニューパロマを訪問すると、エドアルド国王に手紙が届けられるだろうが、ベンジャミンも早く帰って受け入れの準備をしなくてはいけない。その受け入れの準備の内には、立派な雄鷹や、綺麗な雌鷹を、お見合い相手として国内から集めることも含まれている。


 王宮を辞して大使館に帰った二人は、今度は白雪に負けない美鷹を用意して、真白をショウから引き離して、カザリア王国に話せる鷹を増やす計画を立てた。


「あの二羽の雛は、話せないのでしょうか?」


 ベンジャミンは、父親にショウは何か隠しているから、自分の同行を断ったのではと疑惑をぶつける。


「前の時は、素直に教えてくれたのに……ショウ王太子も、だんだんとアスラン王に似て、喰えなくなってきたな。エドアルド国王を怒らせたら、きっと絆の竜騎士をレイテに派遣すると考えたのだろうが……東南諸島には騎竜が少ないから、マリオンに子竜を持たせる為に、わざとエドアルド国王をからかったのか? それとも単に、傲慢な振る舞いをしたに過ぎないのか、あの方の行動は読めない」


 その術に嵌まったベンジャミンは、父上の呑気な解析など聞いている気分では無かった。


「確かに今は絆の竜騎士は少ないです。しかし、次世代はどうでしょうか? ショウ王太子が発見して、東南諸島連合王国に加盟したウォンビン島やイズマル島の住民は、旧帝国の支配を嫌って逃げ出した人達の子孫みたいですよ。彼らは魔法で、ヘッジ王国の占領した人達を追い払ったそうです。魔力が強いし、竜騎士の素質を持つ者もいるとか……それに、ショウ王太子の許嫁には竜騎士が三人もいるのです!」


 シェパード大使は一夫多妻制を上手く使って、優秀な王子や王女を沢山産ませたら、東南諸島は色々な国と縁を結ぶことができると唸った。


「ローラン王国のミーシャ姫も、ショウ王太子と婚約したと聞いて驚いたが……」


 カザリア王国にも庶子のシェリーがいるが、ジェーン王妃やスチュワート皇太子が王宮に出入りさせないので、東南諸島が嫁に貰う利点はないのだとユリアンは眉をしかめる。


「カザリア王国には王子や王女が少ないですからね。エドアルド国王は一人っ子でしたし、スチュワート皇太子には妹のヘンリエッタ王女しかいません。子沢山のイルバニア王国や東南諸島連合王国が羨ましいですよ。王家の婚姻は外交官にとっての晴れ舞台ですからね」


 若い野心家の外交官である息子の意見に、確かに王子がもう一人いたら、東南諸島の王女を嫁に貰えたかもと夢想する。王家同士の婚姻は、面倒な交渉が多いが、外交官としては華やかな晴れ舞台なのだ。


 昨年のスチュワート皇太子がロザリモンド王女を娶る時も、両国の大使達が丁々発止のやり取りを交わしたのを、遠いレイテでユリアンは指を咥えて見ていたのだ。


「スチュワート皇太子の王子に、ショウ王太子の王女を貰う可能性はあるな……」


 その頃には息子も外交官としてのキャリアを積んでいるだろうと、ユリアンは少し羨ましく感じた。



 鷹匠は泣きながらターシュ一家の旅立ちを見送り、ショウに一羽でも多く連れ帰って下さいと頼み込んだ。本当ならターシュ一家について行って、世話をしたいと鷹匠は願ったが、鷹舎には他にも自分を必要とする代々飼われている鷹がいるので、弟子に任せるのが心配で離れられなかったのだ。


「白雪~!」と叫ぶ鷹匠に、ピィ~と鳴いて、白雪はターシュの後を追いかけた。


 雛達は籠に入れて、ショウがブレイブス号までサンズで運ぶ。若鷹達は鷹匠と別れを告げて、各々飛んで合流した。


 ブレイブス号は大型の新造艦で、アスラン王からイズマル島の発見の褒美として、ショウの旗艦として貰った艦だ。


「ワンダー艦長、ニューパロマまで出航だ!」


 艦長も自分で選んで良いと許可を貰ったので、ショウは迷わずワンダーを旗艦の艦長に昇進させた。ブレイブス号は王太子の旗艦に相応しく、艦長室の他に王太子の船室が用意されてあり、ロジーナも普通の軍艦の部屋よりは居心地良く過ごせる。


 本当はサンズ島を経由して、カザリア王国に行きたいが、ロジーナを同行しているので、途中で旅館でお風呂に入れてあげやすいペリニョン岬経由でアルジエ海を通る航路を選択した。それに、この航路ならターシュ一家も、途中の島で生き餌を食べられる。


「ロジーナ、二人っきりの新婚旅行じゃなくて、ごめんね」


 ロジーナは、ショウと二人で旅行できるだけで幸せだと思ったが、ニューパロマには強力なライバルであるメリッサも待ちかまえている。でも、ブレイブス号の上ではショウを独占できるので、先のことで今の幸せを台無しにしないように目一杯楽しむことにした。


 見事な鷹達や、可愛い雛達もいるので、ペリニョン岬まではショウはロジーナをサンズに乗せて、島に飛んで行っては鷹達の狩りを見ながら二人っきりの時間を楽しむ。


 ワンダー艦長は、士官に馴染みのあるバージョンを選任していたのだが、新婚旅行で熱々のショウにはなるべく話しかけないで二人っきりにしていた。


「ピップスも一緒なら良かったのだが……」


 ワンダー艦長は士官候補生の期間も残り僅かなピップスをショウの為にブレイブス号に引き抜きたかったが、イズマル島の測量には竜騎士がいた方が便利だと、レッサ艦長が考えているのを知っていたので、測量が終わるまでは異動を言い出せなかったのだ。


「士官候補生は、艦長の好意で乗艦させて貰っているのですから、仕方ありません。それより、この艦の士官候補生の競争は、熾烈でしたね」


 強運のショウ王太子の旗艦には、海軍のお偉方がこぞって子息達を士官候補生に送り込んだのだ。ワンダー艦長はお偉方の頼みを断ることもできず、大勢の役立たずの士官候補生を受け入れる羽目になった。


「バージョン! 役立たず共を、立派な士官に育てあげるのだ! ビシビシ鍛えろ!」


 真新しい生成の軍服を着た雛達にとって、ワンダー艦長は恐ろしい神様に、バージョン士官は鬼に見えた。


 ショウはロジーナと一緒に、サンズに寄りかかって、バージョンが士官候補生達に太陽を計測させているのを見て、やれやれご苦労なことだと苦笑する。


「ショウ様? 何を笑っていらっしゃるの?」


 士官の面子を潰す訳にもいかないので、バージョンが士官候補生の時に計測や計算を教えたことは黙って、ターシュ一家のチビ達がマストまで飛んだよと話をそらした。


「まぁ、白雪とターシュはとても過保護ね。クレセントと白花の周りで騒いで、降りて来なさいと怒ってるみたいだわ」


 ショウは初めてカリンに軍艦に乗せて貰った時に、マストに登って落ちかけたことを思い出して、ロジーナに話したりしながら新婚旅行を楽しんだ。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る