第13話 初恋は実らないもの? 

 ローラン王国の王宮の東屋で、ミーシャの隣に座ったショウはこの状況はかなり拙いのではないかと心配する。しかし、お淑やかで控え目なミーシャは、肉食系の東南諸島の王家の女みたいに押し倒したりするなんて、考えたこともなかった。


「ショウ王太子には海賊船から救って下さった時に、コートやハンカチをお借りしたままでした。大使館にお返ししましたが、お礼を申し上げてもいませんでした。ありがとうございました」


 そんなの結構ですよと、ショウは笑う。


「それより、アリエナ妃の側仕えとして慣れましたか?」


 どうやら押し倒されたりしなさそうだとショウは安心して、ソリスの狩りが終わるまで話しながら待とうと寛ぐ。


「ええ、アリエナ妃はお優しい方ですし、色々と教えて下さいます」


 その色々の中には男性を襲うというのが無くてラッキーだと、何度となく許嫁達に押し倒されたショウは苦笑する。


「それと、父上に貴重な効能を持つペンダントを下さり、ありがとうございます。とても顔色も良くなって、安心致しました」


 アリエナがこの会話を聞いたら、何やってるの! とミーシャに男を落とすテクニックを教えたでしょうと怒りそうな色気の無さだ。


 ショウは忘れていたが、アリエナはカザリア王国のスチュワート王子とお見合いに来て、ローラン王国のアレクセイ王子に一目惚れして相手を変えた強者だ。


 義理の妹のミーシャの恋心を知ってからは、あれこれと恋愛の都ユングフラウ仕込みのテクニックを教えていたのだが、どうも実践できていない。


 しかし、ミーシャはテクニックは身につけてはいなかったが、自分の恋を貫いたアリエナ妃からその気概の欠片を貰っていた。


「ショウ王太子にお会いした時から、お慕いしております」


 礼儀正しいペンダントの御礼から、飛躍した恋の告白にショウは対応が遅れた。


「ミーシャ姫?」


 戸惑っているショウにミーシャはなけなしの勇気を振り絞る。


「私をお嫁さんに貰って頂けませんか?」


 まさかお淑やかなミーシャから、逆プロポーズを受けるとは思って無かったショウは狼狽える。


「ちょっと待って下さい。ご存知だとは思いますが、我国は一夫多妻制なのですよ。私には現在妻が二人いますし、この冬には四人になります。ローラン王国は一夫一妻制ですから、ミーシャ姫には我慢できないでしょう」


