第14話 ショウの妻と許嫁
「出掛ける時に、十日以内に帰ってくると言ったのに……」
北の空を眺めて、なかなか帰って来ないショウを、ララは待ちわびる。色とりどりの花や、涼しげな音をたてる噴水も、ショウがいないとララには色褪せて見える。
五月に結婚した途端に探索航海に出て、やっと帰国したと思ったのに、またヘッジ王国とローラン王国に飛び立った。不在がちの夫の帰りを、ララはずっと待ったままの生活ではいけないと感じる。
「ショウ様が公務に忙しいのは、結婚前からわかっていたことだわ。こんな風にぼんやりとしていては、ショウ様の成長についていけなくなる」
メリッサのように第一夫人を目指すつもりは無いが、ショウの考えも理解できない夫人にはなりたくないと、ララは勉強しようと決意した。
王太子の後宮には、ララ以外はレティシィアが住んでいる。思いがけなく妊娠して、後宮に早々に入ることになり、真珠の養殖が中途半端なままになってしまったのは残念だが、日々成長していくお腹の赤ちゃんに愛情を感じている。
「こんなに穏やかな日々をおくれるだなんて……」
幸せを噛みしめるレティシィアは、ショウの不在を寂しくは思うが、ララほど待ちわびてはいない。
「そうだわ! 女官は許可を得れば外にも出れる筈だわ。真珠の稚貝が順調に育っているか、見てきて貰いましょう」
本当は自分で確認したいが、お腹の中の赤ちゃんを誘拐などの危険に曝すわけにはいかない。屋敷を去って後宮に入る時に、真珠の養殖を後任に託しては来たが、レティシィアは直接では無くても関わっていけそうだと微笑んだ。
少し気になっていた真珠の養殖の件が気持ちの上で解決したら、前から気になっていたことが浮かび上がる。
「ララ様はどうしていらっしゃるかしら?」
レティシィアは少し膨らんできたお腹を撫でて、妊娠してなければショウが第一夫人を得るまで後宮の夫人達の調整役を引き受けるつもりだったのにと、新婚なのに放置気味にされているララを心配する。
「こんなお腹でご機嫌伺いしたら、ララ様をよけい不安にさせたり、プレッシャーをかけることになるかしら?」
後宮に一緒に住んでいるララを気遣うレティシィアだが、部屋に訪ねて行ったら『どうよ! 妊娠中よ!』と威張ってるように思われるのではと躊躇う。
「まぁ、嫌われたら、それはその時だわ。ショウ様がいらっしゃらない時は、女だけで留守番ですもの。これからも留守番は多くなりそうだし、訪ねていっても良いか、お伺いをたててみましょう」
レティシィアもショウが忙しく世界を飛び回っているのを、後宮に入ってから実感していた。ララが自分を誤解して、妊娠を自慢しに来たと感じるなら、今後はお付き合いを控えれば良いだけだと割り切って、女官に都合を伺いに行かせる。
「ララ様、レティシィア様付きの女官がお部屋を訪問しても良いかと尋ねに来ていますが……」
ララ付きの女官は、レイテ一の芸妓であった懐妊中のレティシィアに少し警戒心を持っているので、大事なお姫様に女官といえど直接会わせたりしない。
「レティシィア様の遣いの女官を通しなさい」
ララは自分付きの女官が、レティシィア付きの女官を部屋に通さなかったのは、先に懐妊したことで出遅れたと悔しく思っているからだと悟って溜め息をつく。
「そんなに私は頼りない主人なのかしらね? 女官に心配されるだなんて……」
ララもレティシィアが懐妊したと聞いた時は、胸の奥がざわついたのは確かだったが、それを面に表したことはないつもりだった。後宮で夫人同士の争いは厳禁だが、夫人付きの女官の争いも厳禁なのに、自分がしっかりしてないから失礼な態度を取るのだと気持ちを引き締める。
「レティシィア様が此方に訪ねて来られるのですか? まぁ、懐妊中なのに……」
ララはミミからレティシィアの美貌と、賢さを聞いていたので、自分を心配して訪ねて来るのだと察した。
「本来なら、年下の私から訪ねて行くべきだったのですね。でも、散歩がてら、いらして下さるなら歓迎しますわ」
レティシィアと会うのは、ララにとって少し勇気が必要だったが、ショウの留守中に自分を成長させたいと考えていた。
「今まで小説はよく読んでいたけど、政治や経済のことはサッパリなんですもの……」
第一夫人を目指しているレティシアなら、何かアドバイスを貰えるのではと、女官達に支度をさせる。
ララはレティシィアの美貌に少し気後れしながらも、読みやすい本などを教えて貰う。レティシアの色っぽい外見の割にサッパリした気性に気づいて、ララが打ち解けていた頃、妹のミミはショウにプンプン怒っていた。
「ショウ様! ミーシャ姫と婚約したんですって!」
遅れついでにエリカに会いに来たのが間違いだったと、ショウは腕の中で胸をドンドンと叩いて怒るミミに困り果てる。
「まぁ、そんなに怒るなら、他の相手に変えれば良いのよ。イルバニア王国には、レオポルド王子もいるわよ」
エリカの言葉に、ミミは「嫌!」とショウに抱きつく。
ヌートン大使はなかなか良い縁談なのにと、少し残念に思った。竜騎士であることが高く評価される旧三国に、ミミを嫁がせれば色々と繋がりを深められるので好都合なのだ。
「貴方、無理ですわよ」
カミラ大使夫人は、夫の考えていることを察して釘を刺す。
「ショウ様が何百人の妻を娶っても、私は他の人よりショウ様が良いの!」
ショウは、何百人も絶対に娶らない! とぷんぷん怒りだす。
「バッカス外務大臣! ヌートン大使! 変なことを考えないで下さいね!」
ゴルチェ大陸は一夫多妻制の国が多いので、いくらでも王女を嫁に貰えるのだ。
「そんなことを仰らないで……」
ギロリとショウに睨まれて、二人の外交官は首を竦める。
「それより、キャサリン王女の結婚式にショウ兄上もいらしては?」
エリカは婚約者のウィリアムと列席するが、ミミの相手がいないのを少し残念に思ったのだ。
「まぁ! ショウ様と列席できたら嬉しいわ」
ショウは、ミミがミーシャとの婚約の件を許してくれるならと、列席を約束する。
イルバニア王国にはエリカが嫁ぐので、義理の姉になるキャサリン王女の結婚式には、誰かが列席しなくてはいけなかったのだ。
「父上が列席されるとは思えないものなぁ……」
エリカとミミは、嬉しそうに結婚式に着ていくドレスの話に夢中になっている。
「はぁ~! 十月にロジーナと結婚して、十一月にキャサリン王女の結婚式に列席、十二月にメリッサと結婚! 疲れる~」
どっとソファーに沈み込んだショウだった。
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