 ミーシャも東南諸島の結婚制度は勉強していたし、兄上達からショウの許嫁達の説明も受けていた。


「私は……それでも嫌いな殿方のところに嫁ぐより、ショウ王太子のお側にいたいと願います」


 ショウはご迷惑ですか? と涙ぐんで見上げる灰色の目を拒否できなかった。夕方のバッカス外務大臣の『毒を食らわば皿まで』の言葉を思い出す。


「貴女がレイテの後宮での生活に堪えられないと思ったら、さっさと離婚しても良いのですよ」


 ショウは酷い逆プロポーズの受け方だと思いながら、ミーシャに東南諸島の結婚制度を説明する。


「それは……お嫁に貰って頂けるのでしょうか?」


 自分からプロポーズした恥ずかしさに、真っ赤になってミーシャは尋ねる。此処まできたら、ショウは覚悟を決めるしかない。


「いいえ、逆プロポーズはお断りします。ミーシャ姫、こんな私で良かったら結婚して下さい」


 ミーシャはお断りと聞いて恥ずかしさで気絶しそうになったが、初恋のショウにプロポーズされて頬を染めて頷く。


「ありがとうございます」


 涙ぐむミーシャをそっと抱きしめて、本当に良いのかなぁとショウは溜め息をつきたくなった。


「私の妻や許嫁達は気が強いので、苦労するかもしれませんよ」


 プロポーズしたものの、自己主張の激しい王家の女相手にミーシャがやっていけるのかと心配するが、北国の冬を生き抜く根性があるのを忘れていた。


「初恋は実らないものと諦めていましたが、ショウ王太子に嫁げるのですもの」


 ショウはまだミーシャが後宮の生活に堪えられるか疑問だったが、王太子などいちいち付けて呼ばなくて良いと教える。


「ショウと呼んで下さい」


 恥ずかしそうに「ショウ様」と呼び方の練習をするミーシャを愛しく感じて、そっと唇に触れるキスをした。


『婚約したのか?』


 足元にふさふさと風に白い毛皮をなびかせて、ソリスがいつの間にか座っていた。


『いつ、帰ってきたんだ?』


 ショウの質問に、ソリスは牙をキラリと見せて笑って答えなかった。


 もう少し二人でいたいとミーシャは思ったが、ソリスの運動を理由に庭に出たのだから仕方がないと立ち上がる。


 そっとショウのエスコートする腕に手を置いて、月明かりに照らされた横顔がとても整っているのにウットリする。


 ミーシャは、ショウにとっては、自分の恋心は迷惑なだけだとわかっていた。それを受け入れてくれたショウを絶対に後悔はさせないと決意する。


 ミーシャは慣れないレイテの後宮で、ショウの訪れを待つ日々の苦しさをまだ本当には知らないが、嫁ぐ覚悟を決めた。



 サロンに帰ると、全員の目に幸せそうにはにかむミーシャの様子が飛び込んだ。


 ルドルフ国王は、ショウからの結婚の許可を求める言葉に頷きながら、どうやら上手くいったようだと安堵する。


 ミーシャは、おめでとう! とアリエナに抱きしめられて、感激の涙を一粒流す。


 リリック大使は、王家の婚姻に、あれこれと交渉が山積みだと、目を輝かして張り切っていた。


 ショウは、お祝いを言うアレクセイとナルシスに、本当にこれで良いのでしょうか? と問い掛けたい気持ちになったが、婚約者の兄に失礼だと我慢する。


 ルートス国王も、お祝いを言うのはただなので、礼儀正しく祝福する。


 予定ではすぐにレイテにとんぼ返りするつもりだったが、婚約したてのミーシャと少し過ごして帰国することになった。


「バッカス外務大臣が、あんなことを言うから……」


 王宮から帰る馬車の中で、溜め息をつくショウの背中をリリック大使はパシンと叩く。


「七人も八人も一緒でしょう! もうすぐ父親になられるのですから、ど~んとかまえないと」


 わけのわからない激励で、ショウは少し浮上したが、大使館であれこれと職員達を総動員して張り切っているリリック大使を見て、もしかしてエリカの縁談で忙しそうなヌートン大使が羨ましかっただけではと疑いの目を向ける。


「リリック大使? 凄く楽しそうですねぇ」


 恨めしそうなショウに、いえいえ大変ですよと、リリック大使はローラン王国と話し合わなくてはいけない条件をつらつらと数え上げる。


 ピップスは、ミーシャと婚約したと聞いてお祝いを言ったものの、ショウのテンションが低いのが気になった。


「もしかして、ミーシャ姫がお気に召さないのですか?」


「何てことを!」とリリック大使はピップスを咎める。


 ショウは許嫁が増えたから、ララやレティシィアや他の許嫁達に悪いと思うからテンションが上がらないのか、ミーシャが他の人とは違うタイプだからかと悩む。


「ミーシャは……多分、私が他の妻と過ごしても文句一つ言わないだろう。まぁ、ララやロジーナやメリッサも口に出しては言わないが、彼女達は自己主張が激しいから、何らかのアピールをしてくる。ミーシャは私が気を配ってあげないといけないようで……」


 許嫁達の中では大人しいララでも、基本は王家の女なので、ショウがロジーナの所へ行ったりしたら、それとなく甘えたりアクションを起こしてくる。ミーシャは堪えそうなので、自分が気を付けてやらないといけないのだと、ショウは少し負担に感じて、テンションが上がらないのだ。

 

「そんなお淑やかな夫人など、凄く良い条件ではありませんか。ミーシャ姫が権高で、他の夫人の所に通うのを禁止したり、嫉妬して騒ぐより良いではないですか」


 リリック大使は、自分も若い頃は妻達の諍いで苦労したので、大人しい夫人は良いですよと褒め称える。何となくショウも、これ以上は気性の激しい妻は要らない気分になった。


「そうだね! ミーシャが大人しいのは、良いかもしれない」


 ピップスとバッカス外務大臣は、ショウの機嫌が良くなったので、やれやれと肩をすくめる。


 数日のケイロン滞在中、ショウは婚約したてのミーシャとデートしたり、ゾルダス港の近くの造船所の視察をして過ごす。


 その間、ケチなルートス国王と利息や手数料の交渉を主に任されてしているアレクセイは、気楽そうで良いと恨み言を呟いた。


